見どころ

「研究、というのは『仕事』なのか? それとも、あくまで個人的なものなのか?」

 フェリクスが、リリエに問いかけた。

「……個人的なもの、です」

 こくりと頷いて、リリエは言った。

「……だとすれば、君は、これからどうするつもりだ?」

「『帝都跡』の探索を……行いたいと思っています」

 リリエが顔を上げた。

「……『帝都跡』には、今でも、アルカナム魔導帝国時代の高度な魔法技術を用いた『魔導絡繰まどうからくり』が多数眠っていると思われます。しかし、危険度が高いという理由で、調査や発掘は発掘人ディガー任せの状態です。これでは、たとえ歴史上は重要な遺物アーティファクトが発見されたとしても、多くは研究などされることなく裕福な個人蒐集家の元へ渡って、単なる骨董品で終わってしまう可能性が高いです。ですから、私は自分の手で調査や発掘を行いたいのです」

 それまでとは打って変わって饒舌なリリエの様子に、ナタンは、彼女の真剣さを見て取った。

「でも、やはり女の子一人ですし……ご家族は、心配されているのではありませんか?」

 セレスティアが、気遣うようにリリエを見つめた。

「……大丈夫、です。……家族……いないので。母は、私が小さい頃に……父も、半年前に病気で……」

 答えると、リリエは再び俯いた。

「それは……大変だったね」

 そう言いながら、ナタンは、うまい言葉が見つけられない自分に苛立ちを覚えた。

 ――俺は、まだ「実家」という逃げ場があったかもしれないけど、リリエは「本当に」一人で来たんだ……彼女は、俺なんかより、ずっと強い……

 一方、リリエは少しの間、何か考えている素振りを見せたが、再び口を開いた。

「皆さんは……発掘人ディガー、なのでしょう?」

「そうだよ……というか、今から始めるところさ」

 ナタンが答えると、リリエは、意を決した様子で言った。

「あの……皆さんを、雇いたい……です! 『帝都跡』探索の為の……護衛として……!」

「えぇ?!」

 リリエの予想外の言葉に、ナタンばかりではなく、その場にいる全員が目を見開いた。

「ここに滞在する間の費用は……私が、負担するので……」

「嬢ちゃん、実は富豪か何かか? もし、そうなら、金庫に手足が生えて歩いてるようなもんじゃないか。不用心ぶようじんにも程があるぜ」

 「武器屋」の店主が、呆れたように言った。

「母の実家が……疎遠だったので、私は知らなかったのですが……資産家で……当主だった伯父が、未婚のまま亡くなったということで……遺産を相続しました……だから、お金……あります」

「なるほど」

 フェリクスは頷いて、ナタンを見た。

「君は、どうしたい? 俺とセレスティアは、君について行くという立場だ。決定権は君にある」

「俺が……?」

 その様子から見て、リリエが多くの資産を持っているというのは嘘ではないのだろう。

 彼女に雇用されるという形であれば、フェリクスたちの世話にならずに済む……ナタンにとっても、願ってもない話だといえる。

「でも、彼女が雇いたいのは、フェリクスたちだよね。フェリクスは腕が立つし、セレスティアは凄い治癒能力を持ってるけど、俺は……」

 ナタンの脳裏に、破落戸ごろつきに殴られていた時の光景が蘇った。リリエの目にも、さぞかし無様に見えたのだろうな、と、彼は嘆息した。

「えぇと……ナタンさん、でしたよね」

 不意にリリエから名前を呼びかけられ、ナタンは驚いた。

「あ……ハイ」

「わ、私……あなたは信用できる方だと思ったので……あなたに、お願いしたいです」

 言って、リリエはナタンを見つめた。もっとも、彼女の目は瓶底眼鏡の分厚いレンズの向こうにあって、その表情は定かではなかった。

「殴られていた時……あなたは、逃げようと思えば逃げられたのに、逃げなかった……私を残していった後のことを……心配してくれたのですよ……ね?」

「そうだね」

 ナタンは頷いた。

「あそこで逃げたら、俺は、きっと一生後悔するって……それだけは、できないと思ったからさ」

「あなたのような方なら……連れの方たちも、信用できると判断しました。ですから……護衛……引き受けていただきたい……です」

 リリエは、そう言って頭を下げた。その微かに震えている肩が、彼女の緊張を表しているようだった。

「分かりました。護衛、引き受けさせてもらいます。……選んでくれて、ありがとう」

 自分の人柄を見て選んでくれたのであれば、期待に応えたい――そう思ってナタンが答えると、リリエは顔を上げ、安堵した表情を見せた。

「商談成立ってやつだな」

 「武器屋」の店主が頷きながら言った。

「しかし、俺も、兄さんの剣技、見たかったぜ」

「剣技?」

 フェリクスが、首を傾げた。

「華麗に破落戸ごろつきどもを倒したんだろ?」

「いや……破落戸ごろつきがナタンに馬乗りになっていたのが目に入ったから、反射的に襟首を掴んで引き剥がしただけだ。勢い余って壁にぶつけてしまったが、たぶん、死んではいないと思う……」

「なんだ……武器は関係なかったか」

 残念そうに肩を竦める店主と、きょとんとしているフェリクスを見て、ナタンは思わず、くすりと笑った。

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