第5話
スタジオに置かれたモニターで、ある男の写真が無限かと思えるほど表示され続けた。
真っ黒な背景に、切れ長の目が印象的な男前が、どこか憂いを帯びた表情でこちらを見ている。
シンプルな白いシャツ一枚が、より男の造形美を引き立てた。
どことなく中性的で線が細く見えるが、背の高さや袖からのぞく腕の筋肉が、男だと認識させる。
ふいに消えそうな儚さと、存在感ある孤高の美しさが同居する、不思議な魅力を持つ男だった。
「うーん、こっちの方が良い。目線が決まってますよ」
「けど、こっちの方が女性ウケよさそうですよ。あ、相馬さんはどう思いますー?」
モニターの前で議論するスタッフの一人が、蒼馬を呼んだ。
蒼馬は今、都内のスタジオにいる。
化粧品を使う人間なら、まず知らない人はいないブランドコスメの広告を撮影するためだった。
旬の俳優が起用されるのが暗黙の了解で、このブランドの広告に起用されたというのは、まさに蒼馬が国民的俳優になったことの証のようなものである。
「どれどれ」
蒼馬はパイプ椅子から立ち上がると、モニターの前へ向かう。
「うーん、たしかにこっちの方が女性ウケはよさそうですね」
「相馬さんもそう思いましたよね!」
蒼馬は一度頷いてから、形のいい顎に手をあてる。
「ええ。でも『ユニセックスな化粧品』をテーマにしたコスメだからなぁ。ユニセックスとは言ってるけど、実際は男性の新規ユーザーを取り込むのが狙いだし」
「なるほど」
感心したように、スタッフ達が頷く。
パソコンを操作するスタッフが「それなら、これ?」と、他の候補写真をモニターに映した。
「うん。僕はこの写真に一票でお願いします」
他のスタッフも、口々に「これにするか」とつぶやく。
「どうしたの、えらく調子いいね」
再びパイプ椅子に座って休んでいると、蒼馬のマネージャーである飯田が茶化すように言った。
神経質そうな印象のある細いフレームの眼鏡の奥に、どこか嬉しそうに細めた目が見える。
年が近い飯田は、蒼馬にとっては気心の知れた男友達のようだった。
「そうですか?」
「うん。どれの写真にも、蒼馬君のいいところが出てる」
蒼馬はパイプ椅子から立ち上がる。
「僕じゃなく、カメラマンさんの腕がいいんですよ。おかげで一級品の僕の顔が、超一級品になりました」
軽口を言いながら、蒼馬はケータリングのフルーツサンドに手を伸ばし、引っ込める。
「どうしたの」
「いや、これで今日は終わりなので」
話が読めない、とばかりに飯田は首を傾げた。
「今食べたら、晩ご飯が、ね」
蒼馬は、これ以上はまずい気がして、何か言いたげな顔をする飯田から逃げるように、スタッフの会話に加わる。
蒼馬はまだ、飯田にアサのことを言えずにいた。
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