第4話

「うまい!」

「腹減ってりゃ、普通のモンでもうまいですよ」


食卓に向かい合い、アサは蒼馬がオムライスを消し去っていく様子を、漠然と眺める。

蒼馬はスプーンいっぱいにオムライスをすくうと、リスのようにモグモグと咀嚼する。


「うん、普通じゃなく、めちゃくちゃうまいぞ!」

屈託のない蒼馬の笑顔に、アサは耳の後ろがむずがゆくなる。


「アサは天才だな」

口の中の米を飛ばしそうなほどの勢いで、蒼馬は大絶賛した。


「大げさすぎ」

アサはやれやれ、と肩をすくめるふりをして、蒼馬から顔を逸らす。


こんな風に、誰かに手放しで褒められるのはいつぶりなのか。

それが思い出せないくらい、アサは久しく誰かに褒められていなかった。

母親の罵倒は、いつが最後だったか思い出せるのに。我ながら皮肉なものだ、と自嘲する。


「そんなにおいしいなら、専属シェフにでもなってあげましょうか」


自分でも、らしくない冗談のつもりだった。

珍しく褒められたことで、アサは慣れない軽口をたたいてしまったのだ。


「本当か、アサ」

やけに真剣な声色に、アサは慌てて視線を戻す。

蒼馬はオムライスを食べ終わっていた。


「いや、あんた芸能人でしょ。高一の隠し子と暮らすとか、やばいって……」

「あ、アサは高校一年生なのか」

そこじゃないだろ、とアサは眉間に皺を寄せる。


「だってアサはここを出たとして、どこで暮らすんだ?」

アサは何も言えず、視線を下に落とした。

蒼馬がさっきまで使っていたスプーンには、自分が歪んで映っている。

歪んだ自分の行く先なんて、ないことくらいわかっていた。


「俺もアサも、一人は寂しいじゃないか。俺は、アサがいると助かるなぁ」


蒼馬の口ぶりは、何一つ深刻さを感じなかった。

椅子から転げ落ちそうになるのをこらえるように、アサは背もたれを掴む。


「飯うまいし」

馬鹿だ、とアサは思った。


この芸能人生を一瞬で失うという危険に対して、アサのつくるご飯。

明らかにリスクとリターンが見合っていない。


「アサが良いならさ、極秘で一緒に暮らそうぜ!」

蒼馬は突然立ち上がると、テレビの横にある、背の高いチェストの引き出しを開けた。


小さなケースから何やらカードを取り出すと、アサに差し出す。

「これ、カギとデビットカード。昔作ったまま放置してたけど、まさかここで使うとはな~」


のんきな蒼馬に若干引きつつ、「ナニコレ」とアサは絞り出す。

「食材とか買うとき、ここからつかって、ってこと」


アサは内心で、どうかこの男が本当の父親ではありませんようにと、ひっそりと、しかし真剣に願った。


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