第3話
蒼馬が目を覚ましたのは、昼前だった。
一度八時くらいにアサに叩き起こされたせいか、彼の中では満足のいく睡眠ではない。
「ん?」
寝室から廊下に出ると、胃を目覚めさせるような匂いがする。
蒼馬がリビングのドアを開けると、テレビを見ながらオムライスを食べるアサの姿があった。
「起きた?」
「起きた」
アサは蒼馬の返事に「ふーん」とだけ言うと、残りのオムライスを食べ始める。
「……なに」
アサが食べる様子を、蒼馬はじっと見ていた。
「食べづらい、です」
「うまそうだな」
会話になってない。
アサは気にしては負けだと、テレビに視線を戻す。
たくさんの人でごった返す遊園地からの中継を、おもしろくもないのに、真剣にみることにした。
スプーンで一口分すくい、蒼馬を無視して自分の口に運ぶ。薄く焼かれた甘めの卵と、ケチャップライスの酸味が絶妙だ。
運び、咀嚼し、飲み込む。この一連の動作を無言で見続ける蒼馬に、とうとうアサは耐え切れずつぶやいてしまった。
「材料、まだ残ってるんで、その」
アサは蒼馬の表情を確認する。
露骨に嬉しそうな顔をしていたから、少し呆れたように笑って続けた。
「食べます?」
「いいのか? 食べる!」
蒼馬は、そう言って大きく頷いた。
子供か、とアサは心の中でツッコむ。
残りわずかなオムライスを食べきると、アサはキッチンへ再び向かった。蒼馬もひな鳥のように、ついていく。
冷蔵庫を開ける音が、いつもより少し大きいことに蒼馬は内心驚いた。
冷蔵庫内の物が増えると、音も大きくなるのか、と一人感心する。
アサはそんな蒼馬は気にせず、ケチャップやバターなど必要なものを取り出していく。
「暇なら水洗いでもいいんで、洗ってください。食器なさすぎですよ」
「わ、わかった」
蒼馬はスウェットの袖をまくり、食器やフライパンを洗う。
アサは不安に思いつつも、パック入りの白米を電子レンジに入れて、加熱した。
その間にウインナーと玉ねぎを切る。
解凍されるまで時間があるので、卵を小さな器に二つ割り入れ、牛乳と片栗粉を目分量で入れて卵白を切るように混ぜた。
「随分手際が良いな」
「まぁ、いつもやってるし。そんな難しい料理じゃないんで」
蒼馬はそれ以上何も聞かなかった。
無遠慮な雰囲気の蒼馬だから、なんで慣れてるんだ、と根掘り葉掘り聞きそうなものなのに、とアサは意外に思う。
蒼馬は黙々と、慣れない手つきで洗うだけだった。時折蒼馬が飛ばす小さな水しぶきに、文句を言おうかアサが迷っていると、電子レンジが軽快な音をたてた。
「フライパン、洗い終わりました?」
「おう」
アサはフライパンをコンロにのせる。
水気が飛んだのを確認して、サラダ油を垂らし、玉ねぎとウインナーを炒める。
ウインナーが、サラダ油のたまったところで加熱されて、バチンと軽くはじけた。
しばらく炒めるとバターを追加する。
玉ねぎとバターの甘い香りが、キッチンに広がった。
「いい匂いだな。腹減った」
洗い物をして体を動かしたから、頭も動き始めたらしい。蒼馬が楽しそうに言った。
「そりゃあ、こんな時間まで何も食べずに寝てれば、腹ペコにもなるでしょう」
呆れたようにアサは言うと、米と調味料、ケチャップを次々とフライパンに投入していく。
「マッシュルームはないのか?」
「おれ、マッシュルーム嫌いなんで」
「そうか、俺は好きだぞ」
雑誌の表紙を飾っていても違和感のない、完成された笑顔に、アサは白目をむきそうになる。
車のハイビームを至近距離で浴びたみたいだった。
「……おれは嫌いだから、買ってきてないんですよ」
蒼馬は眉を八の字にすると、唇をきゅ、とすぼめた。
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