第2話

カーテンから、日が射し込む。昨晩の雨は上がったようだ。

アサはソファから起き上がると、カーテンを開けて窓の外を眺める。


天を突き破る勢いでそびえるビル群が見えた。

土曜日だからか、街の雰囲気は穏やかに感じる。


昨晩、アサは蒼馬から二つのことを言われた。

一つは、このソファで寝ること。

もう一つは、朝食はキッチンにあるものを、勝手に食べていいということ。


リビングと一体化した対面型のキッチンに、アサは心の中ではじめましてと挨拶しつつ、足を踏み入れた。

慣れないキッチンに戸惑いつつ、冷蔵庫を開ける。


「は?」


冷蔵庫にあったのは、酒とチーズだけだった。

大きくピカピカの冷蔵庫は、一瞬家電量販店に置いてある展示品と見紛うほど、空っぽだった。


アサはいったん冷蔵庫を閉じると、もう一度開ける。

当然ながら、空っぽである。


アサは焦る気持ちを抑えつつ、棚を漁った。

マンションの備え付けの棚には、独り身にしては少ない食器類と、酒とツマミのストックがあるだけだった。






蒼馬の耳元で、音がした。

それがアサの声だと気が付いたのは、蒼馬が重い瞼を開いてからだった。


「びっくりさせるなよ」

「それは、こっちのセリフ」


アサは不満げに、蒼馬の枕元に仁王立ちしていた。

「好きなもの食えって、食うもん何もないじゃん。びっくりだよ」


蒼馬の脳は、寝起きでまったく働いていなかった。物の少ない棚や冷蔵庫に、何が入っていたのかを思い出すことすら、煩わしい。


「あ~ウン」

蒼馬は寝ぼけた体をどうにか動かし、ベッド下に捨て置かれたカバンに手を突っ込む。


革製のものが手に触れた感覚がすると、蒼馬は半分目を閉じたまま、アサにそれを押し付けた。


「なにこれ」

「さいふぅ~」


間延びした声で蒼馬は言うと、「そこの一万で、何か買え」と寝言同然でつぶやいた。


「買えって言われても」

困惑するアサが財布から顔を上げると、蒼馬はもう夢の中だった。


部屋を無駄に圧迫するクイーンサイズのベッドから離れ、足の踏み場がギリギリ確保された六畳間の寝室を出る。


これが今をときめく人気俳優の寝室なのかと、アサは革製のブランド財布片手にため息をついた。

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