第05話:本格ファンタジーってなんなんだろう?

 ファンタジー小説ってなんなんですかね? 人気があるジャンルであることはわかるんですが、定義というものがよくわからない。架空の世界や超自然的な要素が存在するフィクションの一形式でいいのかな? そして、現実世界の物理法則や科学的制約に縛られず、創造的な要素が盛り込める小説でいいのかな? てことを漠然とは思っているんですが、考えれば考えるほど分からなくなるんですよね。


 そこで今日考えるのは、ファンタジーの一分野である「本格ファンタジー」です。これ、ちょっと前、とある出版社のエッセイで話題になっていましたよね。私、この言葉の定義もよくわからないんですよね。そこで、くだんのエッセイを読ませていただいたんですが、正直、理解できませんでした。ごめんなさい。


 ほんと私の国語力って低いのです。だって、私、理系ですし、文系希望したにも関わらず文系に進めなかったほどの落ちこぼれですので、読解力が足りないのです。だからご容赦してください><。


 ということで「本格ファンタジー」のエッセイを読んで、私がかろうじて理解できた定義が下記2点です。


 ①「人物の解像度」と「世界の解像度」が共に同等レベルで高いもの

 ②その小説を原資として世界的に売れる映画やゲームをつくれるもの


 うーん、これでいいのかな? って不安になってきますが、まぁ、これでいいといて話を進めますね。論説としては今のファンタジーはラノベという媒体で書かれていて「人物の解像度」ばかり高くなっていて「世界の解像度」が低い。「世界の解像度」をあげなくてはならない。それがあって初めて「世界」に発信できる「映画」や「ゲーム」の原資になりうるって感じだったと思います。多分、ここでいうゲームというのも「オープンワールド」を意識した論調だったと思います。


 あ、ちなみに私はこの意見を否定しませんよ。そういう考え方もあるんだ程度の話です。結論でもいいますが、私はこの議論が小説というものの本質だと思ってないですもの。


 でも、商用主義によってファンタジーは歪められたという主張には反対しますけどね。「資本」主義の国家でいる以上、資本が一番大事に決まってるんですよね。誰が赤字を垂れ流してまで、一個人のイデオロギーを満たすために金を払うかって話なんですよね。資本主義の枠組みでいる限り、売り上げは正義なんですよ。


 って、そんな話をしたら話が終わっちゃいますね。ということで話を戻して、えっと私が違和感を覚えるのは②の部分なんです。「小説」という表現方法に適した物語はあるわけですし、「映画」や「ゲーム」という表現方法に適した物語はあるはずだと私は思っています。だから私は、小説でも映画でもゲームでも楽しめる「世界観」というものがあったとしたら、「小説」で読むなんてことはしないと思います。だって、文字読むの面倒くさいですものw。映画でぱっと見て終わりです。そして、そんな世界観を素晴らしいと思うことはないですね。それは確信できます。


 ちなみに私だったら「小説」でしか描けない「世界観」を書きたいと思いますもの。それこそ「映像化不可能」なファンタジーをかきたいと思いますもの。それこそが小説書きのプライドだと思っているところありますのでw


 あと①ですね。小説のメリットは「心情描写」を書けるところにあるわけですよ。だから「人間の解像度」が上がるのは当たり前なんですって、私はみっちり「心情描写」書きますよ。で、それに釣り合う「世界の解像度」は書かないですね。だって、読者さまに分かって欲しいのは「心情描写」であって、ヒューマンドラマであって、「物語の世界」ではないんですもの。


 ここらへんは小説をどう捉えているかの違いだと思うんですよ。私は読者さまに「メッセージ」を伝えたいのです。だから「伝えたいこと」を絞るのです。「ラブレター」と同じです。何十枚の紙を使ってダラダラと好きになった背景とか、これから付き合って何をしたいかとか書くよりも、一枚で自分の気持ちだけをストレートに書いた方が想いが伝わると思いません? あ、でもこれは人それぞれかも、ちょっと例えとしては不適切ですねw


 でも、私は思うんですよ。今のラノベのファンタジーをこき下ろす本格ファンタジー界隈の人と本格ファンタジーをこき下ろす人達がよくTwitterで揉めてますけど、あれ非生産的だと思うんですよね。お互いに譲る気ないんですから言うだけ無駄ですって。そんなことで時間を使うなんてもったいないですよ。


 それよりも、皆さんが小説を書く動機ってあるでしょ? きっと読者さまに伝えたいことがあって、それが動機になっているでしょ? 笑いとか、喜びとか、驚きとか、そんな風に読者さまに反応して欲しいと思って小説を書くでしょ?


 ラノベのファンタジーとか本格ファンタジーとか、その手の小説のジャンルって、それを達成するための手段でしかないと思うんですよ。その手段について煽り合うなんてバカバカしいですよ。自分が伝えたいものに合わせてジャンルを選べばいいだけじゃないですか? と私は思っていますけどね。間違っているのかな?



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