第13話 レフィーリアの過去(追加)

 レフィーリアとの共同生活が始まって一ヶ月ほどが過ぎた。


 村の設備はカイが思った以上に意外なほど充実していて、少なくとも二人で生活する分にはかなりの余裕があることが分かった。

 特に食料に関しては、トウモロコシ、ジャガイモ、玉ねぎ、小麦等を栽培するための畑がきっちり整備されていて、そのための種イモや種もみも豊富にストックされていたのである。


 なんと乳牛や鶏まで飼っていたのは驚いた。

 意外なほど自給自足できる体制が整っている村だったらしい。

 おかげでチーズやバターなども作ることができるし、卵も調達可能だ。

 周辺の森にも鹿やウサギなど、食肉に適する動物が豊富だった。


 家は、皮肉だがレフィーリアとその母親が閉じ込められていた家が一番作りがしっかりしていて頑丈だったので、これを大幅に改修リフォームした。

 最初、レフィーリアはその家を使うのに難色を示したのだが――完成した家を見て、すぐに気に入ったらしい。微妙に前世の記憶を使ったところはある。


 水は集落内を流れる小川から取水するので十分だった。

 せっかくなので水路を作って家の近くに誘導し、いつも水が流れている状態にする。

 レフィーリアの話では、この水が枯れたことは記憶がないとのことなので、大丈夫だろう。


 不足している物は、南にあるミスリバーで調達した。

 金銭で贖えれば楽なのだろうが、こういった辺境ではそもそも通貨が使えない場合も多い。リーグ王国の通貨などは広く使われていたらしいが、三十年前に滅ぼされて以後は信用されていない。

 金貨や銀貨ならまだ別だが。

 対価に関してはこの辺りだと通貨より物々交換の方が普通だ。

 それであれば、集落で作った作物や獲った獣を加工した商品が使える。


 特にカイの場合は、新条司の知識――農家ではないが野菜を作っていたらしい――もあって、魔法を併用することで品質の良い生産物を作れるので、それで割のいい交換ができることが多いのだ。

 最近ではレフィーリアも手伝ってくれるので、生産効率はかなり上がっている。


 そのレフィーリアだが、予想は出来たがやはり身ぎれいにすると驚くほどの美少女だった。

 身長は百四十センチほど。手足はすらりと細く、肌は白く美しい。瞳は美しい翡翠のような緑色で、髪もきれいに洗ったら驚くほど艶めいた長く美しい金髪だった。

 顔立ちも非常に可愛らしく、将来が楽しみがほどだ。

 エルフが容姿に優れているのというのは、どうやら本当の事だったらしい。


「お兄ちゃん、ジャガイモ、収穫しておいたよ。売る分と食べる分は分けてある」

「ありがとう、リア。でも無理はするなよ。俺も小麦の製粉がもうすぐ終わるから、そしたら食事にしよう」


 カイはレフィーリアのことは『リア』と呼ぶようになった。

 ちょっと長いと思っていたところに、レフィーリアから提案されたのである。母親にはそう呼ばれていたという。

 特に反対する理由もなかったので、今ではそう呼んでいる。

 一方でレフィーリアはカイのことを『お兄ちゃん』と呼ぶようになってしまった。

 妹がいたことはないが、昔シャーラがカイのことをそう呼んでいた時期がある。

 それを少しだけ思い出すと、彼らが今頃どうしているだろうと思ってしまった。


 村での生活はおおむね快適だった。

 一ヶ月もすれば、レフィーリアもいい感じに慣れてきたようで、呼び方もあってお互い家族――兄妹――のような感覚になっていた。

 カイとしては、この大陸の、魔法や魔王といった存在の謎を解き明かしたいという想いはもちろん今もあるが、一方でエルフという希少な存在と接して、その生活を間近で見れるというのは、その調査と同じくらい意義があると思っている。


 もっとも、エルフの生態は実質ほとんど人間と変わらないことが分かってきた。

 食事や排せつ、さらに言えば女性特有の身体的な特徴やその周期においても、人間と何ら変わることはないようだ。

 ただ一点、人間と大きく異なることがあった。

 それが、鉄に対する過剰アレルギー反応だ。


 レフィーリアは鉄製品を嫌う。

 というよりは、鉄に触れること自体を嫌うのだ。

 触っていると頭がぐらぐらして、すぐに気持ち悪くなるらしい。

 直接触れなければ問題はないようで、鉄製のフライパンでも持ち手が木製なら問題はない。

 それらを使った料理でも問題はないので、鉄分の摂取は大丈夫のようだ。鉄の塊がダメだという。


 かつてこの村に囚われていた時も、母親は鉄の首輪を付けられており、そのためほとんど歩くことすら難しいほどに衰弱していたという。

 牢に入れられている間だけは外してくれたらしいが、場合によっては数日間外に出されていた時などはずっとつけっぱなしで、そういう時はひどく衰弱していたらしい。


「ところでお兄ちゃん、なんか私に聞きたそうにしてることがある気がするんだけど」


 食事が終わって一休みをしてるところで、突然レフィーリアがそう言いだしてきた。

 カイは思わず言葉に詰まる。

 確かに、カイは未だにレフィーリアがあのルドリアに保護されていた相手なのか確認できていない。

 ただ、それを聞くことは母親を思い出させる行為になるので、なかなか聞けずにいたのだ。


「何でも大丈夫だよ、もう。でも、私もエルフの事って全然知らないから、あまり応えられないと思う……」

「あ、いや。エルフの事じゃないんだが」

「え?」


 カイは少し迷ったが、そのままレフィーリアに聞くことにした。

 自分が魔王ルドリアの足跡を追っていたこと。そしてその過程で、ルドリアが保護していたと思われる存在について知ったこと。

 そしてその存在を探してる中でレフィーリアを見つけたこと。


「そっか。じゃあお兄ちゃん、あの家から来たんだね」

「やはり、そうなのか」


 レフィーリアは小さく頷いた。


「あの家に来る前はね、どっかくらい部屋にいつもいたの」


 レフィーリアが言うには、天井近くに窓のある粗末な部屋にいたらしい。

 当時一緒にいたのは、母親の他、兄と弟、それに妹がいたという。

 ただ、その記憶は五歳くらいの頃で、エルフであるレフィーリアが覚えているのはその印象だけ。

 それがある時、突然あの家に連れてこられたらしい。

 連れてきたのは、剣を持った兵隊だったという。


(状況から考えれば……魔軍兵だろうな)


 レフィーリアが五歳くらいということは、今から十五年前。

 そして記憶する限り、リーグ王国の貴族たち――財産を安堵されることを条件に魔王に屈した――が、その財産の一部だというエルフの奴隷を接収されたのも、そのくらいの時期だ。


 当時この話を聞いた時は、魔王ルドリアがエルフの魔力を使って何かをするのかと思ったが、ケーズなどで聞いたルドリアの話を聞く限り、ルドリアはそんな存在ではないと思える。

 むしろ、理不尽な扱いを受けていたエルフたちに同情した可能性が高い。


(ますます……人間っぽいな、魔王は)


「それで、その後はあの家でずっと過ごしてたの。定期的に、兵隊さんが食料を持ってきてくれたから、お母さんと私、お兄ちゃんや弟、妹と一緒に……ただ、一年ちょっと前に、そこを出たの」

「食料が……来なくなったからだな」


 するとレフィーリアが驚いたように目を丸くした。


「すごい、どうしてわかったの?」

「いや、なんとなくだ」


 その時期は、魔王が討たれた時期と完全に符合する。

 言い換えれば、食料を送る命を受けていた魔軍兵が、魔王が倒れたことで死んだタイミングでもある。


 もはや疑いようはない。

 魔王ルドリアは、間違いなくエルフたちを保護していた。

 それがどういう理由かは分からないが、少なくとも無慈悲で残酷な魔王という存在とは、まるで異なる行動だと思える。


「その後は……あの集落に?」

「うん。お母さんは、人間と一緒にいたらいつかあそこに連れ戻されるからって、なんとか私達だけで暮らそうとしたんだけど……限界で。この集落の近くで、お母さん倒れちゃったの。そしたら、ここの人たちが最初助けてくれたんだけど……」


 ここにいた連中は、おそらくミスリバーの街にすらいられなくなったようなはみ出し者だったのだろう。

 そんな連中が善意で人助けをするはずがない。

 ただそれでも、頼らざるを得なかったのが当時のレフィーリア達なのだろう。


「でもすぐ、あの人たちはお母さんと妹のメリーティアに酷いことして、お兄ちゃんとレンベルが抵抗したら……」


 レフィーリアが泣きそうになったので、カイはレフィーリアを抱き寄せる。

 そのカイの胸に顔を押し付けて、レフィーリアはなおも涙を流していた。


「すまん。辛いことを思い出させた」

「ううん。話したのは……私だから」


 その後ぽつぽつと続けられた話によると、兄であるロルフと弟――と言っても十八歳だったらしいので見た目は兄だったらしいが――のレンベルはそのまま殺され、妹――こちらも十七歳だったらしい――はその後、どこかに連れていかれたらしい。

 おそらくは『商品』にしたのだろうが――万に一つ生きてる可能性があるかと言えば厳しい気がする。


 その後はカイの知る通りだった。

 むしろ一年以上、レフィーリアを庇い続けた母親の胆力に驚かされる。


「すまなかったな、もっと早く助けられれば良かったんだが」

「それは……無理だよ。むしろあの時に、ギリギリ助けてくれただけでも、本当にありがとう、お兄ちゃん」


 とはいえ、これもルドリアを倒した後の、後始末ではある。

 あるいはこんな話は、他にもあるのかもしれない。

 ルドリアが君臨していたのは、三十年あまり。


 ただの冷酷な魔王ではない、むしろ人を愛し、人を援けたいと願う魔王ルドリアという、およそ知られている魔王とは全く違う側面を見せるルドリアの素顔に、カイは果たしてあの魔王を討ったことが間違っているとは言わなくても、もっと他に方法があったのではないかという気すらするのだった。

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