第14話 集落の暮らし(改稿)
さらに二カ月ほどが経った。
この集落に
そろそろ本格的な冬になる――はずだが、この地域はかなり北方なので、それほど寒くはならないだろう。
この大陸は地球で言えばいわゆる南半球のように、北に行けば行くほど暖かくなるのだ。
集落の設備は大分整った。
何より便利だったのはこの集落を流れる川の存在。
水量が豊富で、かつとてもきれいな水であり、二人だけだれば本当にふんだんに使える。
なので途中で、お風呂まで設置した。
新条司の記憶があるカイは、温かい湯を張った風呂が好きだ。これに関しては間違いなく新条司の記憶に引っ張られた嗜好だとは理解しているが、気持ちいいのは事実。
湯を沸かすのは魔法でやる。
そして湯舟も、魔法で土を固めて――というよりほとんど陶器化して作り上げた。
このお風呂はレフィーリアにも大好評。
一応ついたてを作って見られないようにしているが、レフィーリアはあまりカイに見られるのは気にしないのか、平然とそのまま歩こうとするので、そのたびにカイの怒号が響くのだが。
「別にお兄ちゃんに見られても困らないし……」
「そういう問題じゃない。普段からそんなことをしてたら、うっかり人前でもそういうことをしてしまうんだ。だからちゃんとすること」
最近すっかり兄代わりが定着してしまっているという気がする。
ただ、レフィーリアがいくら元気になったと言っても、時々まだ、母親を失った時の悪夢にうなされていることもある。
カイとしては寄り添ってあげる以外のことはできないが、それでも頭を撫でてあげたりすると、寝苦しさが解消されてくれるようで、気付けばいつも同じベッドで寝るようになっていた。
カイ自身にも『新条司』にも妹がいたことはないが、いたらこんな感じなのかと思えて来る。時々、子供の頃のシャーラを思い出したりもしたが。
「本当に、人間とほとんど変わらないな……実際」
エルフは本当に、ほとんどは人間と同じだが、もう一つ分かっていることがあった。
これは元々伝承では言われていたが、おそらく魔力に対する親和性が非常に高い。
これに関しては『大賢者』とまで呼ばれる自分を棚に上げるが、おそらくちゃんと魔法を教えれば、自分に近い使い手になりえると感じていた。
下手をすると、
「どうしたの、お兄ちゃん」
「いや、何でもない。それより、今日はリアが料理をすると言っていたが……」
「うん。お兄ちゃんがニワトリ持って帰ってくれたから、それを捌きおわったとこ」
昨日街に行った際、食用のニワトリをもらってきたのだが、見ると、すでに綺麗に解体されていた。その手際は非常にいい。
もっとも、この光景が一番慣れないのは『新条司』だ。
カイ自身もどうということはないつもりなのだが、新条司の生きていた時代は、自分で獣を捌くということはやらなかったらしい。
その記憶に引っ張られるため、実はカイも獣を捌くのは少し苦手である。
本能的に拒否感が出てしまうのだ。
ふと、それで揶揄われたことを思い出した。
今からだと、ほんの六年ほど前か。
ラングディールが十五歳、カイが十四歳、シャーラが十三歳の時だ。
弓矢で獣を狩るのは、村に住む者の役目だった。
基本的に女性は家で織物をするか、あとは畑での農作業が基本で、狩は男の役目なのだが、シャーラは例外。
治癒魔法が極めて得意だったことで、怪我をしやすい狩の役割を与えられていた。
そしてラングディールとカイは、そのとびぬけた魔法の力で、やはり狩で得物を狩ることを期待されていたわけだが――。
初めてその三人だけで仮に出た時、カイは前世の知識から効率よく罠を仕掛け、見事に鹿を捕獲した。
狩において獲物を仕留めた者は、一番最初にナイフを入れ、一番いい場所をもらえるというルールがある。
なのだが、カイはこれが苦手で――。
(ランディが獲ったことにしてもらおうとしたら、あっさりとあいつ、一番いい場所切り分けて俺によこしたっけな)
その時にラングディールは「人間、誰だって苦手な事の一つや二つあるさ。カイが獣を捌くのが苦手だとしても、それは仕方ないことで、それでお前のことを情けないなんて言うやつは、俺がぶん殴る」といって笑っていた。
実際タスニア島にいる間、ラングディールとはいつも一緒にいたが、彼のおかげでカイはあまり孤独を感じずに済んだとは思う。
もっとも、そういう苦手を克服する努力を結局してこなかったので、こういう時に少し苦労するのだが――。
「この辺は冷凍しておいて明日。今日はこれを焼くね。こっちのはどうする?」
すでにレフィーリアにも少しだけ魔法を教えている。
彼女は魔法の初歩を教えただけで、いわゆる生活魔法とされる、加熱や冷却などの簡易な魔法をあっという間に修得してしまった。
しかも何度も使っても疲れる様子すらない。
本当に才能があるのだと思うと同時に、今後を考えるとちゃんと教育すべきだと思えた。
この世界、魔法は普通に存在するが、魔法を使う力、いわゆる
弱い人だと簡単な生活魔法、例えばコップ一杯の水をぬるま湯にする程度でも一日に一回程度。
少し得意とする人でも同じ量の水を熱湯にするなら、一日に三回とかが限界だ。
まして人を傷つけられるほどの魔法を行使できるのは、ごく一握り。
そのレベルになると
ただ、そのレベルに達している人間は、十万人に一人とも云われるほど少ない。
カイが大賢者と呼ばれるのは、それを造作なく扱うからでもある。
元々、カイは並の人間の百倍ほどの
だが、おそらくレフィーリアはその領域に届きうる。それはとても素晴らしいことだが、同時に危険視される可能性もあるのだ。
とはいえ今は、そんな危険な魔法も教えていないし、本人も弁えているようで、好きにさせてもいいだろう。どうせこの村にはカイとレフィーリアしかいないのだ。
ちなみに魔法に関しては、一つカイが謎に思ってる、調べたい事実がある。
かつてカイに魔法を教えてくれた――後にかつてリーグ王国の
しかしある時、急激に使えなくなっていったという。効果が大幅に落ちて、まともに魔法を使えなくなっていったそうだ。
そしてその数年後に魔王ルドリアが出現し、その頃になると今のようにほとんどの人は弱い魔法しか使えず、それもあって魔王には抗えなかったらしい。
カイやシャーラ、そしてラングディールはもはや別格だと彼は言っていた。
カイからすれば、魔法を知ったときから今の状態なので、果たしてかつてがどうだったのかはわからない。
そしてその状態でも十分力を使えるし――レフィーリアも苦労している様子はない。
あるいは、魔王が世界中の魔力を吸い上げたとでもいうのだろうかと思うが――実際、魔王の力はそうであっても不思議ではないほどだったのは事実だ。
「お兄ちゃん?」
レフィーリアの声で、カイは慌てて現実に戻ってくる。
目の前にはすでに魔法による処理まで終わった肉が並んでいて、肉がほとんどこそぎ落とされたもの――いわゆるトリガラがおいてあっった。
「いい感じだな。……トリガラがあるなら……よし」
「なに?」
「いや、ちょっとな。これは俺が処理する。ちょっとやってみたいことがあってな」
新条司は色々多趣味だったらしく、妙な記憶が時々ある。その一つに、トリガラからスープを作り、ラーメンと呼ばれる食事を全て手作りしている記憶があるのだ。
とても美味しかったという記憶があるので、カイとしては再現したいのである。
「お兄ちゃんの作る料理美味しいから、楽しみ」
レフィーリアも嬉しそうだ。
それを見て、カイはとりあえず必要な材料を思い浮かべつつ、明日は町に向かうことにする。
思わぬ形で始まった暮らしではあるが、カイにとっては思った以上に愉しい生活になっていた。
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