第40話 エピローグ

「陛下。セント・ルシア王国の使者が予定通り到着したとのことです」

「分かった。すぐに行くとお伝えしてくれ」

「は。陛下、長かったですがこれでようやく、戦後処理が全て片付きますね」


 報告に来た廷臣は晴れやかな笑みを浮かべた。

 それに、リーグ王国の国王ラングディールは、やや苦笑気味に応じる。


 リーグ王国歴八四八年。

 あの『魔王カイ・バルテス』の出現から、一年が過ぎていた。


 あの後、リーグ王国は即座に軍を退き、セント・ルシア王国もそれを見届けてから軍を撤収。その一週間後から戦後処理の協議が開始された。


 実際のセント・ルシア王国の人的被害は一人もなく、怪我人が数人のみ。

 そしてリーグ王国軍は、一部の指揮官――貴族たちに犠牲者が出た以外は、やはり怪我人が少し出たのみだった。

 魔王が現れた現場にいた割には、犠牲者は驚くほど少なかったと言える。


 あの戦争は結局、リーグ王であるラングディールが魔王カイ・バルテスに利用され起こしたもので、全ては裏で魔王が糸を引いていたということになっている。

 実際に戦争になりかけたセント・ルシア王国としては、それ全部がリーグ王国の陰謀ではないかという意見もあったらしい。

 なんといっても、カイ・バルテスといえばリーグ王国の大賢者として広く知られた人物だ。


 ただ、様々な角度から調査した結果、少なくともラングディールが魔王として振舞っていた時もその被害はギリギリまで抑えられていて、もっと早く開戦していてもおかしくなかったはずなのを、ラングディールやリーグ王国の廷臣が食い止めていたと考えるのが合理的という調査結果が出ている。

 リーグ王国とセント・ルシア王国の間にある都市国家群はことごとくリーグ王国とは戦わずに恭順していたが、それに対しても魔王を名乗っていたラングディールは何もしなかったのだ。実質的な被害は皆無だったと言っていい。

 挙句、ラングディールがなかなか従わなかったために、妃であるシャーラを人質にしていたという話も出てきていた。シャーラの死産は魔王の仕業だという噂まである。


 そのため、ラングディールが魔王カイ・バルテスに利用されていたというのは間違いないと結論付けられた。

 黒幕に徹していたはずの魔王カイ・バルテスが最後になって現れたのは、なかなか戦端が開かれないのにれて、あの場に現れたのではないかと云われている。


 よって、戦費賠償金などは一切なし。戦争責任なども問われないことになった。

 今回の使者はそのことを確認した上で、全ての戦後処理が終わったことに同意するための使者である。これには、一度占領された都市国家も同意している。

 大騒動を起こしてしまったリーグ王国としては文句のつけようのない結果で、廷臣が肩の荷が下りたように晴れ渡った表情をしているのも、当然だろう。


 ただ、そのカイ・バルテスがいつから魔王であったのかについては、はっきりしていない。

 魔王ルドリアの後継を名乗っていたことから、ルドリアを倒した直後という話もあれば、その後にルドリアについて調査をしていたという話があったことから、その時にルドリアの遺産に触れてしまったのだという噂もある。


 リーグ王国の公式見解では、彼の出奔後に何かしらのルドリアの遺産に触れ、魔王の呪いを受けたとされている。

 そうすることで、ルドリア討伐やその後半年ほど国に尽くしてくれた時のカイ・バルテスの名誉は守った形だ。


 実際、今もリーグ王国内でのカイ・バルテスの評判はそこまで悪くはない。

 彼が大賢者と謳われるほどの卓絶した魔法使いメイジであり、そして魔王ルドリアを倒すのに尽力したのは間違いない事実だからだ。

 さらにその後、国の復興のために多くの施策を提案し――それらを実施する前に出奔しているが――それらは最近になって実施され、実を結んできている。それを魔王の施策だという人はいない。


 ラングディールは廷臣を下がらせると、執務室の椅子に一人沈み込んだ。

 入れ替わりに別の人物が入ってきたが、ラングディールはそちらを少し見た後、椅子に沈み込んだまま動かない。

 その表情は、厄介ごとが片付いたという晴れやかさとは全く無縁の、消沈しきった顔だった。


「大丈夫ですか、ランディ」

「これが大丈夫に見えるか?」


 声をかけてきたのは、王妃であるシャーラだ。

 そのお腹は、再び丸みを帯びてきている。


「ごめんなさい、意地悪でしたね。でも、その顔で会見にはいかないでくださいね」


 ラングディールは「わかってるよ」と言いながら、椅子の上で姿勢を正した。

 が、すぐにまたその表情は曇る。


「正直今でも、俺が何とかしたい。だが、何をどうすべきなのか、俺には何も分からない。一体カイが何をしたのかすら……俺には分からないんだ」


 結局リーグ王国は戦乱の責任をほぼ負うことはなかった。

 この後、使者との会見の後、あの騒動の全ての元凶が魔王カイ・バルテス――ひいては魔王ルドリアであるいう文書にラングディールは署名しなければならない。

 そうすることで、あの戦争は完全に終わるのだ。


 そしてその魔王を、ラングディールが聖剣を以って討伐した。

 リーグ王国は二度にわたり魔王の脅威を大陸から退けた稀代の勇者ラングディールを王とする、偉大な国とまで称えられているのだ。


 だが。


 それがどれだけの虚偽と虚飾に塗れたものであるかは、他ならぬラングディールが誰よりもよく知っている。

 そしてそれをすべてお膳立てしたのは、間違いなくカイだ。


「俺は……何もしてない。ルドリアを倒しきれていなくて、そのルドリアの魔力に屈して、魔王になっていただけだ。なのに――なのに、あいつは全部、全部自分だけで片付けて、全部自分のせいにして……」


 ダン、と執務机を叩く。

 そのまま突っ伏すラングディールの目からは涙が溢れ、それが机を濡らしていった。

 それを見て、シャーラは夫に寄り添うように背中から抱き締める。


「私だって納得してません。もし彼に会うことがあったら、顔が戻らなくなるくらいひっぱたいてやりたい。なんで一人で全部……いつもそうだった」

「そうだな……俺より年下のくせに、なぜかいつもどこか余裕があって……あいつの方がずっと年上だと思うようなことも、よくあったよ」


 まるで未来が分かってるかのように、色々なことの先を予見していたように思う。人生経験がまるで違うと感じることもあった。

 そして今回も、その一つがあの戦争における最後の攻撃だ。


 あの戦乱の中で、カイは派手な見せかけの攻撃の中に本当の攻撃を混ぜて、旧貴族の者達を殺害している。

 カイ自身、あの旧貴族の者達には少なからず言いたいことがあっただろうから、その鬱憤晴らしをどさくさに紛れてやったという側面はあるだろう。

 ただ、彼らの多くが戦死したことで、リーグ王国としては重要な廷臣を戦争で失ったという形を取れた。

 あれは魔王カイ・バルテスが、国王を諫めていた廷臣が邪魔になったので殺したのだということになっている。そのため、魔王カイ・バルテスがすべての黒幕だということの真実性を補強する要素になったのだ。


 だが無論、そんな事実はない。

 彼らが死んだ事実にあとから理由が現れただけで、なぜか戦後に人々の間でそういうことになっていた。

 まるで、誰かに囁かれたかのように。


 実際には彼らがいなくなったことで、後のラングディールの施政が段違いにやりやすくなった。カイが国にいた頃に提案した施策を実施できたのも、彼らがいなくなったからだ。

 殺された廷臣たちの遺族も、名誉の戦死とされては文句の言い様がない。実際には、戦争で利を貪ろうとしていた証拠などが出ていたのだが、それを不問にされているのだ。

 一体カイはどこまで考えて行動していたのかと思うほどだ。


「俺は……どうすればあいつに報いられるんだ。どうやって、あいつに返してやればいい」

「多分、どうやっても……無理なのかもしれません。ただ、彼が望んでいたことは、多分わかるつもりです」

「シャーラ……?」


 するとシャーラは、ラングディールの手を自分のお腹に当てた。


「カイが最後に言ったこと……あなたは守ってくれていますよ。私を幸せにして、いい国を作れって……彼はそう言ったんでしょう?」

「……ああ、そうだ。そうだったな」


 ラングディールはシャーラをそのまま抱き寄せ、泣いた。

 その、堪えるように泣く最愛の夫の頭を、シャーラはいつまでも撫でていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


『驚きますね。貴女の学習速度には』

「努力はしてるつもりだしね。でもまだ、お兄ちゃんには全然及ばない」

『彼には旧時代の知識がありました。それは、エーテル工学以前のものではありますが、それでも膨大なもので、あるいは複数の人間の知識が集まってる可能性すらあります。それを貴女が一年や二年で追いつくのは、さすがに無理ですよ』

「時間なんて関係ない。私は絶対に、お兄ちゃんを助けたい」


 そういうと、レフィーリアはIecsイークスの端末に触れる。

 画面には膨大な数の資料が表示されていた。

 それらはすでにこの時代には失われた知識ばかりだ。


「それに、知識を増やすのはまだ準備段階だもの。いつまでもゆっくりしてられないの。お兄ちゃんを助けるには、Iecsあなたの力では足りないのだから」

『それは……その通りですが。しかし、それだけに集中するのはよくはありません。さすがに一ヶ月もここに籠ったままでは、『エルフの森』の人たちも心配するでしょう。それに適度な息抜きが必要というのは、昔から言われていることで、根拠もあることです』


 今のレフィーリアの家はパルスの外れにある。

 少し森の奥まったところにしてもらっていて、しばらく留守にしていても誰にも気付かれない様な場所だ。

 そして、レフィーリアがそこで過ごすことはほとんどない。

 カイがいなくなってすでに一年。

 レフィーリアはその時間のほとんどを、このアーカイヴで過ごしていた。


「……何もしていないと、凄く……凄く焦るんだよ、私」


 そういうと、レフィーリアは自分の手を見た。


「あの人の覚悟を、多分私は分かってた。でも、止められなかった。私にその力がなかったから。それが本当に、本当に悔しいの。本当は私、世界なんてどうでもよかった。あの人と一緒に、いたかった……」


 ポタリ、と雫が床に落ちる。


『レフィーリア。その悔しさは、私には完全には理解できません。ですが、貴女が世界と引き換えにしてでもカイ・バルテスを求める気持ちは、過去の事例からもあり得ることだと分かります』

「……変わったよね、あなたも」


 レフィーリアは少し驚いたように顔を上げ、それから涙を拭いた。


「でも、世界を犠牲にすることを、お兄ちゃんは絶対に望まない。だから、私はお兄ちゃんを確実に、何も犠牲にしないで助ける方法を探すの。手伝ってね、Iecsイークス

『もちろんです。彼を助けることは、この先の人類の歴史に、新しい可能性を見出せると私も考えています。それは、私の本来の使命に合致するものです。ですがそのために貴女が先に倒れては、意味がないでしょう』

「……うん、分かった。今日は一段落したら、ちゃんと帰るから」

『そうしてください。バイタルが危険だと判断したら、強制的に眠らせますよ』

「そうなる前に帰るよ。心配してくれてありがとう、Iecsイークス


 レフィーリアはそういうと、再び画面に目を落とし、集中した。

 しばらくしてからふと、壁に映し出された映像に視線を向ける。

 そこには美しい星空が映し出されていた。

 数々の煌く星々は、様々な色でその画面を彩っている。

 しかしレフィーリアはその星々は見ていない。

 そのうちの一つ、かなり高速で移動する、時折金色に輝く煌き。

 それだけを見つめていた。


 それは、聖剣が太陽の光を受けて輝く光。

 負のエーテルを浄化しつつわずかに地上に降らせ続けている、カイ・バルテスの姿だった。



 ――――――― 親友の勇者が魔王になってしまった件

 ――― Once completed.

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