第39話 魔王消滅
「我が名は魔王カイ・バルテス!! 我が
カイは、拡声魔法を用いて、この場にいる全員に聞こえるように高らかに宣言し、その禍々しい光を放つ聖剣を高々と掲げる。
「そして愚かなセント・ルシア王国軍の者どもよ。我が奸計にはまり、この場に戦力を集めてくれたこと、礼を言う。愚かな者どもで助かったわ!!」
そして、カイは魔法を発動させた。
使うのは、最初に使った火の雨の魔法。
つまり、直撃しても火傷程度の効果しかない。とはいえ、少し強くしてあるので、無視は出来ないだろう。それが容赦なく両軍に降り注ぐ。
もっともリーグ王国軍はほとんどが倒れているので、混乱は少ない。
ただし、一部に致死の威力の魔法を忍ばせた。
具体的には――。
「ぎゃあ!?」
リーグ王国軍の一角で悲鳴が響いた。
予定通りの人間に致死の炎が炸裂したのを見て、カイは一人ほくそ笑む。
(人間殺して笑っていられるんだから、魔王だよな、やっぱり)
殺したのは、リーグ王国の旧貴族の連中だ。
ピンポイントで、そこに狙いを定めて致死の魔法を放ったのである。
「やめろカイ!! どういうつもりだ!!」
ランディの大声が響く。
同じく拡声の魔法を使っているのか、よく聞こえた。
むしろ都合がいい。
「リーグ王ラングディールよ。我が魔力を預かり、我が囮としてよく機能してくれたが、いささか加減が過ぎたな。ここからは我が直接指揮を執ろう。これより、魔王ルドリアの後継者として、再びこの世界を絶望に閉ざすこととする」
「カイ……!?」
「さあ、勇者よ。これまでの働きに対する褒美だ。全てを焼き尽くす我が炎で、消え去るがいい――」
ここまで、三分。
あと二分もあるなら、十分だ。
「カイ!?」
カイは、聖剣の中に感じる負のエーテルを一部、無理やり引き出した。
これができることは事前に確認済みだが――。
(なるほど、これは暴れ馬だ)
かつてはこの負のエーテルを使って魔法を使ってたというから、今頃になって師匠を尊敬したくなる。あまりにも制御が難しいが――それでも何とか、カイはそれを制御し、火球を生み出した。
それは直径百メートルを越える、文字通り天を覆うほどの大火球。
「さあ、消えるがいい、勇者よ――」
(頼むぞ、ランディ。言ったことはやってくれ――)
大火球が大地に、ラングディールに向けて放たれる。
炸裂すれば、おそらくあたり一帯が焦土と化すほどのそれは――。
「カイーーーー!!!」
ラングディールの聖剣の一閃で、吹き飛んだ。
直後、魔法を構成する膨大な
それと、同時に。
カイは最後の魔法を発動させた。
(じゃあな、ランディ。リア――さよならだ)
その衝撃と共に、カイの身体が上空へ吹き飛ばされ――。
「カイ!?」
強烈な光を放つ聖剣と共に、カイ・バルテスは天へと上がる流星の如き光跡を残して、消えたのである。
あとには、呆然としたラングディール、それにリーグ王国軍とセント・ルシア王国軍が残されていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
吹き飛んでいた意識が戻ったのがどれだけ経った後か、カイはすぐには分からなかった。とりあえず、その手にプロトタイプ・エクスカリバーがあることを確認し、安堵する。
ただ、その中にあったはずの負のエーテルは、すでにない。
時間を確認するために、懐に手を入れた。
意識を失う可能性は高いと思っていたので、女神から渡された時計を見ると――どうやらちょうど十二時間ほど意識を失っていたらしい。
思ったより長くて驚くが、まだ十分時間はある。
「……綺麗だな。一応、『記憶』ではこういうものだと知ってはいるが――実際に見ると全然違うな」
言葉を発してみるが、それは体の中には響くが、外には一切聞こえていないようだ。そのせいで、自分の声ではないようにも聞こえる。
「こんなに――美しい世界なんだな」
眼下に見えるのは青い輝き。
中央にあるのは、記憶するものとは少し違う形になっている、オーストラリア大陸の姿だった。
時間的にちょうど朝なのだろう。少しずつ大陸が太陽の光に照らし出されて行くのが、神秘的だと思える。
「こうやって見ると、東岸から西岸でも近いように見えるな……ま、歩いてはもう行きたくないが」
ここは低軌道と呼ばれる地球を回る宇宙空間。地上からおよそ六百キロから七百キロほどのはずだ。
そうしてる間に、どんどん移動してオーストラリア大陸以外も見えてくる。
「うわ、ロシアがほとんどねぇ。あそこが中国だよな……南側はほとんどないな。あれは……北アメリカ大陸かよ。全然形が違う……面白いな」
この軌道だと二時間かからずに地球を一周してしまう。
そのため、本当にいろいろなものが見えた。
当然、空気などほとんどなく、人間が生きていられるはずのない環境だが――それを何とかしてしまうのが、エーテルの力でもある。
カイが使った最後の魔法は、前にラングディールの攻撃を回避する時に使った、慣性からの解放の魔法だ。
あの時は地球自転から一瞬解放したのだが、今回解放した慣性は地球公転。つまり、太陽の周りをまわる地球の運動から、自分を除外したのである。
太陽と地球の距離はおよそ一億五千万キロ。その楕円軌道の大きさは、概算で約十億キロだ。これを地球は、一年で回る。
つまり、一日で三百万キロ弱。時速十万キロ以上というとてつもない速度になる。秒速にしてほぼ三十キロだ。
どうなるか予想できなかったが、とりあえず発動時間を二十秒程度にしておいた。それだけあれば、ラングディールが負のエーテルに捕捉されなくなる五百キロの距離を開くことが可能だという計算である。
だから、黄昏時に挑んだのである。その時間なら、地球の公転慣性から外れれば、地表に対して垂直に離れる方向になるからだ。
速度が速度なので空気抵抗や自分にかかる加速度の衝撃をほぼゼロにする魔法を組み合わせ、さらに自身を強力な障壁で守るようにしていたが、上手くいったらしい。
さすがに意識は飛んでいたが、生きていたのなら問題はない。
意識を凝らしてみると、自分の中に膨大な
おそらく意識を失っている間に取り込まれたのだろう。
最後に発動させた魔法以外に自分に付与していた生命維持の魔法の効果は十分に機能している。これがなければそもそも自分は死んでいただろうから、この場で負のエーテルが暴走して大災害が起きていただろう。
宇宙空間での災害だから、地上にどのくらい影響があるか分からないが、最悪隕石が落ちるとかだとシャレにならない。
「さてと……まだ正気でいられるわけだが」
今はまだ、負のエーテルがカイに馴染んでいないのだろう。その衝動はほとんど感じない。
だが、馴染み始めたらおそらくその衝動に抗うのは難しいことも、なんとなくわかった。
女神は半年から二年で馴染み、その後その衝動を受け続けると言っていたが、自分はルドリアのように三十年も耐えられる自信は無い。
そしてこの状態からでも、完全に魔王となれば地上に舞い戻ることはおそらく可能だろう。
それでは、本当に魔王カイ・バルテスが地上に誕生してしまうが、もちろんカイにそんなことをするつもりはなかった。
だからこの状態で、さらに魔法を自分にかける。
その効果は、魔力の停滞――すなわち、エーテルの停滞。
さらに、極限まで自身の代謝機能を含めた肉体機能を、鈍化する。
この二つにより、負のエーテルが自分に馴染むまでには、非常に時間がかかるようになる。具体的には、おそらく数百年以上かかるはずだ。
人間の寿命は本来そんなにないが、現在のカイは膨大なエーテルを宿した状態であるので、魔王になっているのに等しい。代謝も落としているから、年を取ることはおそらくない。
だが一方で、エーテルを停滞させてもエーテルの浄化は行われる。
そもそも負のエーテルの浄化は、負のエーテルが一定濃度になれば自動的に行われる作用のようだ。
考えてみれば当然で、魔王が誕生する前でも、負のエーテルは通常のエーテルに戻ろうとしているのである。不安定だから災害を引き起こし続けつつだが。
むしろ集積されることでその浄化速度は大幅に上がるらしい。
集積しなければ数千年かかるところが、数百年まで縮む。
ただ、その状態で何が起きるかは分からないほど強大なエネルギーだが、負のエーテルは集まると強い魔力を持つ適性者に宿ろうとするから、普通は魔王が誕生してしまう。ただ魔王は、強大な負のエーテルを封じ込めておくための存在だったのだろう。自分がなってみて、初めて分かった。
だが、負のエーテルをため込んだまま、さらにほぼ仮死状態でいれば、魔王になるのは数百年以上先。先にエーテルの浄化が完了する。
そうすれば、地上は災厄に見舞われることなく、そして魔王の暴威に怯える必要もない。
そしてこの状態になってもう一つ分かったが、この状態の、いわば負のエーテルが馴染んでいない状態は、負のエーテルの状態が非常に不安定だ。おそらく、強力な適性者が――つまりラングディールが近くにいたら、また彼に負のエーテルが移ってしまうだろう。
その間により強力な適性者が現れることなどあり得ないから、問題にならなかったのだろう。
だとすれば、負のエーテルが馴染んでいない状態で地上に戻るわけにはいかない。ラングディールを再び魔王にしては意味がないのだ。彼はもうこの負のエーテルが馴染んでいるから、即座に魔王になってしまう。
完全に魔王化することがエーテル浄化の条件だった場合や、負のエーテルの侵蝕を遅らせることが出来なかった場合には、このまま地球公転、さらには太陽公転の慣性を外し、地球圏を離脱してから魔王化して、宇宙空間を漂うつもりだった。
そうなれば、いくら魔王とはいえ地球に帰還することは不可能になる。
その場合、さすがに地上に浄化したエーテルを戻すこともできなくなるので、エーテルが大幅に減った状態になってしまうが、そうなれば魔王も発生しづらくなるというメリットもあるだろう。
だが、そこまでの必要はなかったらしい。
それであれば、せめて地球を見ながら過ごすことができる。
そして数百年かけてエーテルを全て浄化し終えればいい。
ただ、浄化が完了した時点で地球に帰還するだけの力があるかどうかは未知数だ。
仮に帰還出来たとしても、数百年以上は過ぎている。ラングディールやシャーラはもちろん、レフィーリアも生きてはいないだろう。
ただその時点で数百年生きていたことになるのだ。それ以上は生きていたいかどうかは正直分からない。
レフィーリアに言った『死なない』という約束は、一応果たしたことにはなるはずだ。自分でもこじつけだというのは理解しているし、絶対に本人は納得しないだろうが。
もう一度、眼下にある地球を見た。
その青い美しい光は、これまでに見たどんなものよりも美しい。
あのどこかに、ラングディールもシャーラも、そしてレフィーリアもいるのだろう。
ラングディールはこの先苦労するだろうが、あの状況を上手く処理してくれれば、なんとか乗り切れるだろう。一応、
せっかく一世一代の大芝居を打ったのだ。
上手く利用してくれなければ、化けて出て――。
(化けて出るって、それもエーテルなのかね)
ふと、そんなことを思ってしまった。
(ランディ、シャーラ、上手くやってくれよ。そしてリア。幸せになってくれ――)
代謝の鈍化の影響が出て来たのか、とても眠い。
あらゆる感覚が遠くなっていくかのようで――。
カイは静かに、目を閉じた。
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