第38話 カイ対ラングディール

「く、くくく……何の冗談だ、カイ――」


 直後、ラングディールの身体から魔力が噴出する。

 その力は、文字通り場の全てを染め上げるほどのもので、カイがこの場に施した魔力停滞の魔法にすら、それだけで干渉を開始した。

 おそらくほんの数分で、魔軍兵はまた動き出すだろう。


 だがカイは不敵に笑って、そのまま聖剣を構える。


「そのままの意味だ。その魔力は本来、この俺のもの。だから、返してもらう」

「良く言った。さすが大賢者。だが、その大言壮語は高くつくぞ――」


 直後、ラングディールの背後に巨大な魔力塊が出現、それぞれが紅蓮の炎と雷光を纏った状態となった。

 おそらく直撃すれば、人間など骨も残らないほどの威力を持つ超高熱の魔力塊。それが同時に――十余り。並の魔法使いメイジどころか、カイですら不可能なほどの力だ。


「消えろ、カイ」


 それぞれがまるで弾かれたように高速でカイに迫る。

 避けるのは不可能ではないが、ギリギリで避けたところで雷光の一撃に身体を麻痺状態にされ、続く攻撃を食らう。つまり大きく射程外に行くか、または完全に防ぐしかないが、普通はどちらも不可能。

 五カ月前のカイでも、この数を捌くのはやはり出来ないだろう。


 だが。


「無駄だ、ランディ」


 カイは聖剣を正面にかざし、その魔法を全て受け止める。

 ラングディールが放った雷火球の全ては、聖剣に触れると同時に消滅した。


「何!?」

「前と同じじゃないんだよ、ランディ。そしてこの剣で、その魔力を全て返してもらおう」

「それは一体――」


 説明するつもりはない。

 そもそもカイの作戦を全て説明すれば、ラングディールが正気に戻った時その作戦を承知しない可能性が高い――というよりは、彼なら絶対にしないだろう。

 それに、不要な知識を彼に与えるつもりない。


「悪いが説明してる時間は――ない!!」


 カイは聖剣を構えて斬りかかった。

 ラングディールも腰に佩いた聖剣を抜き放ってそれを受ける。

 ある種、音楽的ともいえる音が響き渡った。


 聖剣対聖剣。

 おそらくこの魔王と勇者のループが始まって以来、初の事だろう。


 だが、カイが容赦なく切りつけるのに対し、ラングディールは戸惑っているようなところがあった。

 それを見て、カイはまだ間に合っていることを確信する。


(まだランディの中には、ランディ自身の自我が十分に残っている)


 なかなか侵攻を開始していないのも、おそらくラングディールのギリギリの抵抗だったのだろう。

 ルドリアもそうだが、負のエーテルの衝動に抗うのは、非常に難しい。負のエーテルの力はあまりにも強大で、やがては本人の自我を全て塗り潰してしまうからだ。


 特に、魔王になれるほどの資質を持った人間は、同時にその力で周囲から距離を取りがちだ。

 ルドリアが典型である。

 ラングディールにはカイやシャーラがいたが、結局王国内で孤立してしまった。

 そしてそこに、負のエーテルは入り込み――心を負の感情で染め上げられたのだ。


 だがラングディールは魔王化して、まだ一年は経ってないだろう。自我が残っている可能性は十分にあると期待していたが、予想通りだった。


 剣戟が続く。

 聖剣とはいえ、それ自体は本来は反エーテル装備アンチエーテルデバイスであり、お伽噺の武器のように、本人の力を底上げしたりするものではない。

 それは、カイのプロトタイプ・エクスカリバーも同じだ。


 つまり純粋な剣技の勝負になるのだが、実はこの点に関してはラングディールとカイは、それほど差がない。

 二人とも魔法を得意としてはいたが、一方で剣術も十分に得意だったのである。

 二人の勝負は、記憶する限り二つ以上の勝ち星の差がついたことは、一度もない。


 そして今回に関しては、カイに分があった。

 以前戦った時はまだ魔王化の直後で、おそらくその衝動を抑えることもできなかったのかもしれない。

 むしろ今の方が、まだラングディールとしての自我が強いように思えた。

 それゆえに、今の状況に戸惑っているようで、動きにキレがない。

 だが一方で、カイは――親友に剣を向けているという状況はともかく――絶対にラングディールを倒さなければならないという覚悟がある。


 その差が一瞬の、そして決定的な差となった。


 ラングディールが振りおろした聖剣をカイは聖剣で受けて、そのまま受け流す。

 そしてすり抜けざまに、剣を振り抜き――ラングディールがかろうじてそれを受けて、その衝撃で距離を取ったところに、カイはなんと聖剣を投げつけた。


「何!?」


 まさかそんなことをしてくると思っていなかったラングディールの反応が一瞬遅れる。かろうじてそれを弾いたが、完全に体勢が崩れていた。

 そこにカイは魔法で自らを加速し、一瞬でラングディールの懐に飛び込むと、ラングディールの頭を掴んで足を払った。当然ラングディールはバランスを崩し、一瞬中に浮く。

 そしてカイは、そのままその頭を地面に叩きつけた。

 頭を押さえつけられているため、ラングディールは受け身すらまともに取れない。

 それほど硬くないとはいえ、地面に後頭部を叩きつけられたラングディールの動きは一瞬、完全に止まった。

 そしてそこに、聖剣を再び――魔法で手に引き寄せるようにしていた――掴んだカイは、一瞬の躊躇もなく、ラングディールの左肩に聖剣を突き立てる。

 それは一瞬の抵抗がありつつも、聖剣はラングディールの肩を貫き、鮮血が飛び散った。


「が!?」


 その、直後。


 膨大な魔力が溢れだしたのである。


「こいつが――!!」


 魔王ルドリアに宿っていた負のエーテル。

 ラングディールに引き継がれたそれが今、凄まじい勢いでプロトタイプ・エクスカリバーに吸収されていく。


 これが、このプロトタイプ・エクスカリバーの能力。


 通常のエクスカリバーは、剣身に触れた負のエーテルを吸収、その機能を一時的に停止させて放出する。それにより、刃が触れた部分の負のエーテルは無効化され、強大な負のエーテルで守られた魔王に刃が届く仕組みだ。

 多少傷つけたところで魔王の力なら怪我を治癒することは出来るが、幾度も斬りつけられることで負のエーテル自体がどんどん無効化され、やがて倒れるという仕組みである。


 ただ、魔王が誕生して間もないなどで強力である場合は、無効化したはしからすぐに負のエーテルが補充され続け、刃が届くことすら難しい。

 仮に届いても一瞬で再生されるし、負のエーテルの総量が多いから、そのすべてを無効化する前に回復され、勇者が先に力尽きるのである。無効化できるのもほんの数分なので、結局魔王の負のエーテルは永遠に尽きないのだ。

 ラングディールが勝てたのは、本人の桁外れの魔力と、カイ、シャーラの援護によって本人がその魔力を全て攻撃に使うことができたがゆえの奇跡だった。


 対して、プロトタイプ・エクスカリバーの能力は少し違う。

 剣身に触れた負のエーテルを吸収するところは同じだが、無効化しない。その代わり、無尽蔵に剣に蓄積する――実質負のエーテルを奪う。

 さらに、その吸収能力はすさまじく、刃の触れた対象に宿る負のエーテルをことごとく吸収してしまう。

 かつてこれで魔王化を解除して、エーテル浄化のプロセスを探ろうとしたらしい。


 これが失敗作とされた理由は簡単で、魔王を切りつけてしまうと、その身にある負のエーテルを全て吸い出してしまい、一度剣に蓄積される。

 ところが集積された負のエーテルは、高いエーテル適性能力――つまり高い魔力量マナプールを持つ人間に宿る性質がある。

 そのため、力を失った魔王を斬ることは出来るが、その後ほんの五分ほどで、吸収された負のエーテルは最も近くにいる適性者――勇者に宿り、今度は勇者が魔王になってしまうのだ。

 いわば、負のエーテルをプロトタイプ・エクスカリバーの所有者が強引に引き継いでしまうことになる。


 十分に浄化され弱くなっている負のエーテルであれば、魔王を倒した際に他の誰かに宿ることなく霧散するのだが、わざわざ集積し、その者を半年から二年ほどで次の魔王――最初からあまり強くはないが――にしてしまうので、欠陥品だったわけである。

 しかも勇者に宿っている負のエーテルを外部から観測するのは至難で、それゆえにしばらくは、弱くなった負のエーテルがプロトタイプ・エクスカリバーの中にもないのは、弱ければ即座に霧散するからだと思われていた。

 後にこの事実が分かり、結局欠陥品として使われなくなり、現在のエクスカリバーが作られたのである。


 ただし『無効化』の機能がない代わりにその蓄積能力と吸収能力は桁違いで、ほぼ無尽蔵かつ凄まじい高速で吸い上げる。


 今回に関してはこれが都合がよかった。

 無尽蔵に負のエーテルを吸収するプロトタイプ・エクスカリバーの力なら、強引にラングディールから負のエーテルを引きはがせる。

 さらに今回は、リミッターを完全に外してもらっていた。そのため、ほんの一瞬だけ、ラングディールであろうが刃が届いたのだ。

 本人を切りつけなければならないのが一番の課題だったが、それは何とかなった。


「あ……あ……」


 時間にすれば十秒程度。

 それで、プロトタイプ・エクスカリバーは負のエーテルを全て吸収したらしい。

 刃が紫色に淡く輝いていて、凄まじいほどのエネルギーが剣から感じられる。


「カ……カイ?」

「ようやく正気に戻ったか、ランディ」


 カイはラングディールの上から退くと、数歩下がる。

 ラングディールも、少しよろめきながらも立ち上がった。

 なお、周りにいる魔軍兵はことごとく倒れ伏している。

 魔王からの魔力供給が断たれたからだろう。生きているかどうかは分からないが、イークスの情報では魔軍兵になっていた期間が短ければ、その影響は軽微である可能性は高いという事だから、それに期待するしかない。


「お前、いったい……それに、その剣は」

「よし、どうやら正気だな。いいか、ランディ。これから言うことを、確実にやれ。そうすれば、この茶番劇は全部終わる」

「カイ、まて、どういうことだ」


 慌てるラングディールだが、詳しく説明している時間はない。

 そしてラングディールには、これからやる大芝居のために、突然舞台に上がってもらわなければならないのだ。

 ただ、その前に一つだけ言っておきたいことがあるのを思い出した。


「ああ、その前に。シャーラを大切にしてくれよ。俺たちの妹分なんだからな。不幸にしたら許さんぞ、いいな」

「まて、カイ。だから一体……」


 言いたいことはこれだけだ。

 あとは――。


「いいか。これから俺はお前を攻撃する。ここらあたり全てを吹き飛ばす攻撃を放つから、お前は聖剣を振るえ。その聖剣なら、俺がこれから放つ魔法を打ち消すことができるんだ。いいな。それで、全てが終わる」

「だから待て、カイ。事情を説明しろ!」

「悪いな。そんな時間はないんだ。じゃあな、ランディ。もう一度言うが、シャーラを幸せにしろよ。そして、出来ればいい国を作ってくれ」

「カイ!!」


 ラングディールがなおも呼び止めようとするが、肩の傷が痛むのか、体勢が崩れる。

 それを見届けつつ――カイは再び飛行魔法で舞い上がった。

 そしてそのまま、両軍の間、ドゥイード河上空に滞空する。


(さて、と――。上手くいってくれよ――)


 そして、カイは魔法を発動させた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る