舞い上がる流星
第36話 作戦開始
『カイ・バルテス。まもなく当機は予定の空域に到達します。制御はこちらで行いますが、今後の当機の指示はそちらからお願い出来るでしょうか』
アーカイブを出発して四時間。
カイは軽く目を閉じて眠っていたが、女神の声で覚醒した。
初めて見る超高高度からの光景は最初こそ物珍しく思えたが――すぐに飽きた。
カイ・バルテスとしては初めて見る光景のはずなのだが、なぜかそれほど感動が続かなかった。記憶が融合した影響かもしれない。
「余計な犠牲は出したくないからな。出来るだけランディの近くに降りたい。今のランディの場所は?」
「ブリスタの南、ドゥイード河南岸ですね。周囲には魔軍一万二千。また、竜がいます」
「は? 四千増えてるのはともかく、竜?」
『はい。正しくは、エーテルによって大地を変容させた動く石像というところです』
「ゴーレムみたいなものか……まあどうにでもなるだろう」
『肯定します。あなたなら元々どうという相手ではありません」
そういうと、目の前に画面が浮かび上がり、巨大な竜をかたどった石像が映し出された。
大きさは三十メートルはありそうだ。
普通の人間では話にならない。
だが、わざわざそんな石の塊を正面から攻撃する必要などないのだ。
「それじゃあ、河の上流から侵入する。近くになったら
『両軍は河を挟んでにらみ合ってます。そこに入っていくと?』
「ああ。どうせ時間はかからない。時間もないしな……っと、現在の時間……というより、例の方向は?」
するとしばらく返答が止まる。
『最適時間は今から十五分後から一時間後ですね。それであれば、角度誤差はコンマ五以下です』
「上出来だ。時間ピッタリだな。現在の配置図をくれ」
すると、正面に当該の周辺地域の地図と、詳細な軍の配置図が浮かび上がる。
ドゥイード河は幅四百メートルほどの河で、海に注ぐ寸前の地帯は半ば湿地帯のようになっている。
足場が悪く、軍を運用するのには都合が悪い。
そのため、リーグ王国軍――魔軍は河口から上流五キロほどの場所に配置していた。
その対岸に、セント・ルシア王国軍二万が集結している。
数の上では、リーグ王国軍の方が少ない。
だがおそらく、軍の激突となればリーグ王国軍の方が勝つだろう。
なぜなら、リーグ王国軍は魔軍。
その個々の能力は並の兵士十人分以上に匹敵する。
攻撃魔法を使える者も多く、つまり基本的には勝負にならない。
その上怪我をしても動きが鈍ることはないのだ。
かつてカイやラングディールも、彼らに行く手を阻まれて苦労したものである。
文字通りの意味で、「ここは俺に任せて先に行け」と言い出したのはランディだったか。
お前が魔王の元に行かなくてどうするんだ、とシャーラと二人で総ツッコミしたのは、ほんの三年前。
その時からの状況の変わりようには驚くばかりだ。
「すべてが分かった今でも、この状況の違いには戸惑いそうになるな」
そう言いつつ、カイは配置図から魔軍兵の動きを予想し、ラングディールと直接対決できる位置を検討する。
この河には橋がない。なので、にらみ合いはしつつも、普通なら船で渡河するしかなく、当然その間にセント・ルシア王国軍は矢を雨のように降らせるだろう。
上陸して戦ったら分が悪いことは向こうだって承知のはずだ。
だがおそらく、実際には戦端が開いたら、一方的な蹂躙が行われるだけだ。
魔王ラングディールの力なら、一万二千の魔軍全てを空に飛ばせて攻撃させることすらできる。
しかも暴風を纏わせて、矢などほとんど当たらないようにした挙句、上空から魔法による火の雨を降らせる。勝負になるはずがない。
だから魔王と戦う時は、勇者とその仲間のごく少数で戦うのだ。
軍勢ではまるで勝負にならないからである。
だが、カイはあえてその魔軍に正面から挑むことにしている。
何より、そうする必要があるのだ。
「ま、多分大陸史上最大……かは分からんが、ここ千年くらいでは最大級のペテンだな」
『訂正しておきましょう。無事成功すれば、あなたのことはここ百万年では間違いなく人類史上最大のペテン師として記録できます』
思わずカイは笑ってしまった。
人類の英知を集めて作られ、さらに百万年もの間成長を続けた人工知能だが、どうやらユーモアのセンスも一流らしい。
しかしそれはそれで悪くない。
『何かおかしいことがありましたか?』
もしかして今のは本気で言っていたのか。
マジボケとは恐れ入る。
「気にするな。さて、そろそろだな」
今回の目的はいくつかある。
最大の目的は、ラングディールから負のエーテルを引きはがし、魔王化を解除することだ。
そして同時に、ラングディールが再び魔王になることを阻止。
これが最低の勝利条件だ。
だが、事態がここまでになってしまうと、もはやそれでは完全には足りない。
このままでは、リーグ王国は戦争責任を取らされることになるだろう。魔王だからなどという言い訳も通じない――というか魔王でなくなってしまうのだから、説得力もなくなる。
だから、『それっぽく』事態をかき回して、ラングディールが今後苦労しないようにしたい。それも重要な目的で――そして、その目途は立っていた。
(ま、見た目と信頼度でいえば、何とかなるだろ)
こうなると、二年前にリーグ王国を出奔したことも、多分後付けで適当な根拠になってくれる気がする。
もっともその前に――大掃除はしていくつもりだが。
事後工作については、
あとは自分が失敗しなければ、おそらく行けるはずだ。
カイは配置図から、いくつかの候補の場所を探す。
予想通りだが、目的の者達もここには来ていた。
リーグ王国の旧貴族たち。といっても、イークスの情報だと魔軍にはなってないらしい。
「まあ、魔王の魔力を受け入れたら、即座にくたばりそうだしな」
やってもいいんじゃないかと思ってしまうが、それをしないのがラングディールだ。
逆に言えば、まだ彼の心が残っているという事でもある。
憎まれ役を引き受けるのは自分で十分だ。
やはりあの金髪王子様には、世界の救世主たる勇者の称号こそ相応しい。
「カイ・バルテス。そろそろ作戦開始の最適時間です。当機の現在位置は、ドゥイード河の上流十キロ。このまま進めば、二分後に両軍の間に出て、擬装を解除します。……本作戦を中止する、最後の機会であると進言します」
カイは一度目を閉じて、それから大きく深呼吸をした。
ここから先に進めば、もう後戻りはできない。
ふと、レフィーリアの最後の顔が思い出される。
少しだけ朱に染まったあの顔は、本当に可愛らしいと思った。
「他の男にやるのはちょっと悔しいかもな、正直」
『それはどういう意味ですか?』
「何でもない。それじゃあ始めるぞ、
『……了解です。一分後に擬装解除後、キャノピーを開きます』
水面の上、五メートルほどの高度を進む機体は、その形状による風でわずかに川面に波を作りつつ、速度を時速五十キロほどに減速。そして同時に、光学迷彩が解除される。
すぐ、河の両岸に多くの軍勢が見えてきた。
ただ、右手の軍は特に反応を示さない。
魔王の影響下にある兵は、魔王の命令がなければ何もすることはないからだ。
若干動いて見えるのは、魔軍に取り込まれていない貴族たちで、魔王に命令されて前線に来てる者だろう。
そして左手の軍は、こちらは突然現れた謎の物体に戸惑っているようだ。
初めて見るのだから当然だろう。
魔王の使う武器だと思っているのかもしれない。
「ま、ある意味ではそれは正解か」
カイはそういうと、椅子から立ち上がった。
セント・ルシア王国軍側は、何事かと不思議そうにしている。
「さて――カイ・バルテス。一世一代の大芝居だ」
機体が高度を上げる。
それと同時にカイは魔法を発動させ――火の雨が、セント・ルシア王国軍に降り注いだ。
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