第35話 決戦の地へ

 その後、カイとレフィーリアは女神が準備してくれた場所で休んでいた。

 ちなみに食料などは自前だ。さすがにこんな場所に食料などはない――と思ったら、合成食材であれば用意できるらしい。

 念のためにと大量に食料を持ってきていたのだが、保管庫――要は冷蔵庫――もあるらしいので、そちらに格納させてもらった。


 今は食事中で、折角だからと女神に頼んであちこちの映像を見せてもらっている。


「すごいね……大陸のあちこちの映像が、こんなに。それに、北にも人が住んでいたんだね」

「これは俺も知らなかったな……」


 大陸の北岸、ちょうど中央辺りにダルヴィルという街があって、そこにも十万人以上が生活しているらしい。

 周辺地域を合わせれば、五十万人近く。

 そのあたりは水も豊富だが、海流の都合もあってかなり暑い地域のようで、それもあって文明の発達はかなり阻害されているが、それでも国という体制もできているらしい。


『あのあたりは前の魔王であるバルビッツすら気付かずにいた地域です。ただ、ほぼ赤道直下であり、かつ高温多湿、熱帯に属するので厳しい環境なのは否めませんが』

「……そういえば。今のこの大陸の地図って、あるよな?」

『もちろんです。御覧になりますか?』

「頼む」


 すると壁に映像が浮かび上がった。


「これが……この大陸の形」

「だな……結構……変わってはいるのか」


 元のオーストラリア大陸の形を正確に覚えているわけではないが、多少違うように思う。

 確か大陸の北側は、東が突き出した半島で、その西側は大きな湾になっていたと思うが、どう考えてもその突き出しが短い。

 そして先ほどのダルヴィルが大陸の最北端だった。

 ほぼ同じ緯度にかつてカイとレフィーリアが住んでいた村がある。

 それに、大陸北西部がかなり抉れたようになっている。


「あの、女神様。私たちが今いるのは?」

『ここですね。パルスの南南西約百キロの海底になります』


 地図で、南西部の海岸沿いに赤い光点が発生する。


「ついでに、ブリスタはどこになる?」


 続けて、緑の光点が光った。

 だいたい予想通り、東海岸のほぼ中央付近だった。


「なんかこうやってみるとそんな広くない……と思いそうになるけど、とんでもなく広いよね」

「そうだな。……そういえば、は地図とかないのか?」


 すると女神は首を横に振った。


『残念ながら、他はIecsⅥわたしの管轄外となりますので分からないです。現在、Iecsわたし達は相互に連絡を取り合ってもいません。正しくは、取れない状態になっています。キャッシュデータをサルベージすればどこかにはあるかもしれませんが……』

「それは、なんかあったのか?」

『肯定します。物理的な連絡方法が長い時間の中で損壊したと推測されます。物理的な修理が必要ですが、必要がないため放置されています』

「なるほどな……」


 あるいはそれが復活すれば、相互に連絡を取り合うことで今のこの状況を解決する手段も見つかるかもしれない。

 魔王と勇者のループは、この大陸だけの問題ではないのだ。

 ただ、カイにはその解決策を実行することは出来ないだろうが。


「お兄ちゃん、どういうこと?」

「まだ分からないだろうな。ただ、リアにはこれからそれらを勉強してほしいんだ、俺は」

「お兄ちゃんみたいになってほしいの?」

「そうだな。俺以上になってほしいと思うくらいだ。ただ、すぐに出来るわけじゃない。そして、ランディを止めるのは、すぐにやらないとならない。だから俺は……明日、あいつとの決着を付けに行く」

「……うん」


 レフィーリアはそれには反対しなかった。

 分かってはいたことだ。

 ここから四千キロは離れているブリスタまで行く方法は、多分女神が何とかしてくれるのだろうと思っている。

 そして、カイが先ほど受け取った聖剣エクスカリバーで、なんとかしてラングディールを止めようとしているのも、レフィーリアにはわかっていた。

 さらに、それはレフィーリアに手伝えないことも。


 だから。


「頑張ってね、お兄ちゃん。私、待ってるから」

「ああ、わかってる。俺はリアの兄だからな」

「……うん。そう、だね」


 レフィーリアはそれだけ言うとカイに抱き着いた。

 カイもまた、レフィーリアを抱きしめる。


 お互い、呑み込んだ言葉がどういうものか、誰よりも分かっていても、それでもただ、その時は無言でそのぬくもりを感じていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ちゃんと動くんだろうな、これ」

『ご安心ください。シミュレーションでは完璧に動作していますし、状態もほぼ最良です。劣化はまずしていません』


 翌日の昼、おそらく百万年以上前のものであるはずのを目にしたカイは、わずかな不安を感じつつ毒づいた。


 とはいえ、これを使う以外に間に合う手段がないので、結局使わないという選択肢はないのだが。


 エーテル推進航空機。

 エーテル工学がまだ隆盛だったころに開発された、いわば燃料の要らない航空機である。

 エーテルによって重力と慣性を制御、さらに空気抵抗を操作――要するにカイが使う飛行魔法とほぼ同じことをして空を飛ぶ機械。揚力を利用しないため翼すらない。

 エーテル制御により空気抵抗の影響も小さいため、形状はラグビーボールがもう少しずんぐりしたかのような楕円球だ。


 ただ、その速度は桁違いで、時速一千キロに届く。ジェットエンジンの飛行機より速い。

 ちなみに本来は時速一万二千キロも出るらしい。

 そもそも、その時代は宇宙空間にも人類が手を出していた時代だ。

 超音速弾道軌道など、当たり前のことだったのだろう。


「本来の速度が出ないのはなぜだ?」

『エーテル濃度の問題です。現在のエーテル濃度では時速一千キロが限界です』

「なるほどな……といっても今の時代からすれば考えられない超高速移動だがな」

「えっと……お兄ちゃん、これ、何?」

「まあこれも乗り物だ。馬車がとんでもない速度で空を飛んで行けると思えば、大体正しい」

『カイ・バルテス。さすがにそれは暴論な気がしますが』

「気にすんな」


 大きさは長径で三メートル、短径で一メートル半ほど。高さは二メートル程度。

 球体の下部に推進その他の機器が入っていて、残る部分が人が入る場所だが、これは個人用らしく、一人乗りだ。


「さて、もうすぐ十二時だから……そろそろ行くか」


 カイはそういうと、コックピットに乗り込んだ。

 と言っても、計器類も操作用のレバーなどもほとんどない。

 元々音声入力による自動制御の上、今回は女神がオートコントロールで目的地まで連れて行ってくれるのだ。

 なのでカイは操作する必要すらない。


「お兄ちゃん」


 キャノピーが閉じられる前に、コックピットのすぐ横に立っていたレフィーリアが声をかけてきた。


「絶対、勝ってね。お兄ちゃんが死んじゃったら、私、悲しくて一生泣くから」

「分かってる。俺は死なないよ。にな。それだけは約束する」

「……うん。じゃあ、頑張ってね」


 レフィーリアが離れると思って正面を向いたカイの視界に、不意にレフィーリアの腕が映った。何事かと思うより前に、レフィーリアの手がカイの頭と肩に回され、わずかに引き寄せられ――。

 頬に柔らかな何かが触れる。

 その後すぐ、小さく耳元で囁かれた言葉と共に腕は解かれ、レフィーリアは離れて行った。

 直後、キャノピーが閉じる。


 振り返るとレフィーリアは涙を浮かべつつも、笑顔でカイを見ていたが、その頬はかすかに朱に染まっている。そしてかすかに唇が動いた。多分それは『いってらっしゃい』と言っていたのだろう。


 そのまま機体は発進位置に移動し、レフィーリアも見えなくなる。

 カイはふと、先ほどの感触があった部分に指を這わせた。


「……気付かない振りをしてたんだがなぁ」

『よろしいのですか? 今ならまだ、中止もできますよ』

「無用の心配だ。俺はランディを助ける。それが出来る可能性がある以上、俺がそれをしないという選択肢は、ない」

『わかりました。では、発進します』


 その後女神が機体の状態やら、ここや現地の天候状態、予想到着時間などを報告してくれていたが、カイはそれを聞き流していた。

 さして重要な話ではない。


(リア、元気でいてくれ。それと――ごめんな)


 隔離されたケージに海水が流れ込む。

 ケージ内が海水で満たされたところで、正面のゲートが開いた。

 わずかに、陽光が海水面で反射された輝きが見える。

 エーテル――魔力でスロープめいたものが形成され、水の抵抗などないかのように、機体が緩やかに前進を開始しした。

 それは一定のペースで加速を続け――海水面に飛び出す時点では、すでに時速三百キロにも達していた。

 そこからさらに加速したそれは、一気に東を目指す。


 カイは目を閉じる。

 ふと、レフィーリアが耳元で囁いた最後の言葉が、もう一度思い出された。


大好きだよI really like you、カイ」


 この上なく親愛の情が込められていたその言葉を胸にしまい、カイは目を開くと正面を見る。

 そこに見えるのは、眩しいほどに突き抜けた蒼穹。

 眼下には赤茶けた大地が見えていた。


「さあ――最後の大博打だ」


 カイは、その手にある聖剣エクスカリバーの感触を確かめると、まだ見えない遥か彼方、ラングディールがいるであろう方向を見据えるのだった。


 

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