第34話 聖剣受領

 扉をくぐった先は、少し通路が続いた後、広い場所に出る。その構造は前の聖地ウーリュとほぼ同じだった。

 前にあった、映像を映し出していた台も同じ。

 どうやらこの辺りにオリジナリティを発揮するつもりはないらしい。


『よく来ましたね、カイ。それにそちらが――レフィーリア、ですか』

「え!?」


 突然響いた声にレフィーリアは驚いてカイに抱き着いた。

 すると、やや困ったような表情の女神が現れる。


『あらすみません、驚かせたようですね』

「……こういっては何だが、キャラ変わってないか、女神」

『いまさらあなたに女神然としても意味がないですし』

「リアもいるんだがな」

『でもここに連れて来たということは、彼女にも教えるつもりになったのでは?』

「それは追々だな。今回はいい。ただ、場所をちゃんと知っておいてもらいたかったからな」

『なるほど。そういう事ですか』

「ただあと、一つだけ聞き忘れたことがあった。それはリアにも関わることだからな」

「私?」


 レフィーリアが不思議そうな顔になる。

 そもそも、女神と平然と話しているカイに驚くばかりなのだが。

 やっぱりすごいと改めて感心してるともいう。


「エルフとはいったいなんだ? この間の話の通りなら、そんな種族がいる可能性はない。だが、リアをはじめ、エルフは実際に存在する」

『あなたなら、もう答えは分かっているのでは?』

「やはり、遺伝子改造か」


 それに対して、女神は小さく頷いた。


『彼女が聞いてもいいのですか?』

「……そんな悪い話か?」

『よくはないですね。ですが……そうですね。この後のことも考えたら、知っておくべきでしょう。それに、彼女はあなたが思うより大人でしょうし』

「……? そう、か?」


 やや戸惑うカイを無視して、女神はレフィーリアの前にかがみこむと、目線を合わせた。


『私も記録ではないエルフを見るのは久しぶりですが……こう、ちゃんと生物として生きているのを見るのは嬉しいものです』

「め、女神、様……?」


 戸惑うレフィーリアの頭を、その実態のない手で撫でるようにしたあと、女神は少し離れて二人にまた向き直った。


『エルフはかつて人類が人間の新人種を作ろうと遺伝子改造を施して作り上げた人種です。エルフという名も、かつての色々な中から選ばれた名称でした。その目的は、エーテル操作能力を付与すること』

「……やはり、か」


 エーテルを発見し、機械の力で制御することができた人類が、そういう人類を作りだそうとする可能性はあると思っていた。

 そしてそれがエルフではないかというのは考えられる話だったのだ。

 実際、エルフは極めて高い魔力量マナプールを持つ。それは基本的に人間のそれをはるかに凌駕するほどだ。

 だが人為的に付与されたとなれば、納得は出来る。


『ただ、この遺伝子はなぜか女性にしか発現しませんでした。しかも確率も低い。そのため、結局エルフは新たな種となることはできず、封印されたのです』

「え……」

『ところがおよそ三十万年あまり前、地殻変動でこの保管庫が崩壊。エルフが外の世界に解き放たれました。今いるエルフたちは、その末裔です』


 カイは少し、レフィーリアにこの話を聞かせたのを後悔した。

 これでは、つまり失敗作だったと言っているようなものだ。

 カイは、人類の中にエルフの遺伝子が紛れ込んで、それが後の人間の進化に繋がった一方、先祖返りでエルフが生まれたのかと思っていたのだが、そうではなかったらしい。


「だ、大丈夫か、リア」

「……どういう事? 私達エルフは、人間に作られて、捨てられた、の?」

『肯定します。ただし、その存在はほとんど人間と変わりません。ただ、強力なエーテル能力を持つこと、外見上の区別のためにわずかに耳の形が違うようになったこと以外は、ほとんどの機能が人間と同じです。あとは、エーテルの影響で成長が人間より大幅に遅いくらいです』

「エルフの成長速度は、生物学的な特徴じゃないのか」

『はい。エルフは基本的にエーテルを獲得することでエネルギーの補充を行う機能を持ちます。そのため――エーテルを過剰に取得した存在に近い特性を持ち、肉体の成長・老化が遅いのです』


 今、おそらく女神は魔王と言おうとしたのを止めてくれた。どうやらその程度の配慮はしてくれるらしい。


「私って……人間、なの?」

『はい。エルフと言えど、基本的な機能は人間と同一です。ただしもう一つだけ、異なる点がありますが』

「鉄に対するアレルギー体質か」

『その通りです。これは、安全装置として組み込まれたものだと記録されています。一定密度の鉄に接触することで、体内のエーテルのバランスが狂うようになっています』

「えげつない真似を……」


 ただ、そういう仕組みを入れた理由は分かる。

 エルフの寿命の長さはおそらく想定外だが、実際新人類として作るとしても、それを作ったのは旧人類だ。つまり、自分たちが新人類エルフに取って代わられるかもしれないという恐怖があったのだろう。


 結果として、エルフは女性にしか生まれず、しかもエルフからエルフが生まれる確率が非常に低かったので、そういう問題はなかったしそもそも欠陥品扱いされたため、種族としては封印された。

 しかし時を経て、それが地上に出て、今に至るのだろう。


 ちなみにエルフのベースになった遺伝子の持ち主は数人いるが、どれも大変容姿が良かったらしい。エルフが容姿に優れるのは、単にその元の遺伝子の特徴が強く表れるからだという。

 なので、エルフは皆どこか似てるということだ。


『レフィーリア。貴女は少し魔法の扱いに長けているだけの、普通の人間ですよ。ここにいるカイ・バルテスや、あのラングディール・アウリッツの方が、よほど人間から外れた存在です』

「また酷い言われようだな」


 だが否定はできない。

 カイですら、並の人間の百倍の魔力量マナプールを誇る上に、この世界にない知識を持つ。ラングディールに至っては魔力量マナプールは常人の二千倍だ。

 実際、ラングディールがいなければ、多分カイは自分が勇者になっていただろうと思う。それは、過去の記憶の有無に関係なく、だ。

 元々、カイ・バルテスとしても従来の勇者や魔王になるだけの魔力は持ち合わせているのだ。

 ただそうやって勇者になったところで、まず間違いなく魔王ルドリアに破れて死んでいただろうが。


 そして失われた過去の記憶があったことで、カイはおそらく歴代最強の魔法使いメイジになったし、そしてそもそも百万年に一人の天才であるラングディールの存在があったから、今回イレギュラーが起きたのだ。

 ついでに言うなら、カイほどではなくとも、治癒魔法に特化して使いこなしていたシャーラまで一緒にいて、この三人が幼馴染だったのは、もはや奇跡と言っていい。

 文字通りの意味で、天の配剤だ。


 それに比べたら、確かにエルフであることなど、些細なことだろう。


「大丈夫か、リア」

「う……うん。ちょっと……いや、凄くびっくりした。でも、女神様。一つ、質問いいでしょうか」

『はい、なんなりと』

「その……さっきから話してる、『えーてる』って、何?」

「あ」『あ』


 カイと女神が同時に声を発した。

 確かに、そもそもそこを説明していないが――。


『カイ・バルテス。念のための確認です。あなたは、この少女にすべてを教えるつもりで連れてきていますか?』

「ああ。だが、それは俺が出た後でいい。準備は出来ているか?」

『もちろんです。現在、魔王ラングディールはブリスタの街の南、二十キロほどの位置にいます。降伏勧告をしているようですから、明日いっぱいはまだ戦端は開かないでしょう』

「現地まではどのくらいかかるんだ?」

『四時間というところです。なので今日はもうの時間には少し間に合わない可能性がある。実施するなら明日をお勧めします』

「分かった。じゃあ今日はここで過ごすか」

「えっと……お兄ちゃん?」


 話に置いて行かれたレフィーリアが、頭に大量の疑問符を浮かべていた。

 それを見て、カイは何とも言えず可愛いと思えてしまい、思わずレフィーリアの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「うにゃーっ。何するの、お兄ちゃん」

「何でもない。話は後でゆっくり女神から教えてもらってくれ。ああ、これだけは説明しておくか。エーテルってのは、ほぼ魔力マナだと思っていい」

「なんとなく話の流れからそうなのかな、と思ったけど……そうなんだ。でも、あとのことがさっぱりなんだけど」

「そこは女神が教えてくれる。リアが最初から聞くとなると、本当に長い話になるからな」


 二十一世紀の知識を持っていたカイと異なり、レフィーリアには本当に最初から説明が必要になる。ただそれでも、彼女にはすべてを知っておいてほしい。

 今回は仕方なくても、あるいは未来において、あのループを断ち切るための方法を考えてほしいのだ。


『それとカイ・バルテス。渡すべきものを先に渡します。すでに所有者ユーザー登録は済ませていますが、念のため、手に取ってその起動を確認しておいてください。何しろ使われるのはほぼ三十万年振りなので』


 女神の言葉と同時に、床から何かがせりあがってきた。

 それは、黄金の鞘に収まった、黄金の柄を持つ剣。

 ラングディールが持っていた聖剣に酷似した、しかし少しだけ意匠が異なるその様は、見る者の目を奪う凄みと美しさを感じさせた。


「これが……?」

『はい、これがプロトタイプ・エクスカリバー。あなたの聖剣です』

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