第33話 アーカイブ

 パルスで一休みしたカイとレフィーリアは、その翌日には街で新しい馬を調達した。

 さすがに、ここまで連れてきた馬はもう疲れ切っていて、このまま移動を続けるのは厳しかったというのと、基本的には荷物を持たせるための馬であり、この先は乗っていくための馬が必要だったからだ。


「長い間、ご苦労だったな」


 カイは馬の首を撫でてやる。

 考えてみれば、ミスリバーからここまで、ほぼ大陸を斜めに横断するような距離を一緒に来たのだ。

 その移動距離は、実に八千キロほど。考えてみたらとんでもない距離である。


 馬はカイの言っていることが分かるのか、ブルルと鳴くと、それからカイ、レフィーリアをそれぞれ見た。

 まるで『元気で』と言ってる様にも思える。


 この馬については、健康状態には問題はないので、少し休んでもらってから、このままこの街で荷馬車の引き手として使ってもらえるらしい。


「元気でね、お馬さん」


 レフィーリアにとっても、この半年余り一緒に過ごした大切な友達でもある。

 思い入れはそれなりにあるのだろう。


「じゃあ行こうか、リア」

「うん」


 レフィーリアは何度も振り返りつつ、カイと並んで馬房を後にした。


 そのまま、パルスの街の南の出口付近に行く。

 そこでカイは新しい馬を受領した。

 すでに馬具は付けてもらっている。

 鞍は特別製で、カイのまたがる場所の前に、もう一つ、レフィーリアがまたがるための場所もある。


 馬体は大きく、速度よりは体力を重視している。これは、二人乗るからというのが大きな理由だが。


「さて。食事は買ってあるし……まあ今回はそう遠くもないからな。せいぜい二日だ」

「それじゃ、レッツゴーっ」

「なんか楽しそうだな、リア」

「……うん、そうかも。お兄ちゃんと一緒にいられるのが、嬉しいからかも」

「今までだって一緒だっただろう」

「そうだけど。でも今回は、最後までは一緒。……最後だから。だから楽しくしたいの」


 一瞬、カイは言葉に詰まる。

 分かっているわけではないが、察してはいるのだろう。

 確かに、鞍をこの形にしてもらったのは、理由がある。

 帰りは、レフィーリア一人で馬を御してもらう必要があるのだ。

 帰りの道中に不安がないわけではないが――レフィーリアはすでに魔法使いメイジを名乗れるほどの魔法の技量もある。

 だから問題はないのだが、多分そういう話ではない。


「そうだな。緑も多い場所だし、楽しく行こう」


 カイは色々なものを飲みこむと、手綱を握って馬を進ませた。

 指示を受けた馬は、軽快なステップで速度を上げ、南へと歩を進めていくのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ここが……その、アーカイブ?」

「ああ。神の刻報機ディバインクロックが指示してるから、間違いない」

「普通の人、無理じゃない?」

「だな。だから誰も近寄れないんだろう」


 パルスから南に百キロほど。

 途中一度野宿をして、二人は翌日の日暮れ前には目的地近くに到着した。

 目的地は海に突き出た岩場。

 正しくはその下に見える海の底だ。


 地形の都合か、その海の流れが複雑で、一部では渦を巻いている。

 海の透明度は非常に高いのだが、渦のせいで海の底はほとんど見えない。

 泳ぐなど以ての外で、船で航行することすらおそらくは不可能だろう。

 かなりの深さがあると思われるのに、あちこちに岩礁が多いのが見て取れ、船で侵入してもあっさりと岩に叩きつけられるに違いない。


 そして、女神に――神の刻報機ディバインクロックが指示したのが、この岩礁地帯の奥。海の底に、問題の施設はあるらしい。

 場所はここから五十メートルほど沖合。

 先にパルスで集めた情報によると、この辺りは船もまず近付かない海域らしい。

 というのは、うっかり近付くと海域に引き寄せられ、そして引き込まれると岩礁に激突してあっという間に船が壊れる。そして海に投げ出されればまず助からない。

 陸から見る分には複雑な岩礁があって海の表情も刻一刻と変わるので面白いらしいが、そのあまりの危険度から、人々も不気味に思って昔から近付かない場所だという。


 なるほど、女神の――つまり古代文明の遺産を隠すのにはちょうどいい場所とは言える。あるいはこの現象自体を女神が起こしている可能性は否定できないが。


「どうやって行くの?」

「そうだな……リアにやってもらおうか」

「え」

「来る時に教えたろ、魔法」

「そ、そうだけど……」

「大丈夫。俺もいる。やってみてもらえるか」

「……わかった」


 そういうと、リアは手を胸の前で合わせて、目を閉じる。

 そして集中を開始した。

 直後、わずかにレフィーリアから光が放たれ、直後にそれがカイとレフィーリアを包み込む。


「多分これで……大丈夫なはず、だけど」

「じゃあこれに、二人分の飛行魔法も合わせるか」

「え。それも私!?」

「練習だ。難しかったら俺がやるが」

「う……やるっ」


 女神の聖域からここまでの道中、それまでは身を守るための魔法ばかりを教えていた方針を変更し、ありとあらゆる魔法、というより過去の知識から得た原理を交えた、より強力な魔法について、カイは積極的に教えていた。

 それは、彼女がこの先もやって行けるようにするためだ。

 エルフは総じて魔法の能力が高いとされているが、レフィーリアは何よりセンスがある。

 カイの教えることを、凄まじい速度で吸収、実践できるようになっていった。魔法の天才と言ってもいい。


 そしてそれは、あの『エルフの里』で他のエルフに出会って確信に変わる。

 確かにあそこにいたエルフたちも、人間からすれば破格と言えるほどの魔力量マナプールだとは感じれたが、その誰よりもレフィーリアのそれは多いと思えたのだ。


 そんなことを思い出していると、カイの身体がふわりと浮き上がった。

 自分で制御していない飛行魔法というのは存外に怖いが――しかし魔力は安定している。


「ど、どう……?」

「十分だ。すごいぞ。じゃあ、行こうか」

「う、うん」


 そういうと、淡い光に包まれた二人は、岩場から飛び上がり、海に入る。

 しかし水にぬれることはなく、光が海の水を押しのけて――そのまま二人は海中に没した。


「すごい……なんか綺麗」

「これはいいな。確かに素晴らしい」


 そこに見えたのは、美しい海の中の姿。

 色とりどりの魚が泳ぎ、洋上から差し込む太陽の光のきらめきが、それらを彩っている。


「……あれ、だよね」

「そうだな」


 その先。

 海の底に穴が開いていた。

 直径は四メートルほど。

 穴の底は暗くて見えず、どこまで深いのかもわからないほど。


 そしてそこに入って五十メートルも下に進むと、周囲の光景が一変した。

 壁が全て滑らかな構造材に変わり、光など届かないような場所のはずなのに、なぜかぼんやりと明るい。

 そしてさらに五十メートルも進むと、穴の底にたどり着いた。


「ここまで……?」

「いや」


 直後、頭の上が閉ざされる。

 完全に閉じた後に、急速に周囲の水が抜けていった。

 そして水が完全になくなると、今度は壁の一部が開く。


「お兄ちゃん……ここが?」

「ああ。ここが……『アーカイブ』だ」


 女神の――正しくは古代文明の遺産。

 女神――Iecsイークスの本体があるのが聖地ウーリュなら、こちらは女神が現状不要と判断した記録や資源などを退避させた場所。

 そして、使われることがないと考えて死蔵された、プロトタイプ・エクスカリバーがある場所でもある。



 

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