新たなる力

第31話 さらに西へ

「戻ったぞ、リア」


 がた、と扉を開けたカイは、しかし期待した返事がなくて、一瞬戸惑う。


(まさか)


 こんな人里離れた辺境に人が来るとは思わなかったから、特に気を付けてもいなかった。

 だが、レフィーリアはエルフであり、文句なしに美少女と言える。

 もし、不埒な男が現れれば、何をされるかなど分かったものでは――


「……寝てる、のか」


 慌てて部屋に駆けこんだカイが見たのは、ベッドの上でぐっすりと眠っているレフィーリアだった。それによく考えたら、この休憩所も聖地の内側にある。

 つまりここを訪れることができるのは勇者候補とその仲間だけだから、妙な人間が来る可能性は低い。

 もっとも、勇者候補だからといって人格的に優れてるわけではないが、心配し過ぎた。


 そこまで考えてから、レフィーリアの長い耳を見て、カイはふと、一つ忘れものに気付いた。


「そういえば、エルフについて聞きそびれたな……」


 この世界が地球ということは、エルフという異種族が存在するはずはない。エルフが進化の過程で誕生したという話もなかったから、おそらく自然発生した存在ではないだろう。

 だとすれば、あり得そうなのは、遺伝子改造によって『造られた』可能性。少なくとも過去の記憶から類推すると、その可能性が最も高い。

 今回は確認しそびれたが、次の機会はそうかからずある。

 その時に確認すればいいだろう。


「ん……あれ。お兄ちゃん?」


 どうやら起こしてしまったらしい。

 時刻は――ここは屋内に神の刻報機ディバインクロックがある――十六時過ぎ。今日のところはここに泊まって、明日からの出発でいいだろう。


「待たせたな、リア。無事帰ったぞ」


 するとレフィーリアは嬉しそうに頷く。


「お帰り、お兄ちゃん。女神さまには、会えたの?」


 一瞬どう言ったものかと悩んでしまう。

 しかし、今レフィーリアに真実を教える意味は、おそらくないだろう。

 教えてしまえば、ラングディールを助けるためにカイがやろうとすることも説明しなければならなくなる。

 だが、レフィーリアはそれに反対する可能性もある気がした。

 とはいえ、遠からず真実は知ってもらうが、今である必要はない。


「ああ。大丈夫だ。ちゃんと会えたよ」

「じゃあ……これでお兄ちゃん、勇者様?」

「そう……なるのかな。ただ、聖剣はまだ受け取ってないんだ」

「へ?」


 レフィーリアが驚いた表情になっていた。


「ランディが受け取った聖剣の次の聖剣がまだできていないみたいでな。だから、こっちから取りに行く」

「そ、そうなんだ。でも……お兄ちゃん、ランディさんを……どう、するの?」


 元々、女神に会いに行くのはラングディールを助けるため。

 それはレフィーリアも理解している。


「ランディは助けるさ。だから特別な聖剣が必要なんだ。なのでここではもらえなかった。すまないが、また長い旅になる。まあだから、今日はここでゆっくりしよう」

「うん、わかった。あ、私がお食事作るね。ここの使い方は分かるから」


 レフィーリアはそういうと、足取り軽く厨房の方に消えた。


「一応俺も分かるんだがな」


 前に来た時と同じだから覚えている。

 ちなみにあの時はシャーラと二人だったが、料理はカイが担当した。シャーラはとても料理下手だったのである。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「もっと西に行くの?」


 食事をしつつ、今後の予定を聞いたレフィーリアは、少し驚いていた。


「ああ。ランディを助けるための力……まあそれも聖剣なんだが、それがここよりさらに西にあるんだ」

「でも、そんな遠くに行っちゃうと……リーグ王国に戻るまで、ものすごく時間かからない?」


 レフィーリアの懸念はもっともだ。

 今ラングディールがどこにいるか不明だが、ここからすぐにまっすぐ帰るとしても、仮にシドニスだとしてその移動距離はおよそ二千五百キロ。一日に四十キロ歩いたとしても、二カ月以上かかる。


 まして、次の目的地はこの大陸の西海岸だ。

 ここからの距離はほぼ二千キロ。こっちも二カ月近くかかる。

 つまり、そこからシドニスを目指すとなれば、多少効率よく行ったとしても普通は半年は覚悟しなければならなくなる。


「まあ、実はちょっとした手があるみたいでな。どちらにせよ、西にはいかないとならないから、まずはそっちに行く。まあ、何気に俺も楽しみではあるんだ。西にはローベルニア王国っていう国があるらしくて、魔王ルドリアはもちろん、その前の魔王バルビッツの影響も少なかったらしく、かなり栄えている地域らしい」

「そうなの?」


 これは女神から聞いた情報だ。

 大陸南西部は南東部同様肥沃な大地で、水も緑も多く、人が暮らしやすい土地らしい。

 なのでずっと人は住んでいたという。

 ただ、東部と西部では、その距離は直線距離でも実に三千キロ以上。

 しかもその間に、乾いた大地が続く。とてもではないが人が行き来できる場所ではなかったのもあり、往来はほとんどない。


 それでもかつてはあったらしいが、リーグ王国がルドリアに滅ぼされてからは完全に断絶していた。

 ただ、ローベルニア王国は魔王ルドリアが侵攻の準備だけしかしていなくて攻撃されなかったため、現状ではまだ平和なのだという。

 無論、魔王ルドリアが誕生する前はそれなりに災害の被害は出ていたらしいが、それでも国が維持されていたので、今の東側のどこよりも安定しているとのこと。

 それどころか、前の魔王バルビッツも東側を拠点としたので、あまり影響がなかったらしい。魔王に恭順はしていたが、国を滅ぼされるほどではなかったという。


 ローベルニア王国自体はおよそ二百年前に成立した国で、それまでは西側はある種戦国時代のような状態だったらしい。

 それを統一したのが現在のローベルニア王国。

 王都はパルス。かつてのオーストラリアの都市、パースの場所にある街だという。

 そしてカイの目的地、プロトタイプ・エクスカリバーがあるのは、そのパルスから南に百キロほどの場所なのだ。

 なので途中でパルスに寄って、それから当該の施設に向かう予定なのである。


「ちょっと楽しみ。どういうところなんだろう」

「俺も初めて行く場所だからな。まあ、そのためにまた二カ月移動しなければならんが」

「大丈夫。お兄ちゃんと一緒なら、私は楽しいよ」

「そうか」


 実際のところそう楽なはずはないが、それでもそう言ってくれるレフィーリアの存在がカイには嬉しかった。

 実際、自分一人でこの旅を続けていたら、かなり気が滅入っていたとは思う。かつても、ラングディールとシャーラと一緒だから耐えられた。


 この世界が地球だと分かったことで、魔獣だのといった存在がいる可能性はほぼなくなったと考えていい。

 だが逆に、神の奇跡も恩寵もあるはずがない、どこまでも無慈悲な現実が目の前に横たわる。


 ラングディールを助ける方法は何とか目途が立っているが、果たしてそれが本当にできるのかという不安と、それに恐怖がないわけではないが――。


(この子が生きていく未来を守るためなら、頑張れる気はするよな)


 目の前で美味しそうに焼いたチーズを頬張るレフィーリアを見て、カイは思わず顔を綻ばせていた。

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