第29話 魔王化の理由

「俺……?」


 今回、ラングディールが魔王となっていることで、ルドリアとラングディールが従来と何か違うだろうということは推測がついていた。

 だが、そこに自分まで入るのは予想外だ。


『はい。まず、魔王ルドリアは、本来はもっと早く誕生すべき存在でした』


 それはなんとなくわかる。

 先ほどの説明で、大体五百年くらいで負のエーテルは災害を起こすような状態になるという話だった。

 だが、五百年ほどでは魔王が誕生せず、リーグ王国は八百年あまりも続いている。

 つまり、それだけ負のエーテルが増え続けていたということだ。

 確かに以前、リーグ王国で史書を当たった時、末期には深刻な災害が頻発していたことが記されていた。


『ですが、魔王となる適性者がいなかったのです。魔王の素質、言い換えるならエーテルを扱う才が極めて優れていなければ、魔王となるほどの負のエーテルをその身に宿すことは出来ない。加えて、負のエーテルの衝動にあっさりと身をゆだねて人類を滅ぼすような人でも困る。しかし探し始めて四百年近く適性者は見つからず――やっと見つけたのがルドリア・エルフェリートでした』


 結果、通常より膨れ上がった負のエーテルを吸収したルドリアは、通常よりもさらに強力な力を持った魔王になったという。


 一方で、ルドリアは非常に心の強い人間だったようで、魔王と化した後も負のエーテルによってもたらされる残虐性などに抵抗し続けていたらしい。

 ルドリア統治下の施政がそれでも被害が少なかったのは、ほかならぬ彼女のおかげだという。

 大陸西部に侵攻を開始しなかったのも、彼女の意思で食い止めていた。

 他にも、魔王になってしまった後もルドリアの故郷への愛着は強く、なんとか故郷を維持しようと葛藤していたらしい。あの地域の老人が元気なのは、実は半ば魔軍化していたからだという。


 ちなみに魔軍とは、魔王に魔力を与えられて老化をほぼ停止され、強力な力が付与されるものだが、当然本人の魔力量マナプールを遥かに超える魔力が与えられてしまう。普通なら過剰な魔力に身体が耐えられずいずれ崩壊するのだが、魔王からの魔力供給がある間は死ぬことはない。

 そのため、魔王からの魔力供給が途切れると、ほとんどの人が死ぬ。

 稀に生き残る人がいるのは、本人の魔力量マナプールがかなり大きいケースだという。それでもかなり深刻なダメージはあるようだが。

 街の人々に付与されていた魔力はそこまでではないので、そう大きな影響はないようだが、個人によって魔力の供給が断たれた後に老化が加速したりという影響はあったようだ。


『そして勇者とは――やはり強力なエーテルを扱う力、つまり魔法の才能を持った存在です。そうでなければ、エクスカリバーを、つまり反エーテル装備アンチエーテルデバイスを扱えないからです』

反エーテル装備アンチエーテルデバイス? それがエクスカリバーの本当の名前か」

『名前というか分類というべきでしょうか。剣身に触れた負のエーテルをことごとく吸収し、機能をごく短時間、一時的に停止させる能力を持ちます。それにより、強大なエーテルによって身を守る魔王を切り裂くことができる剣なのです』


 確かにあの魔王ルドリアには、カイの魔法は一切通用しなかった。

 文字通り、魔王に通じるのは聖剣だけ、というわけだ。


 ちなみに勇者選定の『女神の試練』は、その場所を示す際に一定以上の魔力がないと神の刻報機ディバインクロックが反応しない。

 そして試練によってその力を使いこなしているかを測っていたのだという。力が足りないと判断した場合は、『絶対に』突破させないようにしていたらしい。

 それで志半ばに道を挫折した勇者もかなりいたようだ。


 また、このウーリュは『女神の証明』を享けた者がいない限り、見えることはないという。

 うっかり近づいても、砂嵐で入れないらしい。

 もっとも、この辺りに迷い込む人間などまずいないだろうが。


「しかしその理屈なら、誕生してすぐ、強力な使い手に聖剣を渡して倒せばいいんじゃないのか? まあそう都合のいい使い手がいれば、だが」

『それは本来不可能です。魔王はこの地域のエーテルの大半を吸収した存在。それはつまり、普通の人間に使えるエーテルは激減した状態となります。そんな状態で、強大な力を持つ魔王に勝つことは、不可能なのです』

「そう、なるのか」


 聖剣と言っても、そのエネルギー源はエーテル、つまり魔力だ。

 よって、使える魔力が制限されている魔王誕生から間もない時期は、聖剣があっても魔王を倒せないのだという。


 そして魔王は誕生後、エーテルの放出を開始する。

 結果、魔王はじわじわ弱体化し、人々の力は強くなっていく。

 いずれは人の力で魔王を倒せることになるのだ。


『魔王は長い時間をかけて、少しずつエーテルを放出し弱体化する。なので誕生した直後の魔王は極めて強大な存在です。まして魔王ルドリアは、ここ数百代のなかでは最も強力な魔王で、少なくとも三百年は人間に倒せる存在ではない――はずでした』


 実のところ魔王が倒せないような状態であっても、勇者候補は女神の下へ訪れていたという。

 それに対して女神は聖剣を授け、魔王と戦うことを認めたらしい。

 だが、弱体化する前の魔王は、たとえ聖剣があっても倒せる存在ではないので、ことごとく敗れたという。

 つまり、伝説に残っていない敗北した『勇者』が何人もいたということだ。


「勝てないとわかっていて、挑ませていたのか?」

「そうですね――そうなります。ただ、それだけ強大なエーテルの使い手は、歓迎せざる存在でもあるのですよ」


 女神Iecsの使命は人類の存続。

 そして魔王が君臨してる間に大量のエーテルを使われては、それらがまた負のエーテルになる。

 魔王が倒れた時、最初から負のエーテルが多い状態になってしまうと、次の魔王が誕生する――災害が起きるようになる――までの期間が短くなるのだ。

 だから、強すぎる存在はむしろ勇者として『間引き』する必要があったらしい。

 ことの是非はともかく、理屈としては分からなくはない。

 絶対に相容れない価値観ではあるが。


 あるいは、三百年前に魔王候補がすんなり見つかっていれば、勇者となったのはルドリアだった可能性もあるのかもしれない。

 だが結局、ルドリアは通常よりも巨大な負のエーテルを取り込んで、非常に強力な魔王となった。


 そして、そこに現れたのがラングディールだった。

 人間ではありえないほどの魔力を持つ彼は、聖剣の出力を大幅に上乗せして、倒せるはずのない魔王ルドリアを倒してしまったのだ。

 女神に言わせれば、ラングディールの力はほとんど特異点レベルの異常存在だったらしい。

 人間がエーテルを魔力として直接扱う力を手に入れてからおよそ五十万年。その五十万年の間でも、彼ほどの存在は記録がないという。文字通り、百年に一人ならぬ、百万年に一人の天才だった。


 おそらく女神は、聖剣をラングディールに授けた時点では、彼がルドリアに殺されるとみていた。むしろそれを望んでいただろう。

 ラングディールの魔力量マナプールは常人の二千倍。

 こんなデタラメな存在が生き続けていては、ルドリアが浄化したエーテルが負のエーテルに再変換されるのが加速されるだけだ。


 そして、さらなるイレギュラーが、カイだという。


「俺が一体何を……?」

『あなた自身、過去に勇者や魔王となった者と比べても、彼らに比肩しうるほどの力がある。それ自体は百年に一人くらいはいるのでいいでしょう。ですが、その上あなたはこの時代にない知識があった。それゆえでしょう。魔王ルドリアの力を、ことごとく跳ね返しましたね?』

「あ……確かに、そうだな」


 いくら強大だろうが、魔法はしょせん物理現象の書き換えによる力の発現。

 つまり、それがどういう変化かを見極めれば、それに対抗する力によって相手の力を無効化したりそらすことは出来る。それを可能としたのが、この時代にあるはずのない、カイの知識だ。

 あのニスルで戦ったラングディールでも、冷静に対処すればもう少し対抗出来た自信はあるし、あの時のルドリアの魔法のほとんどは、カイで対処可能だった。

 原理さえわかれば、使える魔力が少なくても何とかしてしまうのがカイだ。


 だから、あの魔王ルドリアとの決戦で、ラングディールには攻撃にだけ集中してもらった。

 守りをすべてカイが担当し、防ぎきれなくてダメージを受けた分の回復をシャーラに任せたのだ。


『あの戦いは私も見ていました。確かにずば抜けた魔法の力があるとはいえ、圧倒的に使えるエーテルが少ないこの時代に、あそこまで的確にルドリアの魔法を無効化できたのかだけが、私にもわかりませんでしたが――やっと理由は分かりました』


 さらに、ルドリアにはラングディールと戦った時でもまだ、わずかに彼女自身の意思が残っていた可能性が高いという。

 魔王となった人間の精神は、通常数年を待たず崩壊すると考えられている。その後は、ある種本能的に人を完全に滅ぼさない程度の自我しか残らない。

 しかし彼女は三十年間、自我を保っていた。これは、西への遠征を十年以上押しとどめるような行動をしていたことからも明らかだという。

 それは女神の想定をはるかに超えていた。

 ゆえに彼女は、討たれることを望んでいた可能性が高いという。


『本来、ルドリアの力は歴代魔王の中でも最強クラスで、少なくともたった三十年で倒すことは不可能だと考えてました。誕生時点で、最低でも三百年以上は君臨し続けると計算されていましたし』


 だが、ルドリアは倒れた。

 桁外れの魔力を持つラングディール。

 この時代に存在するはずのない知識を持つカイ。

 治癒に限ればカイをも上回るシャーラ。

 わずかに残っていたルドリアの意思。

 おそらくどの要素が欠けてもルドリアは倒せなかった。これを女神の目算の甘さというのはさすがに酷だろう。

 結果、ラングディールはすべてを攻撃に集中させることができ、乾坤一擲の一撃を叩きこみ、魔王ルドリアを倒したのである。


「だが、魔王を倒せばいいというのであれば、それでよかったのでは……」


 すると女神は、ゆっくりと首を横に振る。


『魔王というのは、負のエーテルをそのまま扱うことができる存在だとわかっています。そして魔王のエーテル浄化は、一瞬で行われるわけではないのです。少しずつ少しずつ浄化し、正常な状態になったエーテルを放出していって弱体化していく。最初は緩やかに、やがて加速し、千年ほどかけてすべて浄化する。そういう存在なのです。勇者が倒せるほどになっている頃には、ほとんど浄化が終わっているため、残留の負のエーテルは問題視しなかったのですが……』

「それじゃあ、ランディが魔王になったのは……」

『もうお分かりの様ですね。本来魔王は、長い時間をかけてエーテルを浄化する存在。むしろ短い時間で倒されることは歓迎せざることであり、また、不可能だと考えていました』


 その、最低でも三百年はかけてエーテルを浄化するはずだった魔王ルドリアを、ラングディールはわずか三十年で

 当然、負のエーテルはまだほとんど浄化されておらず――。


『あまりに早く倒されたルドリアの身に宿っていた浄化されていない膨大な負のエーテルは、その場にいた最も適した人物――つまり勇者ラングディールに引き継がれた。その結果、ラングディールが次の魔王になってしまったのです』

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