第28話 魔王と勇者
魔王が人から誕生することは、ルドリアの調査で分かっていた。
だが、その理由まではこれまで全く想像できていなかった。
そして今思えば、ルドリアの遺体は、確かにどう見ても人間のそれだった。
ちなみにその遺体はその後焼却され、その遺骨は封印され城の地下深くに埋められたが――魔王だからと、人間じゃないからと思ってそんな対応をしたが、元が本当にただの人間だとわかると急に罪悪感も出てきてしまう。
いずれ機会があれば、ちゃんと葬ってやりたいと思えてくる。
「じゃあ、負のエーテルが限界に達する前に、エーテルの扱いに長けた……言い換えれば魔法の才能があるやつに全部集まって、魔王になるってのか?」
それに対する女神の反応は、首を小さく縦に振ることだった。
水が高きから低きに流れるようなものなのか。
だとしても――。
「魔王ってのは、この大陸特有なのか? それとも、他の大陸にも?」
「他の大陸に魔王が誕生することもあります。ただ、発生頻度は圧倒的にこの大陸が多いですね。これは単に、人口の問題です」
女神によると、この大陸は現在では他の大陸と比べるとかなり人が多く、また、社会的にも成熟しているという。それゆえに、魔法を使う者も多く、また、社会的な問題で負のエーテルが増える速度も速い。
本来エーテルは世界に均一に存在するものではあるのだが、負のエーテルはどういうわけか海を越えることをあまりしない。通常のエーテルにそんな性質はないのだが。
いずれにせよ、この大陸で発生した負のエーテルは大陸内にとどまり、災害を引き起こすようになっていくのである。
他の大陸は人がそもそも少なくて魔王が発生しなかったり、魔法があまり一般的ではない地域も多いため、魔王が誕生する頻度ははるかに低いようだ。
「だが、そもそも魔王ってのは何だ。負のエーテルを吸収して災害を起こさない代わりに本人暴れるだけの存在なのか?」
『いえ。現在魔王と呼ばれる現象は、エーテルの循環のための機能なのです』
「は?」
女神相手に大変不敬な対応をしている気がするが、カイとしてはもう取り繕う余裕もない。
先ほどから
『魔王が吸収した負のエーテルは、魔王に吸収されることによって正常な状態に浄化されます。そして魔王はそれを少しずつ放出します。いわば、魔王とはエーテルの浄化装置なのです』
また予想外の内容だった。
つまり魔王が誕生することで、環境が正常化されるということになる。
あまりに都合がいいとは思えるが、これも自然の自浄作用という事だろうか。
ただそうなると同時に出てくる疑念がある。
先の話では、魔王が誕生した代わりに、災害は起きなかったという話だった。
つまりトータルとしてみれば、魔王が誕生する方が人類全体としては非常に助かるという話になる。
そして記録では、魔王と勇者は幾度となく戦いを繰り返してきたとされている。
つまりかなりの人数がいたはずだ。
最初の魔王は偶然出現した。
だが、以後の魔王は――。
「まさか。魔王というのは、女神が……
『鋭いですね……肯定します。最初の魔王が誕生した後、その魔王がすべてのエーテルを失って死ぬまでのおよそ千年の間観察し続けた結果、
人間が直接エーテルを扱える以上、負のエーテルは増え続ける。
そしてそれはいつか大災害を巻き起こしてしまう。
だから災害を引き起こす前に負のエーテルを集め、魔王を誕生させる。
結果として世界からはエーテルが著しく失われ、その影響は寒冷化や干ばつ、天候不順などに出るが、それは女神が軽減措置を講じているらしい。少なくとも負のエーテルが飽和状態になることによる大災害よりは遥かに被害は小さいという。
つまり世界は大災害には見舞われず、ただ魔王という一人の存在にだけ脅えることになる。あとはその魔王がエーテルを放出し終えるまでは耐えればいい。
魔王は、負のエーテルの影響を受けて残虐性や暴力性が大幅に増しているとのことだが、それでも元が人間であるため、人間を殺し尽くすことはそうそうしないらしい。
皮肉なことだが、魔王になった人間が殺人に快楽を覚えるタイプだった場合は、世界が滅ぶところだろう。ゆえに人選は慎重に行っているらしいが。
「魔王に関しては……納得はしにくいが分かった。だが、そうだとしても、なぜ勇者のランディが、魔王に……いや、そもそも勇者ってのは何なんだ?」
分からないことだらけだ。
おとぎ話のように、血筋だのなんだのという話では、おそらくもうない。
そもそもこの地球にそんな都合のいい存在はいない。
生まれながらの勇者などいるはずもないのだ。
『勇者は……正しくは、魔王を倒す力を私が授けただけの人間に過ぎません』
「なっ……」
選ばれた血筋などではないとはわかっていたが、それでも軽く衝撃だった。
つまり誰でもいいということになる。
『ただ、その授ける力――聖剣エクスカリバーは、エーテルによって異常強化された魔王であろうとも、斬り裂くことが可能な力なのは事実です。それで、魔王を倒してもらうわけです』
「何のためにそんなことをするんだ」
『それは――魔王が倒れるプロセスを少しでも早くするためです。魔王は誕生直後は極めて多くのエーテルを持っており、人の身で倒せる存在ではありません。それは聖剣エクスカリバーを持っていたとしても、です。魔王が君臨している間、特に魔王が誕生してからしばらくは、世界からエーテルが著しく失われているため、人々が使えるエーテルも極めて制限されており、わかりやすく言えば、魔法の力が非常に弱い状態となります』
その理屈は分かる。
エーテルが全体で限られたリソースであるなら、魔王がその大半を握っている状態では、他の者が勝てる道理はない。
これは、かつて魔法の師匠から教えてもらった事実とも符合する。
魔王ルドリアが誕生する少し前に、大陸中から負のエーテルが失われた。それにより使えるエーテルが制限され、魔法が使いづらくなったのだ。
そうなる前は負のエーテルが多いので安定性は悪いが、エーテル自体は豊富だから今よりより強い魔法を使えたということだ。
だが、魔王が自身のリソースであるエーテルを少しずつ放出していくと、やがて人々が使えるエーテルは増え、必然的に強い魔法が使えるようになる。つまり、魔王に対抗できるようになっていくのだ。
魔王を倒せば元通りになるのであれば、早く倒すに越したことはない。
ただ、最初の頃は強すぎて倒せない。
だから魔王は数百年君臨し続けるわけだ。
『魔王はそのままですとおよそ千年間生き続けます。ですが、それだと人々が耐えられない可能性もある。そして人々が
かつての宗教がまだ残っていたら、
そう呼ばれるようになったのはそれはそれでどこかにかすかに伝承が残っていたのだろうか。
さすがにそれは女神にもよくわからないらしい。なお、
ただ、いずれにせよ勇者と魔王という対立構造――正しくはその戦いが繰り返されるという構図がここに生まれたわけだ。
「つまり、魔王と勇者は常に一定間隔で何度もやりあっていたということか」
『その通りです。負のエーテルが一定濃度に達したら、私は自らの権能を用いて魔王を誕生させ、そして魔王が弱体するのを待ちつつ、力ある存在が魔王を打倒するために立ち上がれば、それを導く。そのサイクルをずっと続けていました』
伝承にある、幾人もの魔王と勇者の伝説はすべて真実だったということだろう。
ただそれは、女神に――正しくは
「なぜそんなことを……そんなことをしなくても、ほかに手はあるだろう」
『これが最適解だと判断しました。私の使命は人類の存続。そのためには、破滅的な
改めて、目の前で話している存在が人間ではないと、カイは痛感させられた。
この存在は、あくまでロジカルに、人類を存続させるためだけに最適解を探す存在だ。そして魔王というただ一人の犠牲を以ってそれを成せるなら、確かに効率はいいのだろう。そのために犠牲となる魔王になった人間や、途中経過で魔王に殺される人々は、やむを得ない犠牲というわけだ。
そして同時に、魔王が数百年君臨することで、文明は一定レベルまで後退する。特に魔法に関してはほとんどの人が使いこなない状態となり、その発展は大幅に抑制されることになる。それは、負のエーテルの増加を抑制できることを意味する。
「……そのサイクルは、どのくらいなんだ?」
多分手段の是非を問答しても無駄だと判断したカイは質問を変えた。
『この大陸の場合、大体五百年程度で負のエーテルが災害を引き起こすレベルになり、千年ほどで限界を超えることは分かっています。なのでその兆候が見え始めた段階から適格者を選定、魔王となってもらうことになります。一度魔王が誕生すると、その力が弱体化するまで大体二百年から三百年程度魔王の支配が続いた後、魔王が倒される形です』
つまり一回のサイクルは大体七百年から八百年程度ということか。
勇者が魔王を倒すというのも、魔王が生まれるようになってほどなく始まったらしいので、三十万年前からとすれば、単純計算で四百人ほどの魔王と勇者がいた計算になる。
「弱体化した魔王が元の人に戻る可能性は、ないのか?」
『無いと推測されます。人間が二百年も三百年も生き続け、しかも魔王として振舞う自分を見続けて、正気を保ったケースは、過去一度もありませんでした』
元々、魔王になるのは最初の一人を除けば女神が選別している。
そして選ばれるのは、どちらかというと正義感や道徳観念が強い人間のようだ。
そんな人間が、魔王となった自分の行いを何百年も見せ続けられたら、正気を保てるわけがない。
おそらく魔王としての力が衰えている頃には、とっくに心は死んでいるのだろう。
魔王となった人間を救いたければ、魔王になってすぐに助けるしかないということになるが――あるいは、ルドリアはその可能性があったのか。
『ですが』
女神は少し顔をそらした。
人工知能がやってると思うと、芸が細かいな、などとどこかで思ってしまう。
『予想外の事態が起きました。それが魔王ルドリア・エルフェリートと、勇者ラングディール・アウリッツ。そして――あなた、カイ・バルテスの三人です』
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