第27話 魔王誕生の真実

「統合環境制御機構、イークス……?」

『はい。その本来の役目は、環境全体を制御、エーテルを正常化するための存在です。人類によって大災害を抑制するために建造されましたが、実際にはほとんど抑えきれず、文明は崩壊しました』

「つまりは、女神イークスは旧文明の人工知能……というところか?」

『そうですね。あなたの前世の記憶の知識からすれば、その理解で概ね間違いはないかと思います』


 カイはやや苦笑した。この苦笑はどちらかというと、新条司のものだろう。

 SF等の設定でよくあるモノを、実際にこの目で見るとは思わなかったというのが本音だが、カイにとっては間違いなくこれが現実リアルだ。


「地球全体を一人で制御しているのか?」


 一人という表現が正しいかはちょっと微妙なところだが。

 すると女神は首を横に振る。


『いいえ。私は正しくは、IecsⅥイークス・シックス。この大陸――アウスリア大陸とその周辺の環境制御を統括する存在となります』

「六番目ってことか……すると、他にもあるわけだな。この以外にそれぞれあるのか?」

『そこまで推測できているのですね。はい、その通りです。IecsIイークス・ワンが西ユーラシアを、IecsⅡイークス・ツーが東ユーラシアを、IecsⅢイークス・スリーがアフリカ大陸を、IecsⅣイークス・フォーファイブがそれぞれ南北アメリカ大陸を、IecsⅦイークス・セブンが南極大陸を制御しています。また、本来はIecsⅧイークス・エイトからイレブンが月とラグランジュポイントにそれぞれ設置されるはずでしたが、それが設置稼働ロールアウトする前に大災害が起きて、廃棄されました』

「つまり、この大陸以外にも大陸はあるのか」

『はい。ですが他の大陸はだいぶ海に沈んでいて、二十一世紀の知識からすれば、その半分以下の面積になっているかと思われますが』


 それはまた派手に沈んだものだ。

 もっとも、地球文明が崩壊するほどの天変地異が起きたのなら仕方ないかもしれない。

 むしろ――。


「オーストラリア大陸は、それほどは沈んでないよな?」

『そうですね。私はセブンと並んで後発機ですが、それゆえに性能は最も高く、災害の影響を少しは小さくした結果だと思います』

「なるほどな……」


 正直に言うと、この時点でカイとしては限界だと言いたかった。

 新条司の知識があってなお、明らかに情報過多だ。

 だが、それでもまだ知りたいこと、というよりここに来た本来の目的についてはまだ全く聞けていないのだ。ここで終わるわけにはいかない。


「話を変える。ここが……地球だということは分かった。だがそれなら、勇者と魔王とは一体何だ? そんな存在はおとぎ話の中にしかいないはずだ。というか、俺のこの記憶は、一体何なんだ?」


 作り話や伝承などでは、勇者と魔王の物語、言い換えれば世界の脅威たる悪の存在と、それを打ち倒す正義の存在など、むしろたくさんある話だ。新条司の記憶にも多いし、カイ・バルテスも子供のころから寝物語に多くの伝説を聞かされていた。

 だが、ここは現実だ。

 『新条司』としては、地球においてそんな存在はあり得ないと断言できる。


 そしてすでに確定してる事実として、少なくとも『魔王』というのは、確実に元人間だ。その人間が、どういう理由で魔王になるのか。

 そしてそもそも、この『前世の記憶』とは一体何なのか。


『そうですね。その記憶を持つあなたには、話しておくべきでしょう。まして、今の魔王であるラングディールの友人であるあなたには』


 言葉に詰まる。

 やはりその程度は把握していたか。


『まず、あなたのそのツカサ・シンジョウの記憶ですが、それはおそらく本当にその人物の記憶だと推測されます。最初の災厄が起きる少し前に、人間の記憶がエーテルに保存されていることが分かったのです』

「エーテルに?」

『はい。無論基本記憶は脳に保存されていますが、エーテルにもバックアップ的に保存されており、それが死んだ時に放出されるのです。そこから、その記憶を集めて死んだ人間を復元する研究もされていましたが、エーテルの散逸は非常に早く、その実験は成功しませんでした』


 ふと、それが『魂』と呼ばれるものだったのかもしれないと思えた。

 むしろその方が理解しやすいかもしれない。


『ただ、その記憶の断片を保存したエーテルが他の人の中に入ってしまう可能性が、当時から示唆されていました。観測で確認されたわけではなく、あくまで理論のみではありましたが、既視感デジャヴと呼ばれる、見たこともない光景を知っているなどの原因が、これではないかと考えられていました。そして――』


 女神はカイを見た。


『おそらく奇跡的な確率で、そのツカサ・シンジョウという人の記憶がある程度まとまって、あなたに引き継がれたのでしょう。およそ、天文学的な確率だと思いますが。だからおそらくですが、あなたもその人の人生の全てを把握しているわけではないのではないでしょうし、あるいは他の人の知識だけ持ってる可能性もあります』


 言われてみればその通りだった。

 正直に言えば知識系は豊富だが本人の体験はかなり希薄だ。また、知識に関してはあまりに広範囲にわたるので、確かに一人のものかと言われると自信は無い。

 それに、例えば新条司の親の名前や顔の記憶はない。妻がいたのは覚えているのだが、いたという事実以外の情報がない。それはその部分の記録が欠けているからか。


「なるほどな……とんでもなく低確率の偶然だったわけか」


 絶対にありえないわけではないのなら、その奇跡が起きたということだろう。


『あなたの記憶に関しては、おそらくという以上のことは言えませんが……』

「いいさ。だが、それ以外のことは教えてほしい」

『わかりました。説明を再開します。順を追って説明するほうが良いかと思いますので』


 画面が荒廃しきった荒地にさし変わる。

 おそらくその天変地異の後の映像なのだろう。


『最初の大崩壊カタストロフで、人類の数は二十パーセント程度にまで減少しました。生き残った人類は、災害が収まるまでIecsイークスが用意したシェルターで生活することになります。そして、どうにか災害が落ち着いたころ、人は再び地上で暮らせるようになりました』


 それが西暦四千年頃のことらしい。

 つまり壊滅してから地球環境が落ち着くまで――災害が頻発しなくなるようになるまで――実に千年ほどもかかったということになる。

 二十世紀の環境問題も真っ青の被害だ。

 それでも、負のエーテルによる災害が落ち着いたというだけで、エーテル工学はその時点ではほとんど使い物にならないほど不安定な技術となっていた。災害は沈静化しても、エーテルの環境は回復していなかったのである。


 崩壊直後はそれこそ原始時代に近いところまで巻き戻された人類文明だが、そこはIecsイークスの力もあって、ある程度は文明は維持された。

 ただ、従来と異なり致命的なまでに資源不足であることは否めず、また、宇宙にある資源衛星から資源の回収もできないため、発展には限界があった。

 そしてエーテル工学も使えないため、長い間人類文明は停滞することになる。


 そのエーテル環境が改善され始めたのは、西暦八千年頃。実に四千年もかかったらしい。

 そして人類は再びエーテル工学を使い始める。

 今度は負のエーテルを発生させないようにという研究も行われたが――。

 結局何をどうやっても大崩壊は起きた。

 そして回復にまた数千年。

 以後、人類はこの歴史を繰り返すことになる。

 

 この繰り返しで多くの大陸はその多くが海に沈んだらしい。

 ちなみにオーストラリア大陸が他の大陸より被害が小さいのは、IecsⅣイークス・シックスの性能もあるが、実は人口が少なかったことが幸いしたという。

 人間が多い地域ほど被害は大きかったらしい。


 そして大崩壊の都度、人間の文明は後退し、知識の継承もままならなくなっていき、生き残る人間の数もどんどん減っていった。

 最終的には、最盛期――二百億人――のコンマ一パーセントほどまで落ち込んだらしい。


『そして、全Iecsイークスは一つの結論を下しました。人類からエーテルを扱う技術を取り上げることにしたのです』


 その結論を出したのは、西暦十万年頃。

 ずいぶん時間がかかったと思うが、元々人類に奉仕するために作られた人工知能だ。そういう結論が出せるほどに『成長』するのに時間がかかったらしい。

 そしてこの時から、人類の文明や生活水準は大きく後退する。


 これまでは十数年の大災害がおさまった後、Iecsイークスが従来の文明の知識を与え、人間がそれを再生産してきた。エーテル工学の技術についても、それが使える状態――つまり負のエーテルがある程度正常化したら――提供してきたのだ。

 しかし、Iecsイークスがそれを行わなくなり、さらにエーテル工学以前の電気文明時代の道具も与えなくなったという。それがいずれ、エーテル工学の復活につながる可能性を憂慮したためだ。

 文字通り最低限の資材しか提供しなかったという。

 結果、人類の文明レベルは地球環境の厳しさもあって大幅に抑制された。


 人類の文明は大幅に衰退し、一度は原始時代レベルにまでなったらしい。

 その上従来と異なり地球資源がほぼ枯渇しているので、おそらく人類の発展にも限界が来ると推測された。

 実際それはその通りになり、二十万年ほどの間大災害が起こらなかった代わりに、人類の文明発達は頭打ちになっていたのだが――。


『永い年月が経った頃、人類に異変が起きました。それが――』

「エーテルを扱う能力を持った、いわば『進化した』人類の誕生、か」

『はい。その通りです。人間からエーテルを扱う技術を取り上げたのですが、その人間が進化して、直接エーテルを使いこなせるようになるのは予想外でした』


 人間がエーテル――魔力マナを扱うことは今では普通だが、新条司の記憶にはそれがない。それができるようになったということは、人間が変化したからだ。

 だがそれは当然、エーテルが負のエーテルへと変質していくことを意味する。

 それが繰り返されればどうなるかといえば――また大災害が起きるということになるのだ。

 むしろこの時はかつてよりもっと事態は悪く、大災害が起きてもエーテルを人間が直接使えるので、正常化した端からエーテルを使い、負のエーテルが恒常的に充満、いわば災害が起きている状態が当たり前になってしまう。


 このままでは人類がいずれ死滅すると考え、Iecsイークスはこれまでの方針を一部変更した。

 人類にある程度の知恵を、『神の啓示』という形で与えることにしたのである。

 Iecsイークスが神と認識されるようになったのもこの頃だという。

 神の刻報機ディバインクロック――やはりこれがIecsイークスの端末だった――などを使って人間に知恵を与えるようにしたのだ。実際この時代の人間には、これらは神の恩寵にしか見えなかっただろう。

 現在の衛生観念などはこの恩恵だ。

 そうすることにより、過剰にエーテルに頼ることを抑制し、同時に未来に確実に起きる大災害に備えさせる目的があったという。


 魔法を禁忌とする方法も検討されたが、すでに地球環境が厳しすぎて、それをしてしまうと人間が生き残るのすら難しくなっていたのが当時の地球だったらしい。

 それよりは、大災害と平穏な時代のサイクルの方が、まだ人間の数はわずかだが増える傾向にあったたという。


 ちなみに新条司が記憶している英語に近い言語が今も使われるようになったのは、この頃かららしい。Iecsイークスが言語として英語を使っていた――西暦二三〇〇年頃には世界中のほとんどが英語になっていたらしい――からである。

 なお、十字架が聖印として今も認識されているのは、別にIecsイークスが伝えたわけではない。

 起源はもちろんキリスト教ではあるのだが、なぜかこれは人類の一部で延々残り続けたらしい。キリスト教自体は西暦二八〇〇年頃には廃れていたらしいが。


『それでもやはり何度か大災害が起きた後――予想外のことが起きました。この大陸で災害を引き起こすほどになった負のエーテルが、一人の極めて優れたエーテルの――魔力の使い手に集まったのです』

「は?」

『結果、大陸中のエーテルは極めて希薄な状態となります。また、それだけ希薄になると通常の環境にも影響が出て、大地は枯れ、人々はほとんど魔法を使えなくなりました。ただその一方で災害は抑制され、そして負のエーテルを吸収したその一人だけはきわめて強大な力を有し、人間の寿命すら克服して、その生きている間、人を支配して君臨し続けたのです』

「ちょっと待て。それはまるで――」

『はい。およそ三十万年前。このアウスリア大陸で最初に魔王デモンロードが誕生した瞬間でした』



――――――――――――――――――

 魔王の正体判明。

 まあホントは、いろんな古代の記録とかからじわじわ疑いが出てから、こういう種明かしをする方がいいのですが……それやると長さが(汗)

 あと、本当に昔の話なので、記録マジで残らないよね、という……。

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