第26話 太古の記録
軽く三秒程度は停止していただろうか。
ようやく動き出した女神は、カイの方に驚いたような表情を見せる。
『――失礼。質問の意図を掴み損ねました』
「なら、もう一度言うか?」
それに、女神は静かに首を横に振る。
しかしすぐに答える様子はない。
「じゃあ質問を変えようか。
再び女神が固まった。
全く想定していない質問に対して、文字通り
ただそれも一瞬で、女神はすぐカイに向き直る。
『あなたの質問に答える前に、あなたのことについて、一つ聞かせてください。その上で、質問に答えましょう』
「わかった。何を?」
『
なるほど、確かにその通りだった。
その二つは、今のこの大陸の人間では絶対に出てくるはずのないものだろう。
「俺はカイ・バルテス。リーグ王国歴八二五年、タスニア島生まれ――これは間違いない事実だ。だが――」
カイは一度言葉を切った。
実際、これを他人に――人ではないだろうが――言うのは初めてだ。
レフィーリアはもちろん、ラングディールやシャーラ、そして亡き親にすら言っていない。
それで、少し緊張しているのは否めなかった。
「俺の中には、昔からもう一つ記憶がある。前世の記憶のようなものだが、一部考え方というか人格すらあるような記憶だ。そしてその記憶は、
直後、沈黙が訪れる。
女神は、まるで――あるいは本当に――フリーズしたかのように動かなくなっていた。
大丈夫かとカイが思い始めた直後、ようやく女神が小さく首を振る。
『まさか、そんな天文学的奇跡が起きているなんて――信じられません。ですが……確かに確率は、決してゼロではないと考えられる以上、起きたのは事実なのでしょう』
言葉の意味は分かるのだが、それでも女神が何のことを言っているか、さっぱりわからない。
『いいでしょう。あなたの質問にお答えします。まず二つ目の質問ですが、答えは
「やはり……そうか」
今にして思えばここが地球だと疑える事象はあまりにも多かった。というより、違う点の方が少なかったのだ。
ただ、魔法という存在と、勇者や魔王、そして女神の存在がその可能性を今まで否定していた。
だがこうなった以上、おそらくこれらも何かしらつながるのは間違いない。
『そして、あなたの最初の質問にお答えまします。今は、西暦で言うと――』
一度言葉が途切れる。
またフリーズしたのかと思ったが――。
『一〇四万六三二五年になります』
「……は?」
その、あまりにも予想外の答えに、カイの方が完全にフリーズする。
『つまり、あなたが持つその前世の記憶ともいうべき時代から、百万年以上が経過した地球が、今のこの世界です』
言い直されなくても意味は分かっている。
だが、さすがにあまりにも予想外だった。
まさか百万年も過ぎているとは思わなかったのである。
するとイークスは座るような姿勢になった。椅子がないのにそうなってる辺り、やはり物理的な存在ではないのだろう。
同時に、すぐ近くに椅子のような台がせりあがってくる。
『多分、話すべきことがたくさんあると私は判断します。お座りになられては?』
「……わかった」
カイはその椅子に座る。
正体はどうあれ、仮にも女神と呼ばれ、人類の守護者だと認識されている存在の横に座るのは少し抵抗がないとは言わないが、多分気にしても仕方ないだろう。
『まず、あなたの持つその前世の記憶ですが……それはおそらく、全て本物でしょう。とてつもなく低い確率で、あなたはその記憶を受け継いでいると思われます』
「……どういうことだ?」
すると、女神の背後にある台の一面に、映像が映し出された。
『映像を交えて順に説明しましょう。二十一世紀初頭の知識があるというのなら、おそらくその方が理解は早いと思います。事の始まりは、あなたの記憶の時代から間もない、西暦二四〇〇年頃です』
四百年を間もないと言われると微妙な気分になるが、百万年からみれば本当に間もないとしか言えないだろう。
『この時代に、それまで観測できなかったためにダークエネルギー、あるいは
エーテル。
それ自体は名前くらいは新条司も知っていた。
宇宙はエーテルで満たされた世界だとか言う『エーテル宇宙論』とか言うのがあったという程度の知識だが。
確か元々、光の媒介物質として提唱されたという記憶があるが、二十世紀になってその存在は否定されていたはずだ。
だが観測されたということは、今度こそ本物だったという事か。
『このエーテルは、ありとあらゆる存在の、伝達物質としての機能を持っていました』
「伝達物質?」
『はい。光、あるいは波や熱など、そういったありとあらゆる存在を伝えるための存在です』
「それはまた……」
確か元々のエーテルもそういう物質として仮定された存在だったはずだ。
つまりエーテルという存在は本当にあったという事か。
そしてそういう性質がある物質ということは、それがなければあらゆるものは伝達されないという事になる。
それはその気になれば、核爆弾だろうがエーテルを周りから除去すれば、封じれるということになるのか。
『はい、理論上はその通りです』
質問したら、それがあっさりと肯定された。
つまり本当に、それがなければそれまでに既知の、あらゆる物理現象が伝わらなかったりするし、その作用に影響を与えれば、物理法則すら書き換わる――。
「まさか、そのエーテルが今でいう
『察しがいいですね。その通りです』
つまり魔法は二十世紀になかったわけではない。誰も使えなかっただけという事だ。
そしてそれが、今では使えるようになったから、魔法として――。
「つまり、人間がエーテルを操作することが可能だったのか」
『その通りです。といっても発見された当初は、今の魔法のように自在に使えたわけではありません。エーテルが発見されてから五十年ほど経って、エーテルの一部が、わずかですが人間の意思の影響を受けることが判明しました。これが後にエーテル革命とも呼ばれた技術的な大革命に繋がります』
人間の意思で従来の物理法則すら書き換えられる可能性が示されたのだという。
といっても、すべてを自由にできたわけではない。
エーテルにも色々種類があり、地球で当時観測されているレベルの物理法則を『伝達』するエーテルには干渉はできなかったが、エーテルには余剰の、つまり何もしていないエーテルが多数あったらしい。
そしてそのエーテルに働きかけることで、物理法則を限定的に『上書き』するような干渉の可能性が示されたという。
それはすなわち、現在における魔法とほぼ同じものだ。
ただ同時に、現在の魔法はひどく不安定な力でもある。
同じ手順を踏んでも、同じ人間ですら同じ結果が出るとは限らない。
そんな不安定な力では、従来の機械工学の安定的な出力に及ぶべくもないと思えるが。
『あなたは本当に鋭いですね。確かにその通りです。それに、人の意思に影響を受けるとはいえ、その作用はごくわずか。今の人間のように自由に使えたわけではありません。それこそ、サイコロの目を稀に望む結果にすることができる程度で、その程度ならエーテル発見前からあり得る事象でした』
妙に運がいい人間などは、実際にはわずかにエーテルに作用して幸運を引き寄せていたということらしい。
確かにその方が、よくわからない『運の良さ』よりは納得ができる説明ではある。
『ですがそれからさらに百数十年を経て、ある発明がされ、それがエーテル革命と呼ばれる技術革新のきっかけとなります。それは、人間の意思を増幅させ、安定した出力を行いエーテルに影響を与えるための装置でした。エーテル
エーテル革命が起きたのは西暦二六〇四年。
この時にエーテル
映像が次々と切り替わる。
何しろ文字通りの魔法だ。そこには無限の可能性があっただろう。
実際、エーテル工学と呼ばれたこの新しい技術により、地球上のあらゆる問題の多くがそれによって解消された。
エネルギー問題など、もはや過去のものになる。
人類が達成できなかったのは、時間や空間を跳躍することくらいらしい。
何しろエーテル
『ですが』
映像が切り替わる。
それは凄まじいほどの自然災害の映像だった。
従来では考えられないほどの規模の竜巻や高波。冗談のような豪雨と落雷を伴う大嵐。大地震に火山噴火。それらが通常ではあり得ない場所でも、しかも予測不能なほど突然に起きたという。
そして、それをエーテル工学で抑え込もうとしても、なぜかそれらは正常に動作しなかったらしい。
「どういうことだ?」
『エーテルを利用することで、エーテル自体に歪みが生じていたことがこの時わかりました。
エーテルを人の意思で利用することで、エーテルに『澱み』のようなモノが蓄積されてしまうらしい。
人間がエーテルを使う際の感情の影響を受けるという。
そして人間の感情は、負の感情の方が強いことが多い。
そういった人間の影響をより強くエーテルは受けてしまい、どんどん歪んでいったらしい。
人間の意思に影響を受けるエーテルは、本来人の意思が介在しない限りはほとんど何もしないはずのエーテルだったが、それがひどく不安定な状態となり、勝手に物理法則を乱すようになったのが負のエーテルだという。
あり得ないような災害はその影響らしい。
そしてそれを回復する方法が分からず――最終的に、地球圏全体で未曽有の大災害が起きたという。
それが西暦二九九九年から始まる十数年間。
ノストラダムスの予言した『恐怖の大王』が千年遅れてやってきたというところか。
この時、
特に深刻だったのは宇宙の居住空間で、この時に完全に壊滅し、一人も生き残らなかったという。一連の犠牲者の数は百七十億人以上というから桁違いどころではない。
「……待ってくれ。地球文明が崩壊したなら、あんたは……女神イークスとは何者だ?」
あるいは崩壊した地球に本当に神が降臨した――などという奇跡は起きないだろう。
無論、そういう可能性がゼロだというつもりはないが、おそらく違う。
おそらく女神といえど、理論的に説明できる存在であるはずだ。
『ああ……それを説明していませんでしたね。無論、私は神ではありません。人類の旧文明が末期に製造した、地球環境改善のためのシステムです。本当の名称は
―――――――――――――――――――
やっとここまで来た……というわけで。
ある意味ジャンル詐欺です、この話。
次話で説明しますが、主人公も異世界転生ではもちろんありません。
本来のジャンルはおそらくSFが一番適切でしょう。
ですがそれをやると、作品自体のネタバレにしかならない。
だからカクヨムコンテストもエンタメ総合で出したかったんですけどねぇ。
(異世界ファンタジーではエンタメ総合は評価対象外)
ま、こんなジャンル設定自体がネタバレになるような話を作る方が悪いですが(自爆)
最初何も考えずに『異世界冒険』部門にエントリーしたのですが、どう考えても部門不適合。それでやむなく『ライト文芸』にしたわけです。
(ライト文芸の存在を忘れてたともいう)
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