世界の真実
第25話 女神の聖域
「あそこが、女神の聖域?」
レフィーリアはやや困惑した表情で、カイを振り返った。
「ああ、そうだ。あの何もない場所から先が聖域と呼ばれる場所なんだ」
目の前にあるのは延々と広がる、夜明け前の青い色の大地。十分に光がないので、わずかにある背の低い灌木も含めて全てが同じ色に見える。
低い木々もいくらかあるが、それらは視界を遮るほどではなく、遥か彼方までそんな大地が続く、広大な場所。
このアウスリア大陸中央部は、どこもこんな景色が広がっている場所だ。
「何にもないと思う……けど」
「行けばわかる。あと一息だ」
「う、うん」
レフィーリアは半信半疑でついてきた。
ほどなく、地平の上に出た太陽の光が大地を照らし、地面の色が青から赤茶けた色に変わっていく。
その何もないただのだだっ広い平原が広がる中、なおも進むと――。
突然、視界が変わった。
「え!?」
高さ三十メートル以上はあろうかという、巨木。
それがびっしりと生い茂った、まるで巨人の森のような光景が突然目の前に現れたのである。
「な、なにこれ……」
「これが女神の聖域、ウーリュだ。俺も初めて来たときは驚いたものさ」
どういう理屈かは分からないが、遠目には全く見えなくなっている巨樹の密生した森が目の前に広がっている。
この時点で普通の場所ではないと分かるだろう。
そして、その手前にあるのは
そこに浮かび上がる文字は――。
『資格ありし者だけが森に入ることができる。余人を連れて入ることはまかりならぬ』
要するに女神の証明を受けた勇者になる一人だけで来い、ということだ。
このため、かつてはカイもシャーラと一緒に、奥に進むラングディールを見送った。神の意志に逆らうつもりなどなかったからだ。
だが。
(あるいは、女神イークスというのは……)
カイの中には、すでにある明確な疑念がある。
ただ現状、確証がない。それにその推測が仮に事実だとしても、それをレフィーリアが知ることが正しいかどうかは分からない。
少なくとも最初は自分だけで確かめるべきだろう。
「えっと、もしかして私は、ここまで……?」
「そうだな。待っていてもらうしかない。が、とりあえずこっちだ」
「え?」
「こんな場所で一人で待ってるのは大変だろうからな。ほら、あの地図の場所だ」
そう言って示した
カイはレフィーリアと共に迷わずそこに向かうと、期待した通りのものがあった。
「これって……」
「要するに休憩所みたいなものだな。ここに来る勇者候補だって、普通仲間を連れている。けど、入れるのは勇者候補だけだ。だからその間、待つための施設なんだろう」
見た目は巨木を組み合わせた小屋――ログハウスのような建物だ。
ただそれは見た目だけで、その手触りは硬質なプラスチックの様ですらある。
あの『女神の試練』でも不可思議な材質の祠だったから当時は気にしなかったが、今考えてみれば明らかにこれは現在の技術の産物ではない。
では文字通り神の世界の技術かといえば――無論その可能性もあるが。
施設内で簡単な料理すら出来るようになっていて、他に浴場や寝室まであるのだ。ちょっとしたホテルである。
とりあえず二人はここで明日の朝まで休むことにした。
今が朝だが、夜通しここまで歩いてきて疲れている。
かといって、さすがに夜の森を歩く気にはならない。
「なんか……すっごい快適だね、ここ」
「だな。前もあまりに快適過ぎて、しばらくここにいたくなったくらいだ」
カイは当時を思い出してやや苦笑する。
その日はのんびりしたあと、二人ともベッドで――あの北の村の時のように――並んで寝た。
そして翌朝。
カイは改めて荷物をまとめて出発の準備を整え、外に出た。
昇ったばかりの朝日が、鮮やかに大地を照らしている。
扉の前では、不安そうな表情のレフィーリアが見送りのために立っていた。
「すまんな。しばらく待っててくれ」
「……うん。必ず帰ってきてね」
「もちろんだ。前と同じくらいなら……多分三日くらいで帰ってくる」
「分かった、待ってる」
レフィーリアはそういうと、それでもカイが森に入るのは最後まで見送ると言ってずっと見ていてくれた。
カイは最後にもう一度振り返って、軽く手を振ると、森の奥に入っていく。
森は明らかに自然のそれではなかった。
そもそも、これだけ巨大な木が茂っていれば、地面付近は太陽の光が届かないため草木は育たない。
そして基本的に暗いはずだ。
ところがこの森は、地面付近も木々が茂っていて、しかも明るい。
明るい理由は何かと思えば、巨樹それ自体が幹の隙間から光を放っているのだ。
まるで、自分が上で受けた光を地上に投げかけているかのように。
そして特に明るい光が、まるでカイを誘導するようにまっすぐに伸びる。
どう考えても普通ではない。
ただ同時に、これがなければおそらくこの森で迷うだろう。
「ま、道案内をしてくれるなら助かるが」
何も知らなければ、やはりこれは神々の奇跡だと思うに違いない。
というより、カイ・バルテスならそう思う。
だが。
新条司の記憶と照らし合わせると、違う景色が見えてくる。
そしてそれは、進むごとに確信を強めていった。
さすがに一日で森を抜けることは出来ず、途中で野宿をしたが、獣などは全くいないどころか、虫にすら悩まされない。
明らかに自然の森ではなかった。
翌朝、森の光で目が覚めたカイは、再び光の導きに従って森の中を進む。
そして突然、森が開け――そこで見えた光景に、思わずカイは「あ!」と大声をあげてしまった。
同時に、自分の疑念がほぼ確信に変わる。
森から照らされた光が、そのまままっすぐカイを誘導するように、その先へと続いていた。
カイはそれを迷わず進む。
赤茶けた大地の中にまっすぐに伸びる光の道。
多分何も知らなければ、この光景はとても神秘的で、まさに女神の祭壇に相応しいと思ったに違いない。
というより、カイも、そして新条司も、この光景自体は初めて見るものだ。
それがとても神秘的であることは、おそらく万人が納得すると思えるほどに、素晴らしいと思えるものだった。
だが――。
光の道は、その大岩のふもとに続いていた。
そして岩肌に空いた穴に続いている。穴の大きさは、幅は三メートル程度、高さは五メートルはあろうか。
その、岩に開いた入口に、カイは迷わず入っていく。
しばらく進むと穴は狭くなり、代わりに雰囲気が変わった。
岩肌ではなく、人工物だとはっきりわかる床や壁、天井になる。
通路自体完全な直線だ。幅は三メートル程度。高さは四メートルほどか。
どこに光源があるかもわかりにくい通路は、まるで磨き込まれた一枚タイルの様に滑らかな床であり、壁だった。
そのまままっすぐと進むと、目の前に壁が現れ――それが音もなく両側に開く。
そこは大きめの半球状の空間だった。
直径は二十メートル程度。天井の高さは十メートルはありそうだ。
やや薄暗いながらも、見通すには困らない程度に明るい。
そしてその中央に、柱にも見える大きな台座があり――。
『よくぞここまで来ました。新たなる勇者よ』
直後、声と同時にその手前に美しい女性が現れた。
柔らかく広がる銀の髪、肌の色も白い。
瞳の色はやや薄い紫色。
明らかに人間ではないとわかるし、よく見るとわずかに透けている。
しかし
なるほど。
これを見れば、これが女神イークスの姿だと誰もが思うだろう。
そして、この姿が女神イークスを表すことは、おそらく事実ではあるのだろう。
ただ、カイはその現れた女性の、その背後にある台を見た。
台の大きさは、幅三メートル、高さ四メートルほどの直方体。
そしてその上部に、ある模様が見えた。
間違いなく、カイの右手に見えたそれと、同じ模様だろう。
最後のピースがはまり、カイは大きくため息を吐いた。
(やはり、か)
外で見た光景と照らし合わせれば、もはや疑いようはない。
あとは、いったいどのくらい『違う』のかだ。
カイのそのため息に気付かなかったのかあるいは無視したのか、女神は少しだけ居住まいを正してカイの正面に立った。
『私は女神イークス。新たなる勇者たるあなたに、魔王を打倒するための聖剣を――』
カイはその言葉に対して、それを遮るように手をかざした。
意図を察したらしい女神が言葉を止め、少し不思議そうな顔になる。
『どうかしましたか?』
「その前に訊きたいことがある。先に質問をいいだろうか」
『もちろんです。私で答えられることであれば、何なりと』
その言葉に、カイは小さく頷いた。
正直に言えば、訊きたいことは山ほどある。
勇者とは、魔王とは何か。
なぜ勇者であるはずのラングディールが魔王になったのか。
なぜルドリアが魔王になったのか。
だがそれ以上に。
今感じている最大の疑問とこの違和感を解消するには、この質問が最適だと思える。
聞くのが怖くないといえば嘘になるが、おそらくこれは避けて通れないだろう。
一度、息を深く吸い込む。
それからわずかな緊張を呼気と共に吐き出して、カイはその質問を口にした。
「
その瞬間。
女神の顔も体も、凍り付いたように停止した。
その女神の向こう側。
直方体の台の上部にあったのは、女神イークスを象徴するオリーブの意匠。
ただ、一般に知られるそれと異なり、その意匠にはオリーブの枝で囲むように、円形の図形が描かれている。
円形はいくつもの同心円が描かれ、その中に複雑な模様があった。
おそらくその模様の意味が分かる人間は、今のこの大陸にはいないだろう。
だが、カイ・バルテスには、正しくは新条司には、明確に見覚えがある形。
それは、二十世紀の地球において誕生した組織、
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