第24話 疑惑
「さすがに、疲れたか?」
カイはすぐ横を歩くレフィーリアに声をかけた。
そのレフィーリアは、力なく、だがそれでも首を横に振る。
「大丈夫。それに、あと半分くらいでしょう?」
「まあそうだが……この先は一層環境が厳しくなる。無理はするな」
試練の地からさらに先。
西に数日も行くと、大小さまざまな湖や河がある地域に入った。
とはいえ、周辺は荒地である。
砂漠とまでいかないが、水があっても乾き過ぎていて、緑が育つほどの土壌ではないのだろう。
あるいは大地に養分が足りないのかもしれない。
いずれにせよ、人は全く住んでいない。
前に来た時も思ったが、試練というならこの移動こそ本当に試練だ。
さらに言えば、これをもう一度歩いて帰らなければならないのだから、本当にキツイ。
カイは物質自体の構成を変えることで水を生み出す魔法が使えるので、それで何とか踏破出来たが、八百年前の勇者ルーベックはどうやって踏破したのだろうと思うレベルである。
どこまで行ってもほとんど変わり映えしない、低い灌木がわずかに点在する程度の荒地は、それだけで人の気持ちを削る。
本当に呆れるほどの広さだ。
持ってきた食料には十分に余裕があるとはいえ、気が滅入る。
陽射しもきついため、移動は基本的には日が傾いてから夜の間だ。
夜でも雲があまりでないので、月があればかなり明るい。月がなくても星明りだけでも歩けるし、魔法で明りを灯すこともできるので、あまり困ることはないのだ。
降水量が少ないと思われるこの地は、つまり雲も少ないことが多い。
なので夜でもそれなりに見通しは利くのだ。
怖いのは夜行性の害獣だが、差し当たって魔法による警戒と火をかざしておけばだいたいは問題にならない。
加えて、夜は相当に気温が下がるので、生物の活動はかなり抑えられている。恒温動物である哺乳類や鳥類以外の生物は、ほとんど活動していないと思われた。
なので、二人は基本的に気温が大幅に下がる日没後に歩き始め、日が昇る前にはさっさと休むようにしている。
幸いというか、今は八月。冬至が近いので夜の方がはるかに長い。
お伽噺の――新条司が知るものだが――吸血鬼にでもなったような気分だが、実際明らかに、前より移動速度は上がっている。
前は馬鹿正直に昼間に移動していたので、聖域にたどり着くまでには二カ月もかかったが、今回は今のところ一月半程度というくらいのペースだ。
とはいえ、まだ小さい――年齢はカイと同じだが――レフィーリアには辛い道のりであるのは確かだ。
だが、さすがに置いていくわけにもいかないので、頑張ってもらうしかない。
それに、ついてくると言ったのはレフィーリア自身で、彼女自身も、自分で言ったことだというのは分かっていて、泣き言をいうことはなく、しっかりとついてきていた。
そうして歩くこと二十日あまり。
ようやく一番の難所を二人は越えつつあった。
荒れ果てた上にかなり起伏のある場所がここ数日続いていたのだが、この先はなだらかな平原が続く。
相変わらず赤茶けた大地が続く荒地には違いないが、それでも勾配があるよりはずっといい。
さらに、なんとここに
おそらくかつては人が住んでいたのかもしれない。
朽ちかけた遺跡めいた建物があった。
「こんな場所があったとはな……前は通らなかったが」
「ちゃんと屋根があるだけでなんかすごくありがたい気持ちになるね……」
「そうだな。……よし。ここで二日ほど休もう」
「え。いいの?」
「ここまで順調に来てるだろうからな。それに――
通常は反応しないのだが、女神の証明を享けた者が手を触れて「
範囲はかなり広く、すでに目的地であるウーリュが端に見えそうになっている。
なのでここからはもう道に迷う心配はほぼない。
太陽の方角から計算すればいいだろう。
とりあえず二人は十分に休み、食事をとった。
水場もあったので馬にも十分飲ませてあげたし、多少草もあったので多分食事もできただろう。
寝る場所も廃墟の中にした。
廃墟とはいえ、造りはかなりしっかりしていて、二階建ての建物だったのでその二階に眠ることにしたのである。
これなら、獣が入り込む可能性もほとんどない――階段を一応塞いだ――ので、かなり安心できる。
二人は久しぶりにぐっすりと寝ることができた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ん……日没、か」
昼夜逆転の生活をずっと続けていて、まだしばらくそれは続く予定だ。
とはいえ、いつもだと日没よりだいぶ前に起きるのだが、どうやら思いっきり眠ってしまったらしい。
廃墟とはいえ、害獣などを気にしないでいいと思える環境だったからというのはありそうだ。
「きれいな夕日だな」
文字通りの地平線に沈む夕日は、本当に美しく思えた。
黄昏。
昼と夜が切り替わる、その一瞬だけ見せる空の色。
紫とも赤とも青とも言えないその複雑な色合いと、わずかに差し込む太陽の光が、不思議なコントラストを見せてくれている。
隣を見ると、レフィーリアがまだ眠っていて、小さな寝息を立てていた。
起こすのは悪いと思って立ち上がると意外に寒いが、その寒さが体に心地よい。
外に出ると、大地も複雑な色に染まっていた。
多分こんな光景は、この地域ならではだろう。
何もない、岩と砂と土、それにわずかばかりの灌木があるだけの大地。
起伏すらほとんどないそれが延々と続くこの地だからこそ、太陽は見事な芸術を大地に描き出すのだろう。
「こういうのもたまには悪くない――な」
大きく腕を伸ばして伸びをする。
明日の夜まではここに滞在して休む予定だが、とりあえず周辺を少し見て回ろうかと思ったところで――ふと、何か奇妙なものを見た気がして振り返る。
だが、何も見えない――と思ってから、それが自分の手であることに気付いた。
「手に……模様?」
太陽の光を受けて、わずかに光っている。
それは、女神の証明を受けたはずの右手だ。
「……まさか、これが女神の証明か」
そういえば、日の出や日没時は、本来微弱なはずの紫外線の影響がより強く出ると聞いたことがある。あるいはそれなのか。
つまり、女神の証明とは、紫外線に反応するスタンプのようなモノだったのか。
あれは普通洗えば落ちる――というのは新条司の記憶だが、そう簡単に落ちないような塗料があるのかもしれない。
「なるほどなぁ。しかし意外にアナログ――」
そう言いながら、かすかに見えるその模様を見て、カイは凍り付いた。
「この形は……まさか」
光が弱いのもあって、形はややはっきりしない。
だが、それは――。
記憶にあるあるものに、とてもよく似ているように見えたのである。
―――――――――――――――――――――――――
次話よりいよいよ謎解きフェーズとなりますー。
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