第23話 女神の証明

「ねえお兄ちゃん。これ、試練って言っていいの?」

「気にするな。こうしてはならないという定めは聞いたことがない。第一俺は、前にも同じような試練は乗り越えてる。種の割れた二回目なぞ、真面目にやる理由もない」


 ふよふよ、ふよふよと。

 カイはレフィーリアを背中に乗せてゆっくりと空を飛んでいた。


 女神の試練。

 新条司の記憶にあった作り話ライトノベルなどでは、強力な魔物を倒して認められたり、複雑な仕掛けの地下迷宮ダンジョンを踏破したりといったいかにもな試練が良く描かれていた。

 実際、カイも最初、ラングディール、シャーラと共に初めて挑んだ時は、そういうものだと思っていた。ちなみにリーグ王国にあった昔の勇者の記録でも、そんな感じの苦難の道を乗り越えたとされている。

 だから、力を温存して最後まで頑張って向かったのだ。


 しかし蓋を開けてみれば、試練というのはまさにその道中が試練という事だったらしい。

 確かに、今にも崩れそうな崖沿いの道や、いつ上から岩が降ってくるかもわからないような不安定な谷底は一歩間違えば命を落とす危険があった。

 経路自体はわずかに目印があるので、それに沿って行けばいいが、とにかく人が進むような道ではない場所ばかり。

 さらに魔力マナが非常に希薄で、魔法をまともに使いづらい。

 とはいえ、特に強力なモンスターが出てきたりということはなかったのである。

 死と隣り合わせのような道を丸二日かけて苦労してたどり着いた先に『女神の証明』を付与する小さな祠があったのだが――。


 一度踏破した身としては、もう一度あんな苦労はしたくない。

 そして、たとえ魔力マナが希薄であっても、カイは魔法を普通に使える。

 とはいえ、三年前、ラングディールたちと挑んだ時はここまで露骨なことはしなかった。

 あの魔力マナの希薄さでは、飛行魔法を自分と後二人にかけて制御するのは至難で、かといって体格的に二人を抱えて飛ぶのはさすがに無理があったのだ。

 だから、危なかったところだけ重力の影響を小さくする魔法などで凌いでいる。


 だが今回は、カイとレフィーリアの二人だけだ。

 そしてレフィーリアの身長は百四十センチほど。体重はおそらく四十キロもない。

 この程度なら、カイがレフィーリアを抱えて飛行魔法で飛んで行くことは難しくなく、カイもレフィーリアを抱えるくらいの体力はあるのだ。


 そんなわけで、おそらく本来は命がけで踏破する道を、カイはふよふよと飛行魔法で、ただし道を見失わないようにゆっくり、かつ地上に近い高さを飛んで移動していたのである。

 あまりにも試練らしからぬその有様に、レフィーリアが一言くらい言いたくなる気持ちは分からなくはないが。


 もっともそのレフィーリアも、やめてくれというつもりはなかった。

 もしこれを素直に歩いて踏破するとなると、多分自分では失敗して落ちて死ぬだろうということくらいは分かる。

 それくらいに危険な道なのは確かだ。

 普通の人間では、まず絶対に踏破出来ない。

 魔法を使うにしても、かなりの力がないと無理だろう。

 レフィーリアからみれば、安定して魔法を使っているカイがすごすぎると思える。


 かくして、おそらく通常の十分の一程度の時間で、カイはあっさりと試練を乗り越えた。

 果たして試練と言っていいのかどうかは疑問だが。


「あれが……女神の祠?」

「だな。前と同じデザインだが……」


 黒い石でできたピラミッド。

 そう表現するしかない。

 ただし、その表面に継ぎ目などは一切見えず、いったい何で出来ているのか分からない。

 高さは五メートルほどで、手前に入口が開いている。

 基底部の大きさは一辺が七メートルくらいとかなり大きい。


「とりあえず入ってみるか。リアはどうする?」

「わ、私は勇者とかじゃないし」

「まあそうだが……前にランディに聞いた時も、単に『よくぞ試練を乗り越えた』とかだけ言われて、腕に光が当たって、それで『女神の証明』を付与したと言われただけだったらしいからなぁ。まあでも、確かに一人で入れとは言われてたか」


 実際、入口まで二人で来ると、ピラミッドの壁に文字が浮かび上がる。

 内容は『女神の証明を享けられるのは一人だけ』と書かれていた。

 理屈が分からない以上、これを逸脱して女神への拝謁が叶わないというのであれば、本末転倒だ。

 どうせすぐに終わることは分かっている。


「じゃあ、リアはちょっと待っててくれ」

「うん、気を付けてね、お兄ちゃん」

「大丈夫だ。すぐ終わる」


 そういうと、カイは入口に入っていく。

 すると、入口が音もなく閉まった。これも前に外から見てた通りだ。

 中は完全に真っ暗になるが――やがてぼんやりと明るくなった。


 見えたのは、なにやらよくわからない台座。

 台座は、ちょうどカイの胸の高さより少し低い位置にあり、ややあってその台座が音もなく上下に分かれる。


「これは……」

『よく来ました。新たな勇者とならんとする者よ。その台座に手を入れ、女神の証明を享けなさい。さすれば、女神の聖域への道が開くでしょう』


 どこからともなく女性のものと思われる声が響く。これが女神の声なのか。


 そしてどうやら、その空いた隙間に手を入れればいいらしい。

 やや怖い気はするが、害意があるとも思えないので、手を入れると、内側が光輝いた。

 だが、暑さなどは感じない。本当に少し眩しいだけであり――。


 気付けば、部屋はまた暗くなっていて、音もなく背後の扉が開く。


『さあ行きなさい。新たなる勇者よ。女神は聖なる地、ウーリュにてそなたを待っています』


 そして同時に、出口のすぐ上に地図が浮かび上がった。


「なるほど。こうやって提示されていたのか」


 ラングディールがかつて『女神の証明』を受けた後、次の目的地が示されたと言っていたが、どうやったのかと思えばひどく簡単だった。

 てっきり頭の中に浮かび上がったとかかと思っていたのだが。

 とはいえ、非常に詳細な地図であり、また、そのルートも非常に正確に記されている。

 とはいえ、方向音痴の勇者や地図を読めない勇者がいたら大惨事という気はする。

 もっとも、道中の神の刻報機ディバインクロックでも道を確認する方法も合わせて提示されているから大丈夫だろうが。


「ま、俺はもう場所はあらかた分かってはいるんだが」

「お兄ちゃん、終わったの?」


 出てきたカイをレフィーリアが迎える。


「ああ。これであとはウーリュに行くだけだ」


 ウーリュの大体の場所は分かっている。

 ここからさらに西。

 荒地ばかりの乾いた大地の真ん中に、その場所はある。


 問題は、ただひたすら時間がかかることだ。

 その距離、およそ千五百キロ。

 新条司の記憶にある自動車とやらがあればともかく、そんなものは当然ない。馬があるとはいえ、基本は荷馬だ。荷物がない分歩けるとはいえ、一日の移動距離はせいぜい四十キロが限界。

 どうやっても一ヶ月半はかかる行程だ。


 もっともそれをいったら、あのラングディールに破れてからここまでもほぼ一ヶ月かかっている。

 かつての魔王打倒の旅だって同じだ。


「正直移動時間が一番の試練だという気がしてくるな」

「ホントに……遠いんだね」


 そもそもこの大陸が広すぎるのが良くない。

 魔王が東側に出現しているのだから、聖域ももっと東に作ってほしかったところだ。


 ちなみに大陸の西側にも国はあるとされている。

 されている、というのはカイも伝聞でしか聞いたことがないからだ。

 あまりに遠いため、魔王ルドリアですら三十年の間には手を出していなかったらしい。

 魔軍なら疲労などを無視して進軍できるのは制圧は不可能ではなかっただろうが、ルドリアはそれをしなかった。

 ただ、準備はしていたらしい。


 いずれにせよ、今回の目的地は西の果てではない。

 それよりは大分手前。

 位置的には大陸のほぼ中央に近い位置だろう。

 もっとも、カイ自身大陸の正確な地図を見たことはないが、伝聞で言われる大陸の大きさからすれば、ほぼ中央なのは間違いないだろう。


「さて、ここからまた長旅だな。大丈夫か、リア」

「大丈夫。私も体力、ついたんだから」


 リアはそういうと、むん、とでもいうように両腕に力を込めて見せた。

 その様子がある意味あまりに可愛くて、カイは思わず吹き出してしまい、レフィーリアはそれでへそを曲げてしまう。

 それを宥めるのに、カイは一日以上かかってしまった。

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