第22話 カイとランディ(差替)

 タスニア島は、豊かな水源をもち農業の盛んな島である。

 ただ、大陸との間の海峡は極めて波が高く、大陸に渡るのにも一苦労するほどの難所であり、それゆえにどちらかというと閉ざされた地域という印象が強い。

 ただそのおかげで、大陸では猛威を振るっていた魔王ルドリアの影響を長く受けていなかった。


 カイが住んでいたのは、そのタスニア島のほぼ最南端にあるシグネチカという村。

 村の人口は五百人程度。実は二日も歩けばタスニア島最大の街、ホルヴがあるので、わざわざこの街に住む人はあまりいない。


 カイは母音の二人暮らし。父はカイが物心つく前に死んでいた。

 母親は羊毛を加工して織物にする仕事をやっていたが、その母を手伝うために、カイは機織り機の改良を提案した。糸をセットすれば、あとはほぼハンドルを回し続けるだけで織り上がるようにしたのである。


 カイからすれば原理を理解すればあとは単純な工作機械として成立させるだけのものであったが、周囲の大人はカイの能力に驚いた。

 そしてその頃から、カイは周囲の大人からは少し気味の悪い子供だと思われるようになり、結果、同世代の子供達とも距離を置くようになってしまったのである。

 カイはその後、前世の記憶に頼らずひたすら目立たぬように行動するようにはなる。


 そのため、一人で過ごすことが多くなっていった。


 ラングディールとシャーラがシグネチカ村に来たのは、カイが七歳の時。

 ラングディールはすでに母親がいなくて、父親であるアレンが病を患っていて、人が少なくて静かな環境を求めたらしい。

 また、ラングディールはその時まだ八歳だったにも関わらず、大人顔負けの知識を持ち、とても頭も良かったらしいが、カイとはしばらく関わることはなかった。

 そしてシャーラは両親を失い、親戚を頼ってこの村に移ってきたという。


 ラングディールはその容姿もあってとても目立つ存在ではありつつ、同世代の子供との付き合いは普通だった一方、シャーラはほとんど誰とも関わらなかった。

 しかしある偶然から、カイはシャーラと出会うことになる。


 カイはその頃、よく島の南に行っては遠くを眺めることが多かった。

 当時、自分の記憶と知識を自覚したカイにとっては、この世界の在り様がとても面白かったのである。

 そしてそんな、いつものように村はずれの南の崖で、カイはぽつんと立っている少女に出会った。それがシャーラである。


 当時、シャーラ一人でよくその場所に来ていたらしい。

 シャーラは当時六歳。母親が死んだこともうまく理解できず、とにかく苦しんでいたという。

 カイは身の上話を聞くとでもなく聞いて、ただ相槌を打つだけということをしていたのだが、シャーラにはそれがありがたかったらしい。

 気付いたら、カイはシャーラに懐かれていて、いつの間にか示し合わせるでもなく村はずれで会うようになった。


 そしてラングディールと出会うのはさらに半年後。


 いつものようにカイとシャーラが村はずれで何をするでもなく呆けていたところ、突然悲鳴が聞こえたのである。

 何事かと二人は気になり駆けつけて――そしてそこで、巨大なザリガニに子供達が襲われていたのを見た。


 タスニア島には全長一メートルもの巨大ザリガニがいるのだ。

 人を襲うことなどはまずないのだが、稀にうっかり巣穴を刺激したりすると、防衛反応で人を攻撃することがある。


 そしておそらく、子供の誰かがそれをやってしまったのだろう。

 このザリガニ、大きいだけあって鋏の威力はすさまじく、子供の腕が切られたという逸話などもあるほど。

 大人でも、興奮状態の相手には素手で立ち向かうのは危険とされるほどだ。

 しかもそれが、六体。

 大きい体のため動きはそれほど早くないが、何より巨大なザリガニが迫ってくるというだけで、大抵の人間はそもそもその異様さに思考が麻痺する。


 そしてこの時の子供達はまさにその状態だった。

 倒れた子供がザリガニにのしかかられ、まさに耳をつんざくほどの悲鳴が響く。


「ちっ……仕方ない」


 カイはその場にある石を拾って、そのザリガニに向けて手をかざすと――魔法を発動させた。

 発動させたのは、相手と自分の間に電磁気の見えないレールを作って、石を加速させる、いわばレールガン。レールの軌道に合わせて、空気そのものも希薄化せる。

 これなら狙いは絶対に外れないし、音も大して出ない。

 亜音速まで一瞬で加速された石は、空気抵抗もないので燃え尽きることもなく、ザリガニを直撃、頭部が爆ぜた。


 だが。


 その光景にパニックになった子供たちの悲鳴に、ザリガニの方も狂乱状態になったらしい。

 およそ収拾がつかないほどにあちこちで暴れまわる。


「この……!」


 石のレールガンで二回ザリガニを打ち倒したところで、残る三体が転んだ子供に襲い掛かろうとしていた。

 何か魔法を、と思ってもいい魔法がない。下手に撃つと巻き込む。

 どうするかと一瞬迷ったのが、致命的だった。

 もはや魔法でも間に合わないような状態になったと思ったら――。


 突然、ザリガニが何かにぶつかったように横転した。


「え?」


 その子供たちの向こう側に立っていたのは、鮮やかな金髪の、カイとそう変わらない年齢の少年。


「俺が障壁でそいつらを守る! その間に撃退してくれ!」


 言われてから、少年とザリガニの間に、魔力で作られた壁があるのに気が付いた。

 正直、何をどうやったらこれほどの壁を作れるのだ、と思うレベルである。


 だが、今それを詮索してる余裕はなく、カイはザリガニを次々に魔法で撃退する。

 動くザリガニがいなくなるまでには、一分とかからなかった。

 

「すごいな。驚くほど正確な魔法だ」

「助かった。怪我人は……」

「おい、大丈夫か?!」


 金髪の少年が駆け寄った先に、倒れた子供がいた。

 あの、ザリガニにのしかかれた子供だ。その足やわき腹から血が滲んでいた。

 気を失っているようだが、血がまだ止まっていない。


「手当しないと……君、治癒魔法は?」

「得意じゃないけど……このままだとまずいな」


 出血量が多い。

 多分かなり太い血管を傷つけているようだ。

 今から村に戻って治療していたら手遅れになる。


 最低限と止血と治癒で何とか持たせるしか――と思ったところに、割り込んでくる影があった。

 シャーラだ。


「私……その、治癒魔法なら、得意、だから」


 そういうと、シャーラはその少年に治癒魔法をかけて、あっという間に治癒してしまった。


「すごい……」


 治癒魔法は、カイが苦手とする魔法である。

 カイは理屈から魔法を使うので、自分ならまだしも相手の場合どう治癒すればいいのかわかりにくいのだ。


「もう大丈夫、だと思うよ」


 シャーラはそういうと、少し笑う。


「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はシグネチカ村のカイ・バルテスだ」

「同じくシグネチカ村の、シャーラ・ヴィニスです」

「僕はラングディール・アウリッツだ」


 この時初めて、カイはこの少年があの村で少し前に噂になった少年だと知った。


「そうか、君が……助かった。俺一人では撃退できなかったし」

「いや、僕こそ驚いた。あれほど鮮やかな魔法は初めて見たし……」


 ラングディールはそう言って、シャーラに向き直る。


「あんなすごい治癒魔法も初めてだ。すごいね、君は」

「い、いえ。精一杯、やっただけで」


 褒められることに慣れていないのか、シャーラが恥ずかしそうにしながら、それでも嬉しいのか少し笑う。

 ちなみに後にラングディールが言うには、この時のシャーラの笑顔で一目惚れしたらしい。この時の笑顔がとても可愛かったんだ、と散々惚気られた。


「二人ともシグネチカ村の人間なのか。初めて会うけど……」

「俺やシャーラはちょっと村の連中の輪から外れてるからな」

「……それは魔法のせい、か?」


 カイは複雑そうな顔をしつつ、頷いた。


 カイやシャーラが村の人から距離を置かれている理由の一つが、異様なほど強い魔力故である。


 魔法が普通にあるこの世界だが、現在は魔法が非常に使いづらいとされているらしい。カイからすれば物心ついた頃から今の状態なので違和感はないが。

 ともかく、大人でも水を加熱するだけで一苦労するわけだが、カイもシャーラもその程度は造作なくこなす。

 故に、かなり不気味がられたのだ。

 魔法が強い存在は、魔王に連なる存在ではないかという迷信があるらしい。

 さすがに本気でそれを信じてる人はほとんどいないが。


 ともあれ、それもあってカイもシャーラも魔法をできるだけ使わず、そして人から距離をとるようにしていたのだが――。


「じゃあ、僕と同じだな」


 ラングディールはそう言って、あっけらかんと笑った。

 なんでも、彼の父アレンが療養のためにこの村に来たのは事実だが、アレンの魔力が強すぎて、人々に不気味がられたのも大きな理由だったらしい。


「だから魔力を制御するために師匠に色々習っているんだけど……まだまだ未熟だ。でも、僕と同じくらい魔法が強い子供がいるなんて、初めて知った。本当に凄いね、二人とも」

「まあでも、強すぎる力はよくないと思われがちだからね」


 するとラングディールは驚いたような顔になる。


「すごいな……君はそう思えてしまうんだ」

「世の中そんなもんだよ」

「カイは少し諦めが良すぎるとは思うけど」


 シャーラの言葉に、カイは複雑そうに笑う。


「でも、僕と同じくらい魔法が強いって人は嬉しい。そんな人、大人にもいなかったんだ」

「そうかもね……俺も見たことがない」


 カイ自身、魔力が明らかに人より多いのは自覚している。

 それはシャーラも同じだ。

 だがその強すぎる力ゆえに、魔王との関係すら疑われるのだから、割に合わないことこの上ない。


「決めた。僕と友達になろう、二人とも」

「……唐突だな」

「ああ。そして二人も魔法を勉強しよう。いつかこの島にも魔王が来ても撃退できるくらいにさ」

「そりゃまた壮大な夢で」


 カイは呆れたように取り合わなかった。

 だが。


「カイ。君の力は絶対いつか必要になる。僕もなんでこんな力があるんだろうって思ったけど、同じくらいの力を持つ君やシャーラに会って分かった。きっとこれには意味があるんだ」

「はいはい。そんな理想は大人になってから考えてくれ。俺は今まで通りでいいよ。魔王だとか言われるのはもうごめんだ」


 だが、ラングディールはカイの手を――逆に腕ではシャーラの手を掴んだまま。


「いいじゃないか。魔王と言われるなら、俺たちが魔王より強くなればいい。そうすれば、魔王を倒して、世界に平和を取り戻せるだろう」

「あほくさ。勇者になるってのか? そんなことができるわけないだろうが」


 この時の言葉を、カイは後々まで覚えていた。

 そしてもちろん、ラングディールも覚えていた。


 だから七年後、シャーラを魔王軍が奪いに来た時、カイとラングディールは迷わずに魔王軍に対抗したのである。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ランディさんって、そんな人だったんだ」

「ある意味暑苦しい性格してたな。さすがに国王になってから色々苦労はしたから、あのままってわけにはいかなかったが」


 特に貴族との考えの合わなさは、ストレスで胃潰瘍になるんじゃないかと心配したくらいだ。


「でも、そんな人がなんで魔王に……」

「分からん。ただ、あいつ自身の意志ではないのは確実だ。あいつは、呆れるほどにお人好しだからな」


 あの事件のあと、ラングディールの持つ破格の魔力についての話が広まり、子供達は――正しくはその親が――ラングディールを避けるようになった。

 それに対して、ラングディールは「仕方ない。きっといつか分かってくれるよ。ダメなら、それは僕たちが理解してもらうための努力が足りなかったんだろうさ」と呆れるほどに前向きな発言をしていたのである。


 結果、ラングディールはカイ、シャーラと一緒にいることが多くなり、挙句勇者となって魔王と戦うまでになってしまった。

 その道中で、シャーラに戦いが終わった後結婚を申し込みたいなどと相談を受けたのは、今となってはいい思い出ではある。


「え。じゃあ旅の最中に結婚したの?」

「いや、結婚したのは魔王倒してからなんだが……ランディからの相談の後に今度はシャーラから、ランディに告白したいけど今更何を言えばいいのか相談に乗ってくれと言われた時はどうしようかと思ったよ」

「……思うんだけど、お兄ちゃんってそういうポジション?」

「うるせぇ」


 ただ、今思い返せば、ラングディールとシャーラがいなければ、多分カイはこの力を人々のために使おうとは思わなかっただろう。

 呆れるほど前向きでお人好しなラングディール。

 どんな時でも相手を気遣う優しさを持つシャーラ。

 この二人の影響は、『前世の記憶』である新条司よりも多分大きい。


 だからこそ。

 カイはなんとしても、ラングディールとシャーラには幸せになってほしいし、そのためになら何でもする覚悟がある。

 魔王だと名乗ったラングディール。

 あの後いくつかの街で聞く限りは、自らが魔王であることを公表したと思われる噂があった。

 それがどういうことなのかを解明するには、そもそもラングディールが『勇者』であった事実もおそらく重要だ。

 そのためにも、女神の聖域たる『聖地ウーリュ』へ行かなければならない。


(絶対に――助けてみせる)


 不規則に揺らめく炎を見ながら、カイは静かにそう誓いつつ、レフィーリアに眠るよう促すのだった。

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