第21話 神の刻報機(改稿)

 カイとレフィーリアは、カイの回復を待って――もう一日休んでいた――西へと旅立った。

 目指す女神の聖域は大陸中央部にあるので、西に向かうしかないのだ。


 リーグ王国軍はニスルに兵を集めており、そこから北へ兵を進めるつもりだろう。

 ニスルから先はリーグ王国の領土ではない。

 その先は東海岸沿い、あるいは内陸にある湖や川沿いにいくつかの都市があり、多くの都市国家がある。


 これらは北東部のレンブレス自由都市群のような連合を結成してはいないが、相互にそれぞれ条約を結んで協力関係にある。

 ただこれは、あくまでその都市国家同士の争いを抑制するためのもので、都市国家群の外側から、具体的には南のリーグ王国や北のセント・ルイス王国から軍が侵攻してくることを想定したものではない。


 この世界は通信手段も未発達で、伝書鳩などもあるが、基本は早馬だ。

 つまり、統一した意思決定機関を持たない都市国家群では、おそらくリーグ王国の侵攻に対する対応も都市によって異なってしまう可能性があり、結果、足並みがそろわない都市国家はなす術なくリーグ王国に降ることになる。


 そして魔王とその軍に人間は勝てない。

 それはもう絶対に間違いない。


 かつて、リーグ王国が魔王ルドリア相手に惨敗したと聞いた時、なんて不甲斐ないと子供心に思ったこともあるが、実際に魔王と相対して、それもやむなしだと思ったのは事実だ。魔王に軍勢で対抗することは意味がないのだ。

 対抗できるのは聖剣を持つ勇者だけだが、現在はいない。

 可能性があるとすれば、カイ自身しかいないだろう。


 だが、先に戦って痛感したが、あれは勝てる相手ではない。仮に核融合を起こしたとしても、多分無駄だ。

 おそらくあの魔力であれば、核爆発を至近距離で起こしたとしても――自分がまず間違いなく吹き飛ぶが――耐えられてしまう可能性の方が高いと思えた。

 それに関しては魔王ルドリアについても同じで、だからこそ聖剣エクスカリバーによってしか魔王は倒せなかったのだと思う。

 あの剣による攻撃だけが、魔王の肉体に届いていたのだ。

 カイの魔法は、ルドリアには一切通用しなかった。


「……だが、どうにも納得は行かないな……」


 そもそもで、なぜ聖剣エクスカリバーだけが、魔王の守りを突破できるのか。

 そんな都合のいいものがあるなら、そもそも最初からそれを多数つくって、魔王を倒せばいい。

 だがなぜか、聖剣は勇者に一振りだけしか与えられない。

 女神イークスが――非常に不敬な事だが――ケチなのかと思いたくなる。


 ちなみに、伝承によるとかつてのリーグ王国の建国王ルーベックが使ったとされる聖剣は、城の宝物庫に大切にしまわれていたとされていたが、ルドリアを倒した後に確認したところ、すでに失われていた。

 魔王ルドリアは財宝の類には一切興味がなかったようで、宝物庫もほぼ手付かずだったはずなので、聖剣だけ持ち出されたのかどうかは分からない。

 自分に対抗できる存在だからどこかに封印したり破壊したりしたのか、あるいはそれ以前にすでに失われていたのかは不明だ。

 リーグ王国が魔王軍に敗れた時にも聖剣を使おうとしたという話もあるが、女神に認められた勇者でなければ聖剣はその力を示さないと伝説にはある。


「ところでお兄ちゃん、どこを目指してるの?」


 周囲を見渡すと広々とした平原か農地ばかり。何回か森めいたところも見えるが、基本的にだだっ広いだけの場所を、二人はひたすら西に向かって歩いていた。


「言ったろ。女神に会うと。まあ素直に会えるかは分からないが……まずは女神の試練を受ける必要があってな。まずはその場所を聞く」

「試練の場所を聞く?」

神の刻報機ディバインクロックだ。あれは『女神の眼』だという説があるだろ?」

「そういえば、そうだね」

「前にもそうだったんだが、そいつからランディは『女神の試練を受け、女神の下に至って勇者となれ』と啓示を受けたんだ。正直ランディよりだいぶ落ちるが、俺でも資格がある可能性はあるからな」

「え。でもその試練って、お兄ちゃんとそのランディさんとで挑んだ場所でしょ?」

「あとはシャーラ……今のランディの奥さんだけどな。その三人で行ったんだが、正直に言えば、別に何か危険な獣がいるという場所じゃない。俺だけでも何とかなる。リアは待っててくれればいい」

「う……私、足手まとい?」


 前の旅路を思い出す。

 正直に言えば、実はたいしたことはない。確かに非常に険しい道だったし、足を踏み外せば即死すような崖の際を通るような場所も多かった。

 ただ、飛行魔法が使えるカイに取っては、危険でも何でもない。


 強いて言えば、魔法を使いづらくするような仕掛けでもあるのか、通常より場に存在するマナが非常に希薄で、おそらく並の魔法使いでは魔法は使えないのだろうし、実際ラングディールやシャーラでも厳しいほどだったが、わずかなマナでも十分な効果を持つ魔法を発動できるカイにとっては、どうということはなかった道だ。

 空気を読んで言わなかったが。

 ただ今回そんなことをする必要はない。


「まあ……ちょっと怖い道ではあるが、来てもいいぞ。多分大丈夫だ」

「うんっ」


 レフィーリアが嬉しそうに顔を綻ばせた。

 それから少し真面目な顔になる。


「で、神の刻報機ディバインクロックを目指すのはいいけど、こっちの方って街も多くないよ?」

「まあそうなんだが、リーグ王国の軍勢と鉢合わせはしたくないからな。まあでも、河まででれば、河沿いなら街がある可能性は高いからな」


 そうして歩くこと半日。

 二人は目的のものを見つけていた。


「……こんな、周りに人が住んでないような場所にもあるんだね、神の刻報機ディバインクロックって」


 レフィーリアが少し驚いたよう周りを見回した。


 神の刻報機ディバインクロックがあったのは、少し小高い丘の上。

 丘の脇を小川が流れていて、人が住むには適したような場所だが、周囲に人の気配はない。

 かつての旅の時もあったが、神の刻報機ディバインクロックがない街というのはまずないが、なぜか人が住んでいないような場所にも神の刻報機ディバインクロックがあることがある。

 あるいは、かつては人が住んでいて、今は誰もいなくなったような廃墟もあるし、このように何もないところにあることもある。


 もっともこの方が、現在の目的には都合がいい。

 カイは神の刻報機ディバインクロックの前に立った。


 神の刻報機ディバインクロックは、幅一メートル、高さ二メートル、厚さは十センチほどの半透明のガラスのような板だ。

 ただ、その中に現在の月日、曜日、それに時刻が表示されている。

 さらに温度や湿度まであり、この表示が基本である。


 今の表示は六月十八日の木曜日、時刻は午後PM五時十五分。

 気温は二十二度、湿度は四十二パーセント。

 ただ、年の表記だけはなぜかない。

 しかしそれ以外、見事なほどの地球のそれと同じ表示であることに、カイからすれば違和感しかない。

 異世界でありながら、なぜここまで同じなのか。

 ただ、その謎よりは、今優先すべきことは違うところにある。


「女神イークスよ。我が声が聞こえてるなら応え給え。我はカイ・バルテス。今再び魔王が誕生してしまっている。それに対抗する力を、我らは必要としてる」


 しばしの静寂。

 やがて、先ほどまで表示されていた月日や時刻が消える。


「え?」


 驚いた顔になるレフィーリアの前で、神の刻報機ディバインクロックに文字が浮かび上がっていく。


『新たな勇者とならんとする者よ。汝の勇気を称え、我が元に至るための道を示す――』


 神の刻報機ディバインクロックは、続けて地図を示してきた。

 場所はここからだと一カ月くらいはかかる場所だ。ただ、カイも知らない場所だった。


(女神の試練の地というのは複数あるのか……)


 こうなると、かつて自分がやったものと違うかもしれず、少し不安になるが、かといって今更やめるわけにはいかない。

 それに、よく見るとここから女神の聖域までの途中にある。

 あるいはそういう移動経路は考慮してくれているのかもしれない。


 提示された場所は、ここからさらに西。

 距離にしておよそ一千キロ程度。前のことを考えると、ほぼ間違いなく周辺に人里はないだろう。

 大陸の東は、海岸線から先はなだらかとはいえ山脈が南北に横たわっており、最も高い場所では二千メートル級の山が並ぶ。

 示されたのはその山脈を超えた先だ。


「試練の場所までは結構あるからな……しばらくはひたすら歩くしかないな」

「どのくらいかかりそう?」

「どっちにせよ、遥か西に向かう必要があるんだ。女神の聖域たるウーリュは、ここから二千キロ近くあるからな」


 レフィーリアが目を丸くしていた。


「に、にせんきろ……」

「無理はしなくていいぞ……と言いたいが、待っていてくれ、と言える場所がないからな……」

「ううん。私が言い出したんだもの。頑張るよ」


 本来なら今頃、レフィーリアをラングディールとシャーラに預けて、自分自身は魔王や勇者の謎を解明すべく旅をしていたはずだが、いつの間にかこんな事態になっていることに、あらためて驚いてしまう。

 ただ、少なくとも女神に会えば『勇者』というのがなんであるかくらいは聞くことができるだろう。

 自分が改めて勇者になろうなどと考えるとは思わなかったが、現状これが今この大陸で起きていることを解明する、一番の近道だ。

 少なくとも、ラングディールをあのままには出来ない。


「今日はここで野宿するか。場所は良さそうだしな」

「分かった。枯れ木集めてくるね」


 レフィーリアはそういうと、少し離れていく。

 大丈夫かと思ったが、周囲には獣の気配もないし、多分安全だろう。

 カイは魔法で地面の一部を掘り下げ、そのあたりの水分を飛ばす。

 ほどなくして戻ってきたレフィーリアが集めてきた枝をその中に並べ、火をつけると即席コンロの出来上がりだ。

 それで肉を煮込んでスープもそれで作る。


 食事が終わる頃にはすっかり日も落ちて、少し肌寒くなってくるが、先ほどのコンロに枝をくべて維持しつつ、二人は並んで神の刻報機ディバインクロックにもたれかかって空を見ていた。


「星が凄いね、お兄ちゃん」

「そうだな――」


 あまりの星の数に驚くほどだ。

 地球における天の川ミルキーウェイのような星の連なりがあるが、それほどに星が多いのもあって、星座の判別などまずつかない。

 というか、同じ星座があるはずはない――はずだ。


「ねえお兄ちゃん」


 考え事をしていたカイは、レフィーリアの声で顔を上げた。


「お兄ちゃんはランディさんを助けるために頑張ろうとしてるんだよね」

「そうだな。ランディと、あとはシャーラも多分今辛い立場にあるだろうしな」

「一緒に過ごしてて、魔王ルドリアを倒す旅での出来事は色々聞いたけど、そもそもお兄ちゃんとランディさんって、いつ知り合ったの?」


 その質問に、カイは少し驚いたようになってから――。


「ああそうか。ちゃんと話してなかったな。ランディとシャーラと俺は、元々タスニア島で一緒に過ごしていた幼馴染なんだ。会ったのは……俺が八歳の頃か」

「そうなの?」

「ああ。俺とランディ、シャーラが出会ったのは……まだタスニア島が平和だったころでな――」


 カイはそう言いながら、枝を一振り、火にくべた。

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