第19話 再会と災禍

 結局ブリスタの街に滞在したのは一日だけで、カイとレフィーリアはすぐ南へと旅立った。

 もし本当に戦争が始まる流れだとしたら、急ぐ必要があるからだ。

 本当は船で行きたかったのだが、あの噂の影響もあり、ほとんど南に行く船がないことが分かり、これなら歩いた方が早いと判断したのである。

 また、途中の街々で情報を集めながら移動できるというメリットもあった。


 この時点で、カイはレフィーリアをリーグ王国に預けることが正しいのかは、もう疑いつつあった。

 ただそれでも、幼いころからよく知るラングディールを、カイは信じている。

 だからこれはきっと、何か理由があるはずだと思っていた。


 だがそんなカイの想いとは裏腹に、南に向かえば向かうほど、リーグ王国が戦争の準備をしているという話はより確度をもって聞かれるようになっていく。


 そしてブリスタを出て半月後、カイとレフィーリアはリーグ王国の北の国境の街、ニスルまであと十キロという距離にある小さな村の宿にいた。


 この辺りは湖や池が多く、土地も平坦な場所が多くて肥沃で、リーグ王国随一の農耕地域の一つだ。

 これより北は豊かな森林地帯と起伏に富んだ土地になるので、それが事実上国境のような役割になっているのである。

 この村もギリギリ、リーグ王国に属する村にはなるだろうが、主街道から少し外れているので、リーグ王国が北上するとしても、その進軍経路になる可能性はほとんどない。


 というのは、カイにとっても予想外だったのが、すでにこのニスルの街に、リーグ王国の軍隊が集結し始めているとのことだったのだ。

 もうかなりの規模になっているが、まだ増え続けているという。

 しかも、その総指揮官はラングディール・アウリッツ。つまりリーグ王国の国王自らが、軍を率いているというのだ。

 いくら何でも、名前だけということはまずない。確実に、ラングディールが前線に出てきているということになる。


「リア」

「……なに、お兄ちゃん」


 食事が終わって一段落したところで声をかけられたレフィーリアの声は、緊張を孕んでいた。レフィーリアはとても頭がいい。おそらくこれから言われることも分かってはいるのだろう。

 だからカイは、誤魔化すことはせずにそのまま言葉を続けた。


「明日、俺はニスルに向かう。ランディが……リーグ王ラングディールがあそこに来てるというから、話をしに行く。だが、何があるか分からない。だから――」

「ここで待っていろってことだよね」


 言葉を先取りされたカイは一瞬驚いたようになったが――はっきりと頷いた。


「……わかった。でも、待つだけ。絶対帰ってくるよね?」

「当たり前だ。俺はリアの保護者だからな。保護者失格にはなりたくない。それに、話をしに行くだけだ。戦いに行くわけじゃない」

「じゃあ、待ってる」


 そういうと、レフィーリアはカイの手を取った。

 その手を自分の手で包み込むように握りしめる。


「ああ。待っててくれ。なに、すぐ帰ってくるさ」

「――うん」


 そう頷くレフィーリアの手は、わずかに震えていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌朝。

 宿の主人にとりあえず五日分の宿代を渡してカイは出発した。

 また――スリにだけは気を付けるように言って――手持ちの銀貨のほとんどをレフィーリアに預けてきた。

 最悪、万に一つの事態があっても、あれだけお金があればレフィーリアなら何とかできると思う。

 無論、そんな事態になるつもりは全くないが。


 六月のこの時期、この地域はだんだんと日が短くなる季節だ。

 太陽が昇る前でもあるのでまだ少し肌寒く感じるほどだが、眠気覚ましにはちょうどいい。

 太陽が美しく緑あふれる大地を照らし出していく。そんな中カイはニスルへの道を歩いていく。


「……戦争があるとか、考えられないような光景だな」


 これは別に新条司の感覚ではなく、カイ自身の考えだ。

 魔王ルドリア討伐のための旅は、荒れ果てたリーグ王国の南部やアルヴィン王国、あとは荒地ばかりの大陸中央を移動することが多い。

 それもあって、このように豊かな緑があると、なんとなく平和だと感じてしまう。

 だが、このすぐ先に、戦争をするための軍が集まっている。のだ。


 話によるとニスルの街の北側にコーラガンと呼ばれる島に砦があって、そこにすでに八千もの軍が集っているらしい。

 実は一応、事前にカイ・バルテスの名前で国王ラングディール宛てに、コーラガン砦へ手紙は出している。

 ラングディールが変わっていなければ受け取ってくれることは信じられるが、今のラングディールが果たしてどういう反応をするのかは、カイにも全く分からない。


 歩くこと二時間ほど。

 その砦が見えてきたところで、カイはその砦の外門の上に、記憶にあるのと寸分変わらぬ姿を見出して、思わず駆けだした。


「ランディ!!」


 そこにいたのは、間違いなくラングディール・アウリッツその人だ。

 輝く様な金の髪は、朝日を受けてわずかに輝いているかのように見え、その美しくも凛々しい出で立ちは勇者そのもの。

 そして豪奢な装飾をあしらわれたその服は、まさにリーグ王国の国王のそれだ。

 その腰には、あの魔王ルドリアを倒した聖剣が見える。


「久しぶりだな、カイ。まさかこんな時にお前が来るとは思わなかったよ」

「……そう、だな」


 だが、その第一声を聞いた瞬間、カイは強烈な違和感を覚えた。

 朗々たるその声は、ラングディールのもので間違いはない。

 その姿も、一年あまり前に別れた時と何ら変わらない。


 だというのに、ラングディールがまるで別人にしか思えなかったのである。


 そもそも、ラングディールであれば今頃、門を出て駆け寄ってきていても不思議はない。

 だというのに、今彼がいるのは門の上の通路。

 そこからカイを見下ろしている。

 そしてその目は、明らかに友に向けるそれではなかった。


「ランディ。お前が戦争を起こそうとしていると聞いた。なんかの冗談だよな?」


 この問い自体無意味だと、カイはすでに分かってしまっていた。

 だからこの後の返答も、考えたくもないのに予想出来てしまい、そして――。


「冗談でこんなことを俺がするわけないだろう。本気だよ。俺はこれから、大陸全土に戦争を仕掛け、全ての国を滅ぼし、支配する。そう決めたんだ」

「なんでそんなことをしようとする!? やっと魔王ルドリアの脅威から人々が解放され、平和な日々を取り戻したというのに!! それを誰よりも喜んでいたお前が、なぜ!?」

「……やはりお前はそういうか、カイ」


 そういうと、ラングディールは静かに腕をかざし――魔力を解放した。


「邪魔をするというのなら、お前でも打ち倒す。もはや俺は、止まることは出来ないんだ」


 ラングディールの身体から、膨大な魔力が溢れるのを感じた。

 本来目に見えることのない魔力だが、この世界の人間はそれを感覚的に『視る』ことは出来る。

 そしてカイは、そのラングディールの魔力を視て凍り付いた。

 元々、ラングディールの魔力量マナプールは、カイの二十倍。文字通り桁外れだった。

 だが――。

 今のラングディールの魔力は、二十倍どころではない。

 軽く五十倍以上の圧倒的な魔力。

 だが、その魔力量よりももっと異様な感覚が、カイには感じられた。


「ど、どういうことだ、ランディ……」


 その魔力から感じられるのは、圧倒的な歪み。まるで人々の負の想念を煮詰めたかのような、気味の悪さ。

 それは――。


「なぜお前が、魔王と同じ魔力を宿している!?」


 それは、魔王ルドリアが持っていた魔力と、ほぼ同じもの。

 その強大さもその魔力の感覚も、ほぼ同一。


 その問いに対して、ラングディールは彼の者とは思えないほどに冷酷な視線をカイに向けた。


「それはな――この俺が、『魔王』だからだ――」


 言葉と同時に魔力が溢れ、魔法が完成する。

 圧倒的な破壊の風の魔法が、ラングディールからカイに向けて、容赦なく解き放たれた。


―――――――――――――――――――――――――

ようやくプロローグに繋がりました。

次話から、やっと続きとなります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る