第17話 不穏な噂(改稿)
「……なんかあったのか?」
「あー、うん。ちょっと良くない噂を聞くんだよな。もっとも、リーグ王国なんてこっからだと二千キロ以上あるから、情報としてはだいぶ遅いんだけどさ」
給仕はそう言ってから、持ってきたプレートを置く。
色とりどりのカットフルーツが乗ったそれはとても美味しそうで、レフィーリアは目を輝かせていたが、カイは話の方が気になる。
「いいぞ、好きなだけ食べて」
「うん」
そう言いながら、レフィーリアは静かに食べ始めた。
半年以上一緒に過ごして分かったが、レフィーリアはかなり頭がいい。
年齢は二十歳とはいえ、見た目は十二歳かその位だ。だが頭の回転の方は、人間でいう十五歳かそれ以上。この世界なら十分成人並みに色々考えることができるほどだ。
今も子供の振りをして食事をしてるようにしつつ、ちゃんと耳はそばだてているのが分かる。
もっとも、これから向かう場所の話ではあるので、レフィーリアに内密にする理由はない。
「何でも、王子が生まれたって話があったんだが……死産だったらしいんだ」
「え!?」
思わずカイは声が出てしまった。
リーグ王の妃といえば、シャーラのことだ。
まさかラングディールがシャーラと別れて、別の妃を立てたとも思えない。
側室がいる可能性は否定はできないが、ラングディールはシャーラに文字通りの意味でベタ惚れだった。一途と言ってもいい。
それにリーグ王国を出た時で、臨月まであと半年くらいということだったはずだ。ただ、生まれる頃はカイはレフィーリアと一緒に北の辺境にいた。なので、南部にあるリーグ王国の情報は全く入ってこなかったので、知らなかった。
「それ以降、リーグ王は少しふさぎ込んでいたらしいんだが、最近になって軍備を増強してるって話もあってな。まあこのタウビルまでは何もないだろうが……」
給仕はそこで言葉を濁しつつ、去っていった。
リーグ王国はアウスリア南東部に位置する大国だ。
王都であるシドニスは人口三十万人を超える大都市。
大陸南東部はアウスリア大陸東部の中でも特に肥沃な場所であり、隣国であったアルヴィン王国が魔王ルドリアに滅ぼされたままいまだに復興もままならないのもあって、リーグ王国の国力は大陸でも最大といっていいだろう。
アウスリア大陸は非常に広いが、人が住んでいる地域はかなり限定的だ。
もっとも多いのが大陸南東部から海岸沿いに北東部にかけて。
ここは緑も多く、水も豊かな地域で、人々が住むのにも農耕にも適している。リーグ王国や、現在ではそれに次ぐ国力を持つセント・ルシア王国などがあるのもこの地域だ。そのさらに北にレンブレス自由都市群があり、現在カイたちがいるのがそのレンブレス自由都市群である。
さらに北に行くと少し乾いた土地柄になるが、それでもまだ人は住んでいる。とはいえ不便すぎるのでそう多くはない。また、年間を通してかなり暑い。カイとレフィーリアが住んでいたあの集落は、おそらく人が住んでいる最北だっただろう。
そしてそれら東岸地域に迫るように巨大な山脈が連なっている。
大陸東岸に人が集まってる理由でもあり、それほど峻嶮な山脈というわけではなく、むしろなだらかといえるものではあるが、大陸の南から北まで、ずっと連なっているのだ。
この山脈のおかげで、東岸地域は豊かな水資源を確保できているので、恵みの山脈としても知られる。山脈自体がなだらかなので、そのあたりは牧畜も盛んだ。
そしてその山脈が途切れる南の海岸沿いは、アルヴィン王国が滅んでしまったため荒れ果てており、さらにその西側にアデレート王国――ルドリアに無条件降伏したことで国は残っている――があるが、それより西は乾いた土地が続いていて、今もあまり人は住んでいないという。
アデレート王国より先、大陸西岸まで行けばまた肥沃な土地があるとされるが、そこまでの道は水の補給にすら難儀するような道のため、行く人はほとんどいない。
水を生み出す魔法がないわけではないが、極めて高度とされ、魔力効率も悪く、長距離移動の水は持ち歩くしかないとされている。
大陸の中央から北にかけては、その巨大山脈を越えた後は、しばらくは山脈からの水の恩恵があるが、それも数百キロも行くとなくなり、あとは本当に乾いた大地が続く。水がないわけではないが旅をするには本当に不向きで、人はほとんど住んでいない。
もっとも、カイは中央部であれば行ったことだけはあるが。
海路については、大陸東岸はそれなりに船が行き来するのと、あとは南東岸の沖合はタスニア島への航路はともかく、それ以外は波が高過ぎて船はほとんど航行できない。
そもそも、カイ――というより新条司――から見れば、この世界の航海技術は大航海時代よりはるか前というレベルで、外洋を航行するための技術がまだないのである。
現状カイが把握できているアウスリア大陸は、南東部から東海岸をケーズ辺りまで行ったくらいであり、とても大陸全土というわけではない。
もっともそれでも、日本などよりは遥かに広いが。
リーグ王国の不穏な噂は気になるが、これ以上の詳細な話は期待できないだろう。
タウビルはリーグ王国の王都シドニスまでは二千キロほど離れているので、話が伝わるの自体が遅いし正確性を欠く。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
オレンジを頬張ったレフィーリアが、心配そうな顔を見せていた。
「いや、何でもない。ただ、リーグ王国に行く理由が増えた感じだな」
ここまで噂が広まるということは、実際にはもっと事態が悪くなっている可能性は否定できない。
ラングディールが何かしら困ってる可能性は高いだろう。
それを助けることについては、カイが迷う理由がない。
それに。
「少し道を急ぐとしようか、リア」
この子を連れて行けば、子を死産したというシャーラにはいい話し相手になる気がした。
シャーラは無類の子供好きだったし、特に可愛い女の子は大好きだったからだ。
若干、いや、かなり不安なレベルで、だが。
「お兄ちゃん?」
「何でもない。さ、早く食べなさい」
「うん。あ、でもお兄ちゃんもっ」
レフィーリアはそういうと、フォークに刺さったオレンジを突き出してくる。
少し恥ずかしいとは思ったが、それを素直に食べたカイは、そのオレンジの甘酸っぱさに顔を綻ばせるのだった。
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