第11話 北の地での出会い(改稿)
「この辺りまでくると、さすがに人はほとんどいないな……」
謎の家からの道は、ほぼ北に伸びていた。
もっとも、道と行っても獣道にに等しかったが、それでも半日も行けば街道に通じていたようで、その街道は南北に伸びている。
問題はここからどちらに行ったかだが――カイは直感的に北に行ったと判断した。
あの家に住んでいた者は、おそらく何かしらの理由で魔王に保護されていた存在だと思われる。その理由は全く分からないが、いずれにせよ普通の人間社会にはいられないのだろう。
とすれば、ここから南に向かえば確実に人が多く住む領域になる。
基本、この大陸は南に人が多く住むからだ。
だとすれば、逃げるのならば北に向かったと考えるのが妥当だ。
その上でどこまで行ったのかだが――。
普通に考えて足跡を追うなどは無理だ。一年以上前の話だろう。
ただそれでも、魔王の考えを知る手がかりがあるかも知れないなら、多少の遠回りは問題にならない。
そう思って、街道沿いに北へ向かうこと五日。
結局ミスリバーという街までたどり着いてしまった。
この間、見事なほど人里はなかった。
ミスリバーの街はかなり辺境と言い切っていい場所で、人口はざっと見た限り二千人程度。
街は主に漁業で成り立っているようだ。
西向きに海のある地形だが、大陸の西岸というわけではない。
ここに来るまでに何度か飛行魔法で地形を確認しているが、この辺りは半島のような地形であることは分かっている。
とりあえずカイはミスリバーの街に入って情報を集めた。
形としては、ケーズと同じようにリーグ王国からの使いという形だ。
さすがにこの辺境でも、魔王ルドリアや勇者ラングディールについては知っていたようで、話は早かった。
ただ、情報を集めた限り、一年前にそんな集団がこの街に来たことはないという。
これは予想通りではあった。
もし街に立ち寄るのであれば、あの隠れ家を出てから南に向かっているはずだ。
となれば、さらに北か。
「そこまで人里離れて生きて行けるのかって疑問もあるが……」
人間、やろうと思えば生きていけるとは思うが、限度はある。
ただ、この街よりさらに北には、結構広い森が見えた気がしたので、あるいは水源もあるかも知れない。
そうなれば、そちらの方に行ったか。
街道の終点はミスリバーの街のようなので、こうなるとこれから先は道なき道を行くことになる。
カイはとりあえずさらに北に向かうことにしたが――さすがにここから先はどこに行ったか全くわからない。
ただ、街の人の話によると、この街のさらに北にもいくつか、人間が住めるようになってる集落がかつてはあったらしい。
今も住んでいる人がいないとも限らない、とのことだ。
とりあえずはそれを探してみることにして、カイはさらに北へ向かうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その飛行魔法の最中に、それを見つけたのは本当に偶然だった。
開けた岩山の上に何か動く黒い点が見えたから、てっきり獣だと思ったが――それは人だったのだ。
「何かを、追っている?」
少し気になって望遠魔法を発動させる。
空気の層で凸レンズを作りだして、望遠鏡の原理で視野を拡大する魔法だ。
「なんだ……人が人を追ってるのか。犯罪者……いや、子供、だと?」
おそらくは子供が、十数人の大人に追われているようだった。
しかも子供は明らかに素手だと思われたが、追っている大人の方は武器を持っている。どう考えても普通ではない。
いくら何でも放置できないと思ったカイは、飛行魔法で一気にそちらに近付いたが――。
「……見失ったか」
この辺りは起伏が激しく、すぐに影に入って見えなくなってしまった。
だが、ここからそう離れてはいないはずだ。
そして探し始めること十五分ほどで、目的のものを見つけることができた。
「……あれだろうな」
山のふもと。
いくつかの山に囲まれて隠れるようにくぼんだ地域に小さな集落があった。
小さな川が中心を流れていて、申し訳程度に畑も見える。
ミスリバーの街からは、十キロほど離れてる場所だ。
狩のための出張村という可能性もなくはないが、先ほどの子供を追いかけまわす様子を考えると、その可能性は低い。
何より、この村は地形的に遠くからは非常に見つかりにくいと思われ、隠れるのに都合が良すぎるのだ。炊煙などもおそらく山に隠れて遠くからはまず見えない。
実際カイも、上空から探すのでなければ見つけられなかったと思う。
村の人口は、規模からすればおそらく三十人もいないだろう。
村全体を見渡せる位置に行くと、そこから望遠視力の魔法を発動させ、村の様子を観察する。
見えるのは男ばかりだ。年齢はおそらく二十歳程度から、五十歳くらいまでか。
お世辞にも清潔な格好をしてるとはいいがたく、かつ誰もが人相も、失礼ながらかなり悪い。
「女性が全くいない……な」
子供もいない。
建物はどれも掘っ立て小屋同然のものばかりで、粗末なものだ。
一応村の外周に柵はあるようだが、それほど立派なものではない。
さすがにこんな場所には
しばらく見回していると、一つだけ妙に造りが他より頑丈そうな建物があった。
そして――。
「いた」
その建物の前に、明らかに周囲の者より小柄な人影があった。
そちらに魔法の焦点を合わせると――。
「子供……女の子? って、ちょっと待て」
見えたのは薄汚れた、粗末な貫頭衣だけを着させられた子供。
貫頭衣といっても、その前は大きく切り裂かれていて、わずかに胸部が膨らんでいるように見えるから、おそらく性別は女性だ。年齢は十代前半だろう。
少女は腕を両脇に立つ男二人に抑えられ、膝立ちにされている。
それを囲むように男が五人ほど、まるで見世物を見るようにして――おそらくは笑っている。
少女が動く気配はない。まるで、全てを諦めたかのように表情がなく――その理由はすぐ分かった。
少女のすぐ横に、人が倒れていたのだ。
どう見ても死んでいる――成人と思われる女性の身体。
しかも服は全く纏っていないその様から、何が行われていたのか推測は出来る。
「……生かしておく必要はないな」
一瞬でカイはそう決断した。
カイ自身の価値観では、許しがたい所業だ。
そしてこんな場所で、まともな司法など期待できるはずもない。
文字通り暴力が支配する領域だ。
ならば、こちらが暴力を用いたところで、咎め立てされることはない。
素早く村全体を見渡す。
見える限り、男の数は二十四人。
うち三人が女の子を取り囲んで、さらに外側に七人。
あまり時間がない。
素早く相手の装備を確認するが、どうやら弓もあるらしい。
だがそれでも、ルドリア率いる魔軍と戦うのに比べたら、どうということはない。
あちらに気付かれていない以上、不意を討てばいいだけであり――そして、そのための最適の力を、カイは持っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
少女は目の前に迫る男を、何の感情も宿っていない目で見上げていた。
両腕はがっちりと屈強な男に抑えられていて、足には鉄の足かせがある。
これを付けていると、本当に気力が削られて何もする気がなくなってしまう。膝をついているのは、別に抑え込まれているからではない。立ち上がる力すらないのだ。
むしろ腕を支えられていなければ、多分そのまま倒れ込んでしまうだろう。
ぼんやりと、隣に倒れている母親を見た。
母は今朝、おそらくもう自分がもたないことを分かっていたのだろう。
一年以上もここの男たちの慰み者にされながら、それでも自分を庇い続けて、すでに限界だったのは分かっていた。
そして、最後の力で母は自分を逃がしてくれたのだが――結局捕まって、連れ戻されてきた時には母はすでに死んでいた。
多分、鉄の首輪が付いたままだったのが、最大の理由だろう。
(ああ、これから私も――お母さんと同じように――)
母はこの村で男たちの慰み者にされながら、それでも必死に自分を守ってくれた。
かつては兄や弟、妹がいたが、今はもういない。
兄と弟は村に連れてこられてほどなく殺されてしまった。
妹はどこかに連れて行かれたっきり、帰ってこなかった。
母親と同じだったのは自分だけだったので、男たちは、自分だけは殺されず、ここに留め置かれたらしい。
この先の生に希望などない。
男がいやらしい笑みを浮かべながら近づいてくる。
何か言葉を話しているはずだが、その内容はすでに入ってこない。
どうせこれから、今目の前に立つ男達に――。
直後。
その目の前の男が、吹き飛んだ。
「え――?」
同時に、背後の男から悲鳴が上がり、両腕を掴んでいた男達の腕の力が抜ける。
身体を支える力が失われ倒れそうになったが、何が起きたのかを確認したいという欲求が勝り、かろうじて手を地面について、顔を上げた。
目の前に見たことがない人が立っていた。
見えたのは背中。
やや汚れたところはあるものの仕立ての良いマントに、靴も見たことがないような造りのしっかりした上等なもの。
身長はそれほど高くはないが、かといって低くもない。
長くはない黒髪の頭を見上げた直後、一瞬だけその人が振り返る。
やはり見たことがない人だった。
少し濃い肌の色と、きれいな黄色に近い茶色の瞳。
「もう、大丈夫だ」
聞こえた声は、どこか安心させるような優しさを感じさせる。
そして次の瞬間に見えた光景は――男たちが次々に吹き飛ばされて行く光景だった。
それも、ただ殴られて吹き飛んだとかそういうレベルではない。
軽く数百メートル、つまりこの村を囲む山を越える勢いで吹き飛ばされているのだ。
異変に気付いた他の男たちの声が聞こえ、人が集まってきた。
それぞれに武器を持っていたが――。
「悪いが手加減するつもりはない――全員きっちり送ってやるよ!!」
直後、彼の周囲に次々に光が集まったかと思うと、それが球体になって、轟音を伴って弾かれたように飛び交う。
それが村にいた男たちを正確に捉え――男たちの悲鳴が響き渡った。
その後に、何かが焦げるような臭いが漂ってくる。
「ひ、ひっ、なん、なんだ、お前、は」
「……ちっ。制御が甘かったか。一人外すとはな……なまったか」
そういうと、その男に向けて手をかざし――直後、男が白目をむいて倒れ、そのままぴくぴくと痙攣し、動かなくなる。
ほんの一分。いや、三十秒と経たず、立っているのは目の前に立つ一人だけになってしまった。
「あ、の……」
なんとか声を出そうとするが、かすれたような声しか出ない。
そもそも疲労が限界だった少女は、地面についていた手からも力が抜け――意識が闇に落ちて行った。
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