北方での出会い

第10話 北に残る遺志(改稿)

「あれがコーエンか」


 ケーズを出てから十日余り。

 途中小さな村のいくつかに立ち寄りつつ、飛行魔法も併用して、カイはウェインから聞いたコーエンの街に到着した。


 ケーズではできるだけ色々と話を聞いたが、最初に聞けた以上の話はあまり出てこなかった。あえて言うなら最初の話を補強する話が全てであり、カイの知る魔王ルドリアとあのケーズにいたルドリアという女性は、本当に同一の存在なのかと疑いたくなるほどに違っていた。


 追加で分かったことがあるとすれば、ルドリアの両親は彼女が十五歳の頃に流行り病で亡くなっていて、以後彼女は一人で生きていたということ。ただ、その卓越した魔法の才能とその優しい性格で、人々にとても慕われていたらしい。

 それこそ、お伽噺の聖女などの様に思われていたようだ。

 だからなのか、魔王となった後でも、彼女を信じたいという人も少なくなかったらしい。


 人々に話を聞いても、ルドリアが少しずつ変わってたような気がするということだったが、それも後から考えてみればそうだったのかもしれない、という話も多かった。人間、虫の居所が悪いことは誰にでもあるという程度のものだ。

 彼女の仕事は街の食堂の給仕だったらしいが、彼女の魔法の力を頼ってくる客も多かったとか。仕事が仕事だけに、嫌な思いをすることもあったのかもしれない。

 実際、相当美人だったのは間違いない。


 ただその仕事も、魔王となる半年ほど前に辞めたという。

 その少し前くらいから、体調が悪いと言って伏せることが多かったらしい。

 街の人は、実は恋人がいたが何かあったのかもしれないなどと噂していたという。本人はもちろん否定していたらしいが。

 ちなみにその『仮想恋人』は大変悪し様に言われていたようだが、実在していたかは分からない。


 そしてルドリアは突然行方不明になったという。

 魔王として突然タウビルを制圧したのは、その三か月後だった。

 ケーズの人々は本当に驚いたらしい。


 その後、ルドリアはレンブレス自由都市群に自分に従うように通達。

 ケーズはそれに従った。拒否した都市もあったらしいが、最終的には全て恭順したという。

 ケーズが拒否しなかったのは、ルドリアだから酷いことにならないと思っていたところはあるらしい。


 しかしその後稼ぎ手がことごとく魔軍に連れていかれ、産業が崩壊するかと思われたが、ルドリアは女性は連れて行かなかったし、それに十年も経つと、一定以上の年齢の人々が若々しいままだったという。

 さらに一部だが、魔軍から一時的に戻る男たちもいた。

 これはレンブレス自由都市群全体の話で、今思えば、カイが途中で立ち寄った街もリーグ王国より活力があったと思えたほどだ。

 やはり魔王が何かしら配慮した可能性はあるだろうが――それはもう分からない。


 ルドリアの住んでいた場所にも行ったが、もう家も壊され、何も残っていなかったのだ。手記などがないかと期待したが、話によると、魔王になって二年ほどして、ルドリアが自ら家を跡形もなく消し飛ばしたという。

 ルドリアが魔王となる前の友人は少なくはなかったのだが、同時にルドリアは恋人を含め、それほど深く付き合う人はいなかったらしい。


 これに関してはカイも少しだけ気持ちは分かる。

 カイも、新条司の記憶は別にしても、卓絶した魔力を持つ。そのため、いつも同年代から距離を置くようにしていた。

 なまじ新条司の記憶があるのもあって、どうしてもどこか冷めた対応を取りがちだったというのもある。

 親も早くに――覚えていない――死んで孤児だったのもあって、周りからも距離を置かれていた。


 それだけに、ラングディールとシャーラに会った時には驚いたものだ。

 初めて自分と同等、あるいは自分をも越える相手で、しかも二人ともとても――とてもいい奴だった。

 彼ら以上の友人は、今後も絶対に得られないとすら思えるほどだ。


 だから、彼ら二人がリーグ王国の国王と王妃となってより良い世界を作りたいと言った時に、自分には向いていないと分かっていても、そのための最大限の努力をしようと思ったし、自分にこの世界にはないはずの知識があるのはそのためだとも思ったのだ。

 結局一年で神経すり減らし過ぎて挫折した挙句、キレて出てきてしまったが。


 カイは頭を振って、沈みかけた気持ちを振り払った。


 とりあえずコーエンの街に向かう。

 ただ、遠目にも人が動いている気配は全くない。

 カイはとても嫌な予感がした。

 魔軍兵であるウェインがいたというのなら、あるいは――。


「やはり、か……」


 おそらく三十人程度が過ごせる程度の規模の集落だとは思ったが、そこに会ったのは白骨化した死体。

 それがざっとみて二十体ない程度だった。


 魔軍兵は魔王が倒れた後、大半が死ぬ。

 おそらくこの地にいたのは、ウェインの話の通りであれば魔軍兵士なのだろう。

 つまり、魔王が倒された時点で死んでいる。

 そしてそのままおそらく、一年ほどは放置されたということだ。そうなれば当然、白骨化してしまう。


「……さすがに放置というわけにはいかんな」


 魔軍兵は確かに敵だったが、彼らはことごとく魔王ルドリアに意志によって魔軍兵になっていたわけで、元はただの人間だ。

 少なくとも、こんな風に野ざらしでいい理由はない。


 魔法も併用して、カイは地面に大きな穴を開けて死体を一体一体埋めていった。

 死んでいた数は全部で十三体。

 ウェインは生き延びてケーズに着いているから、ここには十四人の魔軍兵がいたということになる。

 彼らの纏っていた装備が統一された装備だったことからも、これは間違いない。

 そして他に死体はなかった。


「確か食料をどこかに持って行っていたという話だったが……」


 集落周辺では、もう整備されてないので荒れ放題になっているが、小麦や芋などを作る畑、それに牛舎と思われるものもあった。死んで白骨化した牛もいたが、多くは気たのか、死体は二つだけ。


 一体こんな僻地で何のために食料を作っていたのか謎だが、ウェインの話の通りなら、どこかに届けていたのは間違いない。


「北の方という話だったが……」


 街にある建物は四つ。

 うち一つは牛舎、もう一つは食糧庫――さすがに古くなっていた――だった。

 あと一つが、おそらく魔軍兵の待機所。

 寝台すらないのがいかにも魔軍兵だ。

 そして最後の一つは――。


「これは……なんだ?」


 直径二十センチほどの水晶玉。

 それが台座に安置されていた。

 水晶占いというのは二十一世紀はもちろん、今でもたまに占い師がいるが、基本気に眉唾物とされている。

 魔法が実在するのに、と思うが、魔法の効果で未来予知というのを実現した例はなく、実際カイもそんな力はない。


 ただ、水晶玉などは魔力を宿しやすいと思われていて、それで魔法の力の増幅に利用されることは少なくない。

 カイは全く使わないが、そう言った触媒を杖に仕込んで魔法の補助としている魔法使いメイジも多い。


「魔力は……ほとんど感じないが」


 そう言って触れてみると――。


「なんだ!?」


 残留魔力があったのか、わずかにイメージが伝わってきた。

 それは、この街を俯瞰するような視点から、さらに街の北へ移動して、いくつかの場所を示す。

 そこにはそれぞれ、小さな家があった。

 距離はここからだと十キロほどか。


「ウェインが言っていた、荷物の配り先、か」


 その場所が分からなくならないようにした魔法具なのだろう。

 とはいえ、これほど明確なイメージを感じさせるほどに魔力を籠めるなど、並大抵のことではない。というか、カイでも難しい。

 とすれば、これを用意した可能性があるのは、魔王ルドリア本人しかいない。


「魔王の目的を探る手掛かりになりえるか……」


 空を見上げると、まだ日は中天を越えたくらいだ。

 普通に歩いたら二時間以上かかる距離だが、その程度の距離ならば飛んで行けばすぐだろう。

 場所は全部で五カ所。

 全部周っても、今日中に終わる。


 カイはそう決めると、飛行魔法で一気に空を飛んで行った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ここ……だけはない、か」


 カイは少しだけ、胃の中のものを吐き出したい気持ちになるのを我慢した。

 あの水晶玉が示した場所にあったのは、小さな家。

 ただ、地上から行くのは相当に困難な場所で、かつ多くは崖などで隔離されていた場所だった。

 人を閉じ込めるための場所だったのかもしれないが――。


 そこに『あった』のはコーエンの街と同様、人の白骨化した亡骸だった。

 ただ、おそらく骨格やサイズから、女性だろうと思われた。

 一つだけ二人、あとは一人ずつ。

 それらを順番にやはり葬ってから、最後の五カ所目に来た時だけ、その場所には死体がなかったので、少し安心したが――。


「他に比べると、家が広いな。それに……」


 他の家は、河や崖などで逃げられないようになっていたと思えた――裏を返せば人が入り込むことも出来ないようになっていた――が、ここだけは少し広く、また、家の大きさもかなりのものだ。

 他の家が寝台はせいぜい二つだったのが、ここだけ五つもある。

 その割に、死体はない。


 ただ、食料などを備蓄する倉庫はあったし、だいぶ昔の者だろうが生活をしていたような痕跡はあった。

 だから、ここで人が過ごしていたのは間違いないだろう。


「魔王が倒れたのが一年前。つまり、ここに食料を届ける人間がいなくなったのも、同じ時期。……普通に考えたら、ここ以外の四つにいた人は、あの庵から出ることすらできなかった可能性がある」


 そうなれば、待っているのは餓死。


 理由は分からないが、ルドリアはあの五カ所に誰かを連れ込んで、食料の世話をしていたのだろう。だが、ルドリアが倒れたことで食料が供給されなくなった。

 あるいは、あの家を出ようと無理をして、谷底に落ちた人もいるのかもしれない。

 いずれにせよ、あの場で閉じ込められて出られないまま、餓死したのがあの幾人かの死体の正体か。


 問題は――。


「なぜそんなことをしていたのか、だなぁ」


 手がかりといえば女性だと思われる、という程度だ。

 わずかに残っていた服などからもおそらく間違いない。

 ただ、それ以上は分からないが――。


「生きてるかもしれないこの家の元住人の足跡を追ってみるか」


 家の南側はともかく、北側であれば行けるように思える。

 となれば、おそらくは北に向かったのだろう。

 もし生きていれば、あるいはルドリアが何をしていたのかを知ることもできるかもしれない。

 ケーズで手に入ったのは、魔王になる前のルドリアの話。

 だがこれは、魔王になった後のルドリアの情報だ。


 魔王として各地を制し、容赦のない圧政を敷いたルドリアだが、魔王になった後も故郷を案じているようなところはあると思っていた。

 その意図を探るためにも、ここにいた人がまだいるのであれば、探す価値はある。

 単純に考えて一年は前の話だから、完全に追えるかは分からないが――。


 カイはそう決めると、さらに北に足を向けるのだった。

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