第7話 魔王誕生の謎

 魔王が元は人間。

 これはカイが全く考えてもいなかった話だった。

 カイが知る魔王は二人。

 いにしえの魔王バルビッツと、カイがラングディール、シャーラと共に倒した魔王ルドリア。

 ただ、バルビッツは八百年以上前の存在で、その記録は正確性を欠く。その姿もいかにも魔物然としたものだと伝わっているが、本当にどうだったのかは分からない。


 実際、初めて魔王ルドリアを見た時、それが本当に魔王なのか、と思った。

 確かに巨大な角が頭に生えていたり、巨大な、禍々しい翼は恐ろしいと感じた。

 その身を纏う鎧全てが魔力を帯びており、圧倒的な力を感じたものだ。

 ただそれ以上に――美しいとも思ったのだ。

 人を越えた存在に対する畏怖、畏敬。

 そういうものを感じさせたのが、魔王ルドリアという存在だった。


 だが確かに角や翼といった要素や、あの仰々しい装飾のついた鎧を除けば、あれは人間と言えるような存在だったかもしれない。

 しかし、魔王バルビッツは伝承通りなら三百年はこの大陸を支配していた。

 もし人間であれば、数百年も生き続けられるはずがない。

 魔法を使っても、カイでもおそらく寿命を延ばしてもせいぜい百二十年くらいが限界だと踏んでいる。

 三百年は到底無理だ。


「ルドリアってのは、魔王になった時……つまり三十三年前で何歳くらいだったんだ?」

「確か……二十歳くらいと聞いてるけどね。あたしも直接の知り合いというわけじゃないから、詳しくは知らないけどね。ただ、さっきのカルベール通りが、確かルドリアが魔王になる前にいたとされる場所だったはずだよ」


 魔王ルドリアが君臨していたのは三十年余りではあったが、少なくともあの外見は人間でいえば二十歳から三十歳程度の若い女性に見えた。

 あるいは、魔王に『なる』と年齢が止まるのか。


「今も人が住んでいる?」

「いや。さすがに今はだれもいないはずだよ。家も残っちゃいない。ただ、魔王になったルドリアは……まあ容赦なく魔軍を編成して大陸各地に戦争を仕掛けたさ。あたしらも巻き込まれた。でも、なんていうかね。それでもこの街が滅ばない程度の配慮は、していた気がするんだよね」


 確かに、魔王出現の地ともなれば、人々はことごとく魔に取り込まれていると思っていたし、街は荒廃していると思っていた。

 だが実際にはどうか。

 確かに働き手たる若い世代は多くが魔軍に取り込まれ、ほとんど帰ってこなかったとしても、産業は維持されていたようだし、街自体もほとんど損壊していないように思う。


「それに、ルドリアは魔軍に取り込んだ男たちも、一時的に開放してくれてたことがあるんだよ」

「なに!?」

「といっても、本当にわずかな間だけだけどね。男たちがいなくなったら、結果として子供が生まれない。だから、時々返してくれることがあったんだ」


 確かに、適齢期の男性がいない状態になれば当然だが子供が生まれなくなる。

 残された女性もいつか老いて死ねば、結果街は自動的に滅んでしまう。

 そういうことに対する対策もしていたということだ。


(魔王といっても、人間同様『統治』していたって感じだよな……)


 魔王とは無差別に攻撃を行う無慈悲な存在と云われているし、実際魔軍に取り込まれた人間は補給も睡眠すらも必要としないとされていた。

 だからまともに統治するはずがない――と思っていたが、実際はどうかといえば、街が破壊されることもなく、産業は主たる担い手を失いつつも、それでも何とか維持されている。


 思えば、魔軍に滅ぼされて荒れ果てたシドニス城下を目にしていたから、てっきり他の街も同じように破壊されたと思っていたが、そのシドニスにしたところで城周辺は激戦があったから破壊されただけで、街はそこまで破壊されていたわけではない。


 実際、リーグ王国陥落時は、その緒戦で魔軍の恐ろしさに恐れを抱いた貴族たちが王を裏切り、王都を護ることもなく即座に降伏している。

 結果シドニス防衛に十分な兵力が揃わず、シドニスは陥落、軍事施設はかなり徹底的に破壊された。


 その後ルドリアはシドニスを拠点としてリーグ王国を三十年にわたって支配することになるが、最初に降伏した貴族たちの領地には重税を課してはいても破壊活動は行われなかったと聞いている。

 その結果、魔王打倒後に貴族の勢力はある程度維持されたままだったので、若き新王となったラングディールが施政に苦労するのは皮肉な話だ。

 どうせなら徹底的に貴族どもを殺しておいてくれれば、などと思ってしまう。

 とはいえこれは、魔王と云えども人間と交渉することがあるという事を意味する。


 魔王だから絶対に相容れない存在である、というかそもそもの固定観念として人間と異なる存在だと思っていたが――。

 元が人間だというのなら、話が変わる。

 もし人間的な思考や精神があったとすれば、単に強力な力を持つだけの知的存在だ。


 実際、ラングディールだって人間としては桁外れの存在である。

 彼とルドリアとの違いは、勇者と呼ばれるか魔王と名乗っているかの違いしか、カイからすればない。

 無論ラングディールが親友であるというのは大きな違いではあれど、交渉相手と考えるなら、あり得ない相手ではなかったのかもしれない。

 すでに殺してしまっている――遺体も焼却された――から文字通り後の祭りだが。


「ありがとう、店主。とりあえず教えてくれたところに行ってみるよ。それじゃ」

「あいよ。ありがとさん」


 カイが立ち去ると同時に、十歳前後だろうか。子供が二人、彼女の屋台にやってきて何か話している。

 ほどなく片付けが始まったのを見るに、彼女の孫か。

 撤収を手伝おうかとも考えていたが、その必要はないらしい。


 あの子供たちがこれから先、希望をもって生きていける世界にするためにも、再び魔王が現れる事態を防がなければならない。

 無論魔王が次に現れるまでは、おそらく数百年の時を必要とするのだろう。

 だが、古い伝承では、過去に幾度も魔王が現れ世界を蹂躙することは語られている。

 もしそれが事実であれば、未来においてまた魔王が誕生することになる。

 過去、誰もこのサイクルに疑問を持たなかったのかは分からないが、少なくともカイにはこれまでおそらく世界の誰もが持っていなかった『知識』がある。

 それを駆使すれば、あるいは――。


 一定のサイクルで繰り返される戦乱と平和。

 少なくともこの世界は、一部の存在を除けば、『新条司』の持つ知識にある物理法則はことごとく当てはまる。

 

 その当てはまらない最たるものが魔法。

 そして『魔王』と『勇者』の存在だ。


 そもそも『魔王』とはどういう存在か。

 今の今まで、魔王というのは人間とは異なる別の生命体だと思っていたが、いきなりそれが否定された。

 まだ、この世界について知らないことが多過ぎる。

 それを知るためにも――カイはまず、魔軍から帰還した兵の話を聞きに行くことにした。

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