魔王ルドリアの謎
第5話 最初の目的地
「前世の記憶からすると、信じられないくらいきれいな海だよな」
眼前に広がる広大な、そして鮮やかな色彩に満たされた美しい海を前に、カイは感動していた。
王都シドニスを発って二カ月。
アウスリア大陸東岸に位置するシドニスを出て、海岸沿いに北に歩いてきた先にあったのは、海岸からすぐのところが美しいサンゴ礁に彩られた、驚くほど美しい海だった。
道中はとても快適だった。
魔王ルドリアが大陸を席巻したとはいえ、ルドリアが君臨していたのはわずか三十年程度。
ルドリアは大陸北東部を最初の支配地域とし、その後北東部から東海岸部を制圧しつつ南進、リーグ王国を滅ぼした。それ以後、大陸各地に軍勢――魔王によって操られた人々――を派遣して大陸各地を制圧していたが、魔王とはいえ、すべての社会インフラを破壊し尽くしていたわけではない。
むしろ、その治世は人間が行うそれとそう違いがあるわけではなく、いわば人間を『生かさず殺さず』運用していたように思える。
そのため、流通に必要な街道などはそう荒らされることなく維持されていた。
地域によっては、今の支配者が魔王であることに気付いてない人もいたほどである。
魔王バルビッツによって支配されていたアウスリア大陸において、その魔王を打倒してリーグ王国を作ったとされる八百年あまり前。
そのバルビッツによる支配は数百年続いたとされ、人々は常に死の恐怖に怯える生活をしていたと伝えられる。
ただ、これにカイは懐疑的だ。
本当に数百年もの間、簡単に魔王やその配下によって人が殺されるような世界であれば、人はとっくに滅んでいるはずだ。
あるいは生かされていたとしても、その数は大きく減らされ、魔王に抗うことなどできたはずもない。
実際、魔王ルドリアの治世が仮に後数百年続いたとしても、おそらく人々の生活は、相当に窮屈であったとしても滅びに瀕するほどにはならなかったと思える。
無論、ルドリアがまだ本気を出していなかっただけで、人々が死に怯える恐怖政治はこれからだった可能性は否定できないが。
「まあ、死んでしまった以上わかるはずもないが」
魔王と戦った時のことを思い出す。
魔王ルドリアは、見た目だけなら普通の人間のようでもあった。
むしろ非常に美しいと思える女性だった。
とはいえ、巨大な角や翼があるのは人間とは言えないだろう。
何より、人間では到底不可能と思われる――ラングディールすら上回る――魔力は、まさに魔王のそれと言えた。
今でもよく勝てたと思う。
女神イークスに授けられた聖剣がなければ、絶対に勝てなかっただろう。
この世界、基本的に人間種しか知的生命体は存在しない。
少なくともカイの知る範囲では。
ただ『新条司』の記憶によると、こういう魔法のある異世界では妖精族と呼ばれる種族などが定番らしいが――少なくともこのアウスリア大陸にはそんな存在はない。
一応『エルフ』と呼ばれる種族がいるらしいが、カイは見たことがない。
だが魔王は少なくとも、明らかに人間とは異なる存在だと思えた。
それでいて、人間と同等の知能を持つ存在。
その力を考えれば、人間の上位種と言えるような存在と言えるかもしれない。
「そもそも奇妙な世界だしな……」
言語体系がほぼ英語。度量衡が『新条司』の知るメートル法である、だけでは済まない。
彼の記憶で
誰も原理を知らない存在が多数あることだ。
最たるものは、
だいたい街ならどこでもあるのだが、だいたい一畳分程度――人が一人横になれる程度の『新条司』の国独自の数え方らしいが――の大きさの、厚さは十センチ程度の透明な板である。
それに、今日の日付、曜日、そして時刻が常に表示されているのだ。そのため、この世界における時刻は非常に正確であり――そして、『新条司』の知る時刻と全く同じ。
ちなみにカイの住んでいた村にもこの
しかし何度調べても、その原理はカイにすらわからなかった。
分かったのは魔力に依存した仕組みではないことくらいであり、『新条司』の知識でも理解はできない――このような文字を表示する装置の存在自体は彼の知識では珍しくもないらしいが――ものだった。
他にも、カイにとっては生まれた時からそういうモノだと思っていたが、『新条司』の視点で考えると『知識の集積の結果』ではなく、突然結果を与えられたとしか思えないものが数多くある。
単純なところではそもそも文字や数字。これらがこの世界でどのように発達したかは、リーグ王国の大図書館でも記録がなかった。
つまりリーグ王国より前、記録が残されていない魔王バルビッツの時代ですでに存在していたのは確実。
他にも、十字架が聖印だと云われているが――この由来を誰も知らない。
少なくともこの世界にキリスト教――『新条司』の時代で最も信仰されていた宗教の一つで十字架を信仰のシンボルとしていた――は存在しないのに、だ。
ちなみにこの世界で広く信じられていて、実在もしているとされる――姿を表すことはめったにないが――女神イークスのシンボルは十字架ではなく、オリーブの枝である。
そしてもっと奇妙なのが観測すらされていない知識だ。
細菌類などを観測する技術がないのに、なぜかそれらに対抗するための衛生知識が存在し、その概念もある。
この手のものは他にもいくつもあった。
印刷術や製紙技術、金属精製技術等、いずれもいつからあるのかも分からないのに技術だけは継承されているものが多い。
だからこそ最初は、
そしてそのヒントは――
あれは『新条司』の知識を以ってしても、説明がつかない。
だが現実として
となれば、まさしくあれは過去に存在し、今は滅亡した文明の遺産だろう。
その存在を知り、解き明かしたい――。
それが、カイ・バルテスの今の目標だった。
「ま、ホントはもうちょっと国で偉くなって大々的に調査したかったんだが」
旧時代の勢力に疎まれて国政からつまみ出されたのだからそれは仕方ない。
ただ、一人で自由に動けるのも悪くはない。
ルドリア討伐の旅は二年あまりにも及んだが、そのほとんどが移動に費やされ、その移動したのも主に大陸南部から中央部。
なので今回の旅は、ある目的もあって最初に北を目指した。
それがこんな美しい海が見える場所とは、さすがに思っていなかった。
地球のグレートバリアリーフもかくや、というレベルのサンゴ礁が目の前に広がっていたのである。
もっとも『新条司』の記憶でも、グレートバリアリーフというのを直接目で見たことがあるわけではない。ただ、遥か海の彼方まで続いていると思われるそのサンゴ礁は、まさにそれを彷彿とさせた。
ただ、地球のグレートバリアリーフは船でかなり沖合まで行かないと見えなかったのに対して、ここのサンゴ礁は海岸沿いからせいぜい二百メートルという距離にある。
「圧倒的だな……しかしこの街がルドリアの――」
アウスリア大陸北東部随一の都市、ケーズ。
リーグ王国の王都シドニスほどではないが、人口五万人の大都市であり、北東部にかつてあったレンブレス自由都市群でタウビル、マケイといった都市と並ぶ中核都市。
それが――魔王ルドリア誕生の地であった。
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