初恋②
12日の夜。
健二は自分が発したその日を、何度も何度も心の中で繰り返していた。
まじで?
まじで。
嘘じゃない。夢でもない。帆乃は「行こう」と言った。
夏祭りに、一緒に。
帆乃も僕のことが好きなんだ。
健二は文字通り、世界が薔薇色に見えた。急に世界の全てが自分を祝福しているような感覚がしたのだ。つまり調子に乗っていた。
夏休みの部活練習でサッカーボールと共に泥だらけになっても、汗だくになっても、脳裏にはまだ見ぬ夏祭りの情景がよぎってくる。
青い浴衣に赤帯をつけ、髪を結い上げた帆乃が健二を見て、満面の笑顔になる。手を繋いで屋台を練り歩き、たこ焼きを食べて、帆乃はりんご飴を買って、花火の影に照らされた帆乃の顔を、目に焼き付ける——。
見ていないはずなのに、健二の目にはありありと浮かんできた。
ピーッ、とホイッスルの音が鳴って、意識が現実に引き戻される。
近くの高校との合同試合だった。「1−2」で、相手チームが一点リードしている。健二は敵ゴールの近いポジションであるフォワードだった。
「オレはいけるんだ」と柄にもなく思い、軸足をボールの左側にしっかり固定し、ボールの真ん中を右足で強打する。
ボールは空気を切り裂き、低く這うように進む。ゴールキーパーが手を伸ばしたが、指先すれすれを通り抜けて、網に絡め取られる。
「ゴール!!!」
再び耳をつんざくようなホイッスルの音が響く。
ああ、この瞬間を帆乃が見てくれたら。
健二は心の底からそう思った。
結局、「3―4」で試合は負けた。しかし健二の頭の中では、試合には勝利していた。
休憩時間に入り、ベンチの日陰になっているところに座る。
冷凍庫に入れてカチコチにしておいたスポーツドリンクは、半分溶けていた。ペットボトルの霜がついて、冷たい感覚がじんわりと伝わってくる。健二は爽快感を覚えながらスポーツドリンクを体に流し込んでいると、
「最近イキイキしてんな」
隣に修斗が座った。髪の毛を蛇口でビシャビシャにしてきたらしく、水が髪の毛から滴っている。汗臭い匂いがするが、お互い様だろう。
「そうかな?」
「明日か」
修斗はつぶやく。何が、とは聞かなかった。
「まあ、そうだね」
さりげなく返したつもりだったけど、修斗の一声で現れた口のニヤつきは、止めようにも止まらなかった。
明日、12日の夜に、待ちに待った夏祭りがやってくる。
「あーーー!」
突然、あに濁音がついたような声で、修斗は叫んだ。健二は驚いた。
「これで新たなリア充の誕生かあ」
「まだ何も言ってないよ」
「告白するんだろ」
修斗の目の奥がきらりと輝いた。純粋に友達の彼女誕生を祝福してくれる、という目ではなさそうだった。
「するよな?」
健二が言葉を詰まらせていると、なぜか念押ししてくる。その場に帆乃がいるわけじゃないのに、健二は心臓が速くなるのを感じた。
「しないのか?」
「……するよっ」
健二が答えた瞬間、いきなり背中に強い衝撃が走った。
「いってぇ」
背中をバンと叩かれたのだ。急に殴ってくんなよ、と恨めしげに抗議する。
「何すんだよ」
「頑張れよ」
ニカっと笑うと、八重歯が見えた。
ちょっと乱暴だと思ったけど、応援してくれる友達がいるということが、無性に嬉しかった。
「……うん」
健二は深々と、うなずいた。
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