初恋③

 橙色に光る提灯が並び、屋台の強烈なライトが道行く人々の顔を照らす。焼きそば、お好み焼き、かき氷、ヨーヨー、射的、金魚すくい……人ごみをかき分けながら健二は歩く。

 夜だけど、じっとりとした暑さに汗が流れるのを感じた。


 待ち合わせの場所に、帆乃はいた。

 桃色と紅の花柄の浴衣に、赤い帯を占めて、ピンクの緒がついた下駄を履いている。帆乃は手持ち無沙汰ふうに、スマホをいじっている。


 可愛い、と健二は思った。

 それから声を出そうとして、喉がつっかえる。その喉からもう一度、声を出す。


「おまたせっ」


帆乃は健二に気づくと、大きな瞳がキラリと輝いた。すぐに、はにかんだ笑顔になって、


「……ううん、待ってない」


と答えた。それから、


「ね、写メ撮ってもらってもいい?」


お願いポーズで頼んできた。


「近所のおばあちゃんに着付けやってもらったんだけどね、親に見せるの恥ずかしくて。でも写真撮ってこいって言われて、だから……」

「いいよ」


断る理由がない。健二はスマホを受け取る。帆乃のスマホは白いケースに、カラフルな音符マークのシールが貼ってあった。

 カメラをかざす。暗いせいか、うまく映らない。街灯の明かりに引っ張られて、周りが全体的に暗くなっている。


 カメラよりも、自分の目に映った帆乃の方が、美しい。健二はそんなことを思って、自分で絶対口に出したら変だなと思った。

 帆乃は控えめにピースをして、ぎこちなく笑う。それが健二を意識しているのか、後でこの写真を見る家族を意識しているのか、健二にはわからなかった。


「はい、……チーズ」

何度かボタンを押す。

「これでいいかな」

「うん、ありがとう」


 渡すときに、帆乃の柔らかい手が触れた。帆乃はピアノを習っているらしい、と知っていたから、余計に形の整った、白くて細い手に見えた。


 ——ドクッ。

 心臓の音が急に大きくなる。健二は顔に出さないようにしよう、と心に決めた。


 帆乃はスマホを巾着袋にしまう。それを見届けると、


「行こっか」


健二は未だにドキドキしている気持ちを抑えながら言った。


「うん」


二人は歩き出した。履き慣れていない下駄でゆっくり歩く帆乃の歩調に合わせる。


「お腹、すいてる?」

「……少しだけ」


帆乃はそう答えた。


「何食べる?」

「山下くんが選んでくれるなら、なんでもいい」

「じゃあ、焼きそばとフランクフルト、どっちがいい?」

「……フランクフルト」

「じゃ、そこに行こう」


 屋台にはどこも人が並んでいる。

 人の波に押されそうになり、健二は先頭に立って歩こうとすると、突然、腕がつかまれた。


「……!」


帆乃がギュッと健二の手首をつかんでいる。はぐれないように。

 人ごみの中にいるのに、ずっとこのままでいたい、なんて健二は思ってしまった。

 手首を動かして、帆乃の細くて柔らかい手をしっかりと掴む。


 フランクフルトの列に近づくと、


「あっ」


帆乃が声を漏らした。


「どうしたの」

「吉田さん……」

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