花火が上がる、その時に
武内ゆり
初恋①
山下健二(やました けんじ)は遠藤帆乃(えんどう ほの)と、中学一年生の時に知り合った。クラスは同じだった。帆乃は明るくハキハキとした陽キャではないけど、一つ一つの行動に気持ちがこもっていて、優しくて可愛い、そんな女の子だった。
朝、廊下ですれ違った時に、
「おはよ」
帆乃は朝から可愛らしい笑顔で挨拶する。別に健二にだけじゃない。入学時にクラスの先生が言っていた、「廊下で先生や生徒にすれ違ったときは挨拶をしましょう」という呼びかけを、几帳面に守っているのだ。
だから僕だけが特別ってわけじゃない。
健二はそう自分に言い聞かせながらも、
「お、おはよう」
帆乃の花のような笑顔を見て、ぎこちなく返す。本当はもっといい感じに反応したいのに、挙動不審気味になってしまう。
帆乃が通り過ぎていく。後ろ姿を、健二はさりげなく見てしまう。
いつからなのか、わからない。でも、いつの間にか、好きになっていた。
彼女の一つ一つの行動が気になって、目を逸らしても、いつの間にか見てしまう。
そうしたら帆乃に顔を合わせるのが怖くなった。バレるのが怖かった。
声をかけたら「キモい」とか言われて嫌われるんじゃないかという妄想や、自分が溶岩のように真っ赤になって、何かヤバいことが起こるんじゃないかという変な妄想に取り憑かれて、うまく、話せない。
だから挨拶だけは、ちゃんと返すようにしていた。
ある日、友人の修斗が、健二の耳に吹き込んだ。
「遠藤さん、脈、あるかもよ?」
「え」
「お前のこと見てた」
ニヤニヤと修斗は笑っている。遠藤さんは、学年に二人もいない。
つまり……そういうことだった。
健二は信じられなかった。
両思い? 僕のことを好きだと思ってくれている?
いや、友人のデマかもしれない……でも、そうだと信じたい。僕が帆乃を好きなように、帆乃も僕のことを好きなんじゃないか。
「それ、本当?」
「好きなんだろ」
修斗は相変わらず企んでいるような笑い顔を浮かべる。後から振り返ってみると、あの表情は、二人をくっつけようと画策していたのかもしれない。
でも健二はその「かもしれない可能性」で、頭がいっぱいになっていた。咄嗟に首を振り、否定する。
「違う……いや。いや、やっぱ違う」
「どっちだよ」
「絶対誰にも言うなよ」
健二は修斗を睨みつけた。それが答えだった。
帆乃は本当に僕のことが好きなんだろうか。
それからというもの、そのことだけが毎日気になった。
だってもし僕のことが嫌いだったり、どうでもいいと思っていたら、キモいとかヤな奴だと思われるんじゃないか……。
でも、もし好きだったら……。
同じことをぐるぐると考え続ける。
そして夏休みに入る前、僕はついに、彼女に伝えた。昼休みの、誰もいない教室だった。
帆乃は学生鞄から、何か、物を探していた。
「あ、あの……」
最初の声は届かなかった。
「遠藤さん」
健二の声が、変に裏返る。緊張したダメだ。緊張しちゃダメなんだと思えば思うほど、体が熱くなってくる。
名前を呼ぶと、帆乃は手を止めて健二を見た。黒い瞳の奥に健二一人だけが映っている。
「あの、もしよかったら、で、でも、イヤだったら断ってくれてもいいんだけど、でももし行ってくれるなら……」
早口でそこまで言って、健二は自分で馬鹿らしさを感じた。今さら何を躊躇しているんだ、と自分を励まして続きを言い切る。
「8月の夏祭り、い、一緒に行きませんか」
帆乃はまず、戸惑ったように視線を逸らし、うつむいた。それから頬がほんのりと染まり、人差し指で耳の横を弱々しく掻いた。やっぱり困っている。困らせてしまった。僕が変なことを言ってしまったから——言わなきゃよかった。健二が後悔して、「やっぱ……」と言いかけた時、彼女の唇が震えた。
「いつだっけ」
「えっと……」
「お祭り、何日だっけ」
健二はその言葉を聞いて、弾かれたように答える。
「12日、の夜に」
「……行く」
帆乃はもう一度言い直した。
「行こう」
その時の、喜びと恥ずかしさが混じり合った帆乃の表情を、健二は忘れられない。
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