第60話 今はどうだ?

 これからの人生について考える時間になったのだと思う。

 親友2人のいない人生について考えなければならない時が来たのだ。 

 

 でもまぁ……それは少し後回し。今はねこ先輩との会話を楽しもう。


「1つだけ質問がある」

「なんでしょう?」

「真実を知って、キミは後悔したか?」


 オンライン会議殺人事件の犯人が、親友である恭子きょうこだと知って。


 ハッキリ言って……


「……はい」とても後悔した。「どんな真実でも受け入れると言っておいて情けないですけど……すごく後悔しました」


 犯人が恭子きょうこだと知ってショックだった。恭子きょうこの狙いが私だったと知って、頭が真っ白になった。


「ならば……今はどうだ? 今も、後悔しているか?」


 それは私がねこ先輩にした質問と同じだった。


 ねこ先輩は自分の過去を調べて……後悔したと言っていた。今もなお、後悔していると言っていた。


 私は……どうだろう。この事件の真実をねこ先輩に暴いてもらって……事実を知って、今の私はどう思っているだろう。


 その答えは、すぐに出た。


「後悔してます。真実なんて知らなければよかったって……今でも思います」


 何も知らないで生活していればよかった。


 もしかしたら恭子きょうこは警察から逃げ切って、世の中はオンライン会議の恐怖に怯えることになって……私は恭子きょうこと今でも楽しくお話している未来だってあったかもしれない。


 恭子きょうこが犯人であるなんて思いもせず、犯人の姿に怯えていたかもしれない。美築みつきを殺した犯人を恨み続けていたかもしれない。


 私の父親の所業なんて知りたくなかった。父は良い人だったのだと幻想を抱き続ければよかった。恭子きょうこの母親を自殺に追い込んだのが私の父親だったなんて、考えたくもなかった。 


 知らなくて良いことは、この世にはたくさんある。私は……それを知ってしまった。


 だけれど……


「でも……1つだけ後悔してないこともありますよ」

「なんだ?」

ねこ先輩と出会えたことです」

「そういう勘違いさせる言葉は本命相手に取っておくんだな」


 じゃあこの場で使って問題なかったわけだ。


 ともあれ……


 私はこの事件で多くのものを失った。


 草薙くさなぎ美築みつきかがみ恭子きょうこ。彼女たちとは、もう二度と会えないだろう。もう元の関係には戻れないだろう。

 父への幻想も失った。私の父は優しくてカッコいい人だったのだと勝手に思っていたけれど、それは幻想だった。


 時間も失った。自信も失った。ねこ先輩と出会えたことは素晴らしいことだったが、それでもなお失ったもののほうが大きいだろう。


 いつか乗り越えられる、なんて思わない。乗り越えなくてもいい。私はこの気持ちを一生背負って生きていくのだ。


 これからも、私はずっと後悔していくだろう。今回のことも、これまでのことも、これからのことも……悩んで迷って失敗して、後悔を続けるだろう。


 でも、それで良いんだと思う。後悔し続ける人生というのも、悪くないのだと思う。


 その後悔で誰かに共感してあげられるのなら、悪くない話だ。ねこ先輩のように、誰かに共感してあげることができたのなら、それは成長したと言って良いのだろう。


 いつか私も誰かに共感して、成長しなければならない。


 後悔した人に共感してあげられるのは、後悔した人しかいないのだから。

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黒猫先輩とオンライン会議殺人事件 嬉野K @orange-peel

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