第59話 大切な友人

 送信者は……ねこ先輩だった。


【これから昼食なんだが、暇だ。話し相手になれ】


 あの事件以降……稀にねこ先輩が食事に誘ってくれるようになった。


 それは明らかに……やせ細っていく私に気を使ってのことだ。実際にねこ先輩との食事がなければ、すでに私は死んでいたかもしれない。


 彼からの命令なら仕方がない。ねこ先輩が話し相手がほしいというのなら従う。そう思えるから。


【場所は風光明媚。出かける前に水分補給は忘れるなよ】


 ……水分補給……

 そういえばこの間の食事の時、ねこ先輩がスポーツドリンクを買い込んでくれたのだった。飲むのを忘れていたが……忠告の通り水分補給してから行こう。


 適当に服を着替えて水分補給をしてから、私は待ち合わせの場所に向かう。


 風光明媚という名前の喫茶店である。ねこ先輩が好きな場所で、待ち合わせといえばここになっていた。


 私の家の近くに、こんな喫茶店があるなんて知らなかった。もう少し早く知っていれば……恭子きょうこ美築みつきとも来れたのに。


「いらっしゃいませ」風光明媚の扉を開けると、いつもの美人店員さんが接客してくれた。「何名様でしょうか?」

「あ……待ち合わせ、で……」

「承知しました」


 店員さんは頭を下げて店内に誘導してくれた。なんだかそんな所作すらも美しい。背も高いし……カッコいい。バスケとかやってそう。


 さて店内でねこ先輩を探して、声をかける。


「おまたせしました」

「いや。こちらこそ突然呼び出して悪いね」なんかねこ先輩を見ると安心する。彼のメンタルが安定しているからだと思う。「なにか頼むかい?」

「……えっと……じゃあ、オレンジジュースを」

「食べ物は?」

「……」食欲が無いと言ったら、無理矢理にでも食べろと言われるのだろうな。「じゃあ……オムライスをお願いします」


 というわけでオムライスを2つ、そしてオレンジジュースとコーヒーを注文した。風光明媚のオムライスは美味しいと評判なので、楽しみである。


 さてせっかく話し相手として呼ばれたので、話題を振ってみる。


「学校……いつ再開しますかね」


 オンライン会議殺人事件。

 教師1人と学生1人が犠牲になり……そしてその犯人が学生だった。


 そんな事件があって、さすがの大学も全面立入禁止になってしまった。オンライン授業すらもままならず、完全に大学は沈黙していた。


「夏季休暇明けになるんじゃないか。その後はオンラインやら集中講義やら補講やらで帳尻を合わせることになるだろう」なるほど……ちょっと長い夏休みみたいなものか。「講義内容で不明点があれば僕に聞けばいい。どうせ暇だからな。大抵のことは答えられるだろう」

「え……?」ねこ先輩に聞く……? 「……いいんですか?」

「ああ。今やキミも僕の大切な友人の1人だ。好きなときに頼ればいい」


 ……大切な友人って……サラッと言うものだな……私はそういうのが苦手だから羨ましい。


 ……さて話題がない。話題要因として呼ばれているのだから、盛り上げないと……


 とはいえ……私たちの間に共通の話題なんて、事件のことしかないわけで。


恭子きょうこの判決……どうなりますかね……」


 自首した以上裁判にかけられる。そして罪状が告げられる。


「……今さら取り繕っても意味がないだろうから、正直に言うぞ。彼女は2人殺している。動機については情状酌量の余地があるとはいえ……最悪の場合も覚悟したほうがいい」


 最悪の場合……

 二度と恭子きょうこと会えなくなる場合。


 恭子きょうこは……その判決も受け入れるだろうな。そうなれば……美築みつきに怒られたらいい。美築みつきなら、きっと許してくれる。


「……やっぱり……先輩に協力してもらってよかったです」

「……そうか? 他の探偵に依頼したほうが、効率が良かったと思うけれどね」

「効率はわかりませんけど……こうやって事件後のケアとかは、なかったと思いますよ」

「ケアをしているつもりはないね。暇だったから話し相手として呼び出しただけだ」

「……じゃあ、そういうことにしておきます」


 素直じゃないんだから……ねこ先輩がわざわざ私のこと呼び出すなんて、私の体調に気を使ってくれている以外ありえないだろうに。


 ねこ先輩のおかげで、私は現実を受け入れ始めている。美築みつき恭子きょうこがいない生活に、なんとか順応し始めている。


 私1人だったら絶望していたと思う。受け入れられなかったと思う。そもそも事件の真相に行き着けなくて、絶望していたと思う。


 さて……


 これから、どうしようかな。

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