第52話 許せなかったからですよ

 オンライン会議殺人事件。


 尸位しい先生殺害に始まり、ついには私の親友である美築みつきまで殺されてしまった。


 まさか、こんなことになるなんて。尸位しい先生が殺された当初は想像すらしていなかった。


 最悪の展開に最悪の結末。それがこのオンライン会議殺人事件の終着駅。


 私は1度自宅に戻って必要なものをカバンに入れ込む。そして待ち合わせの場所……301号室に向かった。


 そこはいつも講義を受けていた教室。そして……美築みつきが殺された教室。私にとってはトラウマの教室。


 大きくて広くて、生徒を多く集めるときは大抵301号室に集まることになる。そんな教室。


 すでに講義時間を終えた教室には誰もいない。私は301号室の扉を開けて電気をつける。


 教室の中を見回すが、呼び出した人物の姿は見えない。もしかして逃げられたかな、と思っていると、


「お待たせしました」聞き慣れた声が聞こえてきた。「たまちゃんから呼び出しは珍しいですね」


 振り返ると、そこにはいつも通りの笑顔を携えたかがみ恭子きょうこがいた。


 こうして見ていると、彼女が犯人などとは思えない。2人の人間を殺した殺人鬼が、こうも穏やかに笑えるものだろうか。


「勉強会のお誘いですか?」とぼけているのか、恭子きょうこはそんな事を言う。「いったいなんの科目で――」

恭子きょうこ」私は恭子きょうこ話を遮って、「私たち、ずっと友達だって誓ったよね」

「……そう、ですね」

「……いつも恭子きょうこは私に優しくしてくれたよね。いろいろ教えてもらって、恭子きょうこがいなかったら、今の私はないと言い切れるよ」


 オンライン授業にも対応できなかっただろう。落としている単位も多かっただろう。もしかしたら……悲観して大学をやめていた未来だってあるかもしれない。


 そんな私を支えてくれた親友。


「その親友にしてあげられることがないかな、って考えたの」

「……なにもしてもらわなくても……」

恭子きょうこがやったんだよね?」できる限り優しい声音を心がけて、「尸位しい先生と美築みつきは……恭子きょうこが殺したんだよね」


 恭子きょうこは目をそらさない。笑うでもなく怒るでもなく……ただ私を見つめていた。

 恭子きょうこが何も言わないので、私が続ける。


「目的は復讐。20年前に自殺に追い込まれたかがみ景子けいこさんは、恭子きょうこのお母さんなんだよね」間が怖くて早口になってしまう。「景子けいこさんを自殺に追い込んだ人に、復讐してるんだよね」


 オンライン会議殺人事件と銘打たれた事件において殺された人たち。


「1人は尸位しい先生」景子けいこさんを自殺に追い込んだ張本人。「そこまではわかるの。景子けいこさんを追い込んだのは尸位しい先生本人だから」


 尸位しい先生の罪が尸位しい先生を殺しただけ。それだけの話。


 だけれど……


「でも……美築みつきは違うよね。景子けいこさんを追い込んだ本人じゃないよね……」


 それはおそらく美築みつきの父親。だって約20年前に美築みつきはまだ生まれてすらいない。生まれていたとしても赤ん坊だ。


「それでも美築みつきを殺したのは、どうして?」


 しばらく私たちは無言で見つめ合った。恭子きょうこが否定しない時点で、もう認めているようなものだった。


 しばらくして、


「あの人たちの血がこの世に残っているのが、許せなかったからですよ」気温が少し下がった気がした。「美築みつきの父親が私の母を自殺に追いやった、というところまでたまちゃんは知ってるんですよね」

「……うん。詳しくは知らないけれど」

「詳しい説明は避けますよ。でも、私は生まれたときから親がいなかった。その理由を探し回っているうちに、母が数人の男に襲われて……そのまま自殺したという情報に行き着きました」


 私たちよりも圧倒的に前に、恭子きょうこはそのことを知っていた。当然だろう。だって、当事者なのだから。


 私は深呼吸をしてから、


「その人たちの子供であっても許すことができない。だから復讐した、ってことだよね?」

「はい」認めてほしくなかったな……「私の母を殺したやつの子供がのうのうと生きているのが、許せなかったんですよ。私はあんなにも、苦しんだのに」


 ……苦しんだ。


 恭子きょうこがどう苦しんだのかなんて知らない。だけれど……親のいない子供が成長するのがつらいというのは想像できる。


 想像できるだけで、共感してあげられるわけじゃないけれど。


 ともあれ、私は続ける。


「復讐の相手は、3人いたんだよね」まだ恭子きょうこの復讐は、終わっていない。「1人は尸位しい先生。そしてもう1人は美築みつき……それから……」


 少し考えれば、わかることだった。


 恭子きょうこ美築みつきと友達になった理由は、美築みつきを殺すため。

 ……


 そして……


 恭子きょうこには1はずだ。


「私、だよね」


 恭子きょうこの最後の復讐相手は、私。

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