第46話 キングオブノット

 警察官を図書館前に放っておいて、ねこ先輩は図書館に入った。

 私もそれに続いて図書館に足を踏み入れる。


 暑い屋外から一気に冷房の効いた室内に入って、一瞬寒気がした。汗もかいていたので、ちょっと寒い。上着でも持ってくればよかった。


 館内を歩きながら、


「もやい結びって、なんですか?」

「結び方の1つだよ。キングオブノットとも呼ばれるものだ。本来は船を陸につなぐための結び方だが、その強度と汎用性の高さから一般にも普及している」


 ノットってなんだろう……と思っていると、ねこ先輩が説明してくれた。


「ノットは結びという意味だ。数ある結びの中でも王様と呼ばれるほどの性能を持っている。高い強度を持っているが、解こうと思えば簡単に解ける」


 そんな便利な結び方があるのか……どんな原理なのかは知らんが、とにかくすごそうだ。

 

 しかし……

 

「そのもやい結びが、どうしたんですか?」

尸位しい先生殺害時に使われたロープはもやい結びが使われていた」さっき警察官から仕入れた情報だ。「キミは気づいていなかっただろうが……301号室の事件のときのロープも、もやい結びだったんだ」

「そうなんですか?」


 ……全然気が付かなかった。あのときは美築みつきを助けようとして頭がいっぱいだったから……

 

 ……そういえば余談だけれど……ねこ先輩は毎回、美築みつきの事件のことを301と呼ぶよな。

 私に気を使ってくれているんだろうな。美築みつきの事件に関してはセンシティブなワードを使わないようにしてくれているようだ。ありがたい配慮である。


「2つの事件は同じもやい結びが使われていた。はっきり言って首吊りに適した結び方だとは思わないが……だからこそ、犯人のクセだったと考えることができる」


 ……だからこそ、同一犯である可能性が高い。


「クセ……」恭子きょうこの、クセ。「……恭子きょうこにそんなクセがあったなんて、知りませんでした……」


 親友だったのに……そんな事も知らなかった。


 思えば私は恭子きょうこのことを何も知らない。彼女の好きなものも嫌いなものもクセも、何も知らない。


「出会ってすぐにオンライン授業になったようだからな。知らなくても無理はない」直接会うことは稀だった。「今回の感染症騒動でオンライン化は進んだが……一概に良いことだったとは言えないな」

「……悪いことのほうが、多いと思いますか?」

「僕は良いことのほうが多かったと思っているが、逆のことを思っている人もいるだろう」デメリットのほうが大きかったと考える人もいる。「実際にオンライン化の波についていけず苦労した人もいるだろう。同時に……オンラインによって大きな恩恵を受けた者もいる。僕のように」

 

 ……先輩はパソコンの類が得意そうだから、オンライン化にも対応できたのだろう。そしてむしろ、オンラインのほうが性に合っていたのかもしれない。


 私は……どうだろう。そりゃ初期設定こそ苦労したけれど、気がつけば苦労なくオンラインに対応していた。だけれどそれは、親友2人に助けられたから実現できたことで……


 もしも美築みつき恭子きょうこがいなかったら私は、どうなっていたのだろう。ずっとオンラインに怯えていただろうか。それとも、1人でも対応できただろうか。


 ……もしかしたらねこ先輩に助けてもらっていたかも……? 


 そうなっていたかもしれない。この事件が起こっていなくても……私はねこ先輩と知り合う運命にあった気がする。


 なんにせよオンライン化がもたらしたメリット、デメリットは計り知れない。でもそれが進化というものだと思う。


 オンラインになったからこそねこ先輩と出会えたと考えるなら……悪くなかったかもしれない。まぁ、オンラインになっていなくても出会っていたかもしれないけれど。


 ……


 そうだよな。今回の事件の中で唯一良いことがあったとするならば、それはねこ先輩と出会えたことだ。本当に、それだけ。


 私は親友を1人失った。


 そしてこれから……もう1人の親友を失うことになる。

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