第45話 今ここで

 翌日、私は図書館に来ていた。


 電車を乗り継いでたどり着いた大きな図書館。私の住んでいる地域では最大の図書館だろう。近くに市役所があって何度か訪れたことがあるが、いつも圧倒される大きさだった。


 もう6月。まだ6月。照りつける日差しを見上げながら、これから訪れる7月8月を思い憂鬱になる。これ以上暑くなるなんて毎回想像できないが、毎年なんだかんだ乗り切っている。


 今年も暑い暑い言いながら、結局は夏が終わる。そうなれば今度は寒いと言い出して……また暑くなる。


 最近、1年が短いと感じる。子供の頃はあんなにも長いと思っていたのに……


「やぁ、またせたね」待ち合わせの3分前に、ねこ先輩が現れた。「暑かっただろう。中に入ってくれていて良かったのに」

「え……? ああ……」そういえば図書館に入れば冷房が私を待っていただろうな。「私も今さっき来たところなんで……」

「その汗で?」ねこ先輩はカバンからスポーツドリンクを取り出して、「まだ6月だが、水分補給は怠るなよ」

「……ありがとうございます……」


 ねこ先輩……結構健康に気を使っているんだな。よく眠るしちゃんと食べるし……

 勝手に夜行性の生活習慣が悪い人だと思っていた。私も人を見た目で判断していたということか。次から気をつけよう。


「さて、これから犯人の動機を探すわけだが」そのために図書館に来たのだけれど……「キミ、つけられたな」

「へ……?」まったく想定していなかった言葉だった。「……つ、つける……? 私を、ですか? 誰が……」


 一瞬恭子きょうこかと思って背筋が凍った。だけれど違うらしい。


 ねこ先輩は少し離れたベンチに座る人に向かって、


「大変なお仕事ですね。なんの罪もない人間をつけ回すことに意味は感じませんが」


 ねこ先輩が声をかけたのは、屈強そうな男性二人組だった。帽子を目深に被って……


 というかあの2人、どこかで見たことがあるような……


 男性2人は一瞬動揺したような素振りを見せたが、すぐにスマホを取り出して知らんぷり。


「ちょうどよかった」ねこ先輩は構わず彼らに近づいて、「少し聞きたいことがありましてね」

「……」男性は観念したように顔を上げて、「……なんだ……?」


 ……この2人……度々私に絡んでくる警察官二人組だ。家まで来て聞き取り、そして学校の保健室で現れた警察官もこの2人だった。


 そして今度は私の尾行をしていた……どんだけ私を疑ってるんだよ。


尸位しい教員は首吊りだと聞いていますが、そのロープの結び方を知っていますか?」

「……知るわけねぇだろ……」知ってる顔だ。「そもそも、一般人には教えられねぇよ」

「そうですか。じゃあ答えを教えてあげましょう。あれはと言います」


 ……

 もやい結びってなんだろう……スマホで調べようか、なんて思っていると……


「……」警察官がため息をついて、「どこで知った?」

「今ここで」言った瞬間、ねこ先輩は図書館に向けて歩き始めた。「聞きたいことはそれだけです。ありがとうございました」

「な……!」まんまと情報を引き出された警察官が、「ちょ、ちょっと待て……!」

「なんですか? もうこっちに用はないですけど」


 警察官としてもねこ先輩に用はない。怒りはあるだろうけど。


 ねこ先輩は容疑者じゃない。だから警察官といえども強くは出れない。いや……容疑者にもそこまで強く出て良いとは思わないけれど。


 ともあれねこ先輩……あっさりと必要な情報を警察官たちから引き出してしまった。


 ねこ先輩が優秀だったのか、この警察官たちが一部のアホなのか……どっちなんだろう。

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