第44話 これ以上

 おそらく……犯人はかがみ恭子きょうこである。


 証拠固めはこれからになるけれど、ほぼ間違いないだろう。殺害可能な時刻に研究室近くにいて、かつ美築みつきのときも殺害現場の近くにいた。

 犯行可能なのは、恭子きょうこだけなのだ。


 とはいえ……それも2つの事件が同一犯だと確定した瞬間に成立する推理だ。


「そういえば先輩……どうして2つの事件が同一犯だって気づいたんですか?」

『……? まだそれはわかってないぞ?』

「えぇ……?」なんだそりゃ……「……同一犯が確定したから、捜査をやめるとか言い出したんじゃないんですか……?」

『正確に言うなら、同一犯かどうかを確定させる方法を思いついた、ということだ』


 ……なるほど……


 ……


 じゃあ同一犯じゃなかった場合……恭子きょうこに冤罪をかけている可能性もあるってことだな。その場合は謝ろう。


『それと、迷っていたということもある』

「……迷う?」

『ああ。捜査を打ち切るべきか、このまま続けるべきか……本気で迷っていた』……真剣に私のことを考えてくれたんだろうな。『キミはどんな真実も受け入れると言っていたからな。このまま捜査を続けるべきかとも思っていたんだが……迷った末に中途半端なタイミングでの決断になってしまったな。すまない』


 ……だから講義動画を見終わって突然、捜査をやめるとか言い始めたのか……


「……やけに中途半端なタイミングだとは思ってましたけど……」

『ああ。それと……もう1つ理由がある』重大な理由なのだろうか。『眠くなってきたからな。本気で捜査をやめようかとも思った』

「えぇ……」……そんな理由……? そんな理由で? 「……本気ですか……?」

『本気だ。一応言っておくが僕の睡眠を邪魔するやつは誰であろうと許さん』……なんか睡眠に関して並々ならぬ力を入れているんだな……『睡眠時間を削ってまで作業するのは美徳ではないぞ。事柄が睡眠の邪魔になっていると判断したら、即座に切り捨てるべきだ』


 ……事件の捜査が睡眠の邪魔になったと判断されたら、即座に切り捨てられるわけだ……


 ……ねこ先輩の睡眠だけは邪魔しないようにしよう。


 それはさておき……


「なんか……ちょっと意外でした」

『意外?』

「……夜行性なのかなって……」

『……名前に引っ張られすぎだ』くろねこ先輩。『ともあれ……睡眠時間は大切だぞ。キミもしっかりと眠るようにな。しっかりと食べてしっかりと眠る。それが重要だ』

「……はい……」


 食べて眠る。それが重要。


 私もそう思う。最悪その2つさえしっかりしていれば生きていける。


 どんなに苦しくても、どんなに心が落ち込んでも、食べて眠っていればいつか乗り越えられる……と思う。そう思いたい。


「そういえば気になっていたんですけど……」

『なんだ?』

恭子きょうこの件、警察には言うんですか?」


 恭子きょうこが犯人だと警察に伝えるのか。


『それはキミに任せよう。僕としては、どちらでも良い』

「どちらでもって……通報してもしなくても、どっちでも良いってことですか?」

『ああ。そもそも僕の推理には証拠なんてない。だが、警察もすでにかがみさんのことは疑っているだろうからな』やっぱり恭子きょうこ……疑われてるよね。『日本の警察は有能だ。一部アホが混じっているだけで、組織としては非常に頼りになることが多い』


 だろうな。私を調査しに来た人たちがたまたま態度が悪かっただけ。全部の警察官が態度悪いってことじゃない。

 ねこ先輩のお母さんは警察官だというが……まぁねこ先輩が憧れるに足る存在なのだろう。


『ともあれ僕は犯人の逮捕には、あまり興味がないよ。もしも証拠が見つかったとしても、もしもかがみさんが反抗を認めたとしても、通報するかはキミに任せる』

「……いいんですか? もしかしたら、見逃しちゃうかもしれませんよ」


 恭子きょうこの反抗を見て見ぬフリして、犯罪の片棒をかつぐかもしれない。


『それでも良いさ。それでキミが納得できるのならな』


 ……


 納得。私が納得。


 どうなのだろう。恭子きょうこを警察に突き出して、それで私は納得できるのだろうか。それとも、見逃したほうが納得できるのだろうか。


 わからない。わかるはずもない。通報して罪を償ってもらう、なんて言葉で言うのは簡単だけれど……


『ここで捜査をやめるのも、1つの選択だ』

「……やめませんよ」決着は私がつける。「……もうこれ以上ショックなことなんて、ないはずですからね」


 あとは突き進むだけ。最後まで突き進むだけ。


 この物語の結末がどんなものになるのかは不明だけれど……とにかく今が最終局面。


 待っててね恭子きょうこ


 私が終わらせてあげるから。

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