第43話 引導を渡す

「……先輩……」私は言う。「先輩は本当の両親と会って、後悔したんですか?」

『……ああ……会わなければよかったと、本気で思った』

「じゃあ……今も後悔してますか?」


 当時は最悪だと思ったとしても、今は……


 そう思ったが、


『愚問だな。今でも、知らなければよかったと思っているよ』完全に受け入れられているわけでは、ないようだ。『真実を知って……それを乗り越えられるとでも言うのか? くだらないな……真実を知って受け入れられるのなら、真実を知らないことも受け入れられる。両親のことを調べないという決断をした僕がどこかにいるのなら、そっちの僕のほうが幸せだろうと思うよ』


 ……

 

 ちょっと、想定外の返答だったな……

 まぁ、そりゃそうだよね。そんな衝撃の事実、なかなか受け入れられないよね。いくらなんでも限度があるよね。


 ……せっかくシリアスな空気だったのに……ちょっとギャグになってしまった。


「後悔しても、いいんです。というより……もう手遅れですよ」

『……なんの話だ?』

恭子きょうこなんですよね」できる限り、軽く告げたつもりだった。真剣に言うと泣いてしまいそうだったから。「尸位しい先生と美築みつきを殺したのは……かがみ恭子きょうこ、だと思います」


 恭子きょうこは……尸位しい先生殺害の少し前から自宅のネット回線の調子が悪いと言っていた。

 そして事件当日、大学でオンライン授業を受けていた。


 おそらく……美築みつき殺害のときにもいたのだろう。


 ねこ先輩は……それをすでに調べていたのだろう。

 どんな調査をしたのかは知らない。だけれど……恭子きょうこが犯人である可能性が高くなった。


 だから……だから調査をやめると言い始めた。私をこれ以上傷つけないために。


 親友である美築みつきを亡くして……さらにその犯人がもう1人の親友である恭子きょうこだった。


 そんな事実……私が受け入れられるとは思えない。


 だけれど……


「なんとなく……気づいてました。恭子きょうこが2つの事件……その両方の日に学校にいたことは知っていましたから……」


 恭子きょうこが容疑者の1人であることはわかっていた。


 だけれど、知らないフリをしていた。そんなわけがないと思いこんで逃げていた。私の親友を殺したのが、私の親友な訳がないと自分に言い聞かせていた。


 証拠なんてないけれど……ねこ先輩が私に隠そうとする真実なんてそれくらいだ。それ以外ありえない。


「大丈夫、です……」泣かないと決めていたのに、涙が溢れてきた。「その真実も……受け入れます」


 私は親友を2人同時に失うことになる。


 そんな最悪の事態も私は受け入れる。受け入れるしか、ない。


 長くて思い沈黙だった。


 窓の外から子供の泣き声が聞こえてくる。車のエンジン音がうるさい。自分の心音が聞こえるくらい、異常にいろんなものの音が聞き取れた。


 後悔で心が壊れそうだった。真実を知ってしまった後悔ではない。


 どうして止められなかったのか。どうして……恭子きょうこを殺人犯にしてしまったのか。どうして美築みつきを助けられなかったのか。そんな後悔が私の胸を締め付けていた。


『正直に言うと』ゆっくりと、ねこ先輩が話し始めた。『尸位しい先生殺害の日……10時から11時9分の間にかがみ恭子きょうこさんが目撃されていた。他に目撃されたのはその他の教員だけだ』


 恭子きょうこと他の先生方が目撃されていた。


 それだけなら他の先生が犯人である可能性もあるだろう。


 だけれど……


『今度は草薙くさなぎさん殺害事件の日だ。そこでかがみ恭子きょうこさんは301号室の周辺で目撃されている。だが……そんな時間に301号室の周辺でフラフラしている教員は目撃されていない』


 朝早くから大学に来るのは、用があるからだ。だから先生方は研究室にいることが多い。


 301号室周辺でうろつく理由は簡単だ。恭子きょうこが……犯人だからだ。だから現場周辺にいたのだ。


『その時点でかがみ恭子きょうこという人間が犯人だろうとは思っていたが……』小さくため息が聞こえてきた。『それが、キミの親友だとは思っていなかったよ』


 ……そりゃそうだろうな。わかるわけがない。いくらねこ先輩だって推理できるわけがない。


 ねこ先輩は続ける。


『今日の昼食のときに驚いたよ。僕が犯人だと疑っている相手とキミが食事をすると言い出すんだからな』

「……その割には冷静に見えましたけどね」

『当然だろう。あそこでアタフタしたら、僕がかがみさんを疑っているのがバレバレじゃないか』


 そりゃそうだ。


 つまりねこ先輩は……あのときはかなり慌てていたんだな。まったく気が付かなかった。


『……少し意外だな』

「なにが、ですか?」

『もっと、動揺すると思っていたよ』

「動揺はしてますよ」泣いたし。なんなら今も泣いてるし。「でも……逆に覚悟ができました」

『……覚悟……?』

「はい」私が恭子きょうこにしてあげられる最後のこと。「……私が恭子きょうこのことを止めます。警察より早く……恭子きょうこに引導を渡す」 


 彼女と友達じゃなくなってしまっても、構わない。


 彼女に嫌われてもいい。それでも……それでも恭子きょうこをこのまま放っておく訳にはいかないのだ。


 親友として恭子きょうこを止める。


 それが私にできる……唯一の償いだ。

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