第42話 真実なんて知らなければよかった

 ねこ先輩の、昔話。


『僕は生まれてからずっと、1人の女性に育ててもらっていた。職業は警察官で……変人で奇人でおかしな人間だった』


 ねこ先輩に変人だとか言わせるレベルの人なのか……たぶんねこ先輩は、その人の影響を色濃く受けているんだろうな。


『僕はずっと、その人が自分の母親だと思っていた。父親はいなかったが……まぁシングルマザーなんてよく聞く話だ』


 シングルマザーか……


 私も1人の父親に育ててもらっていた。同じような境遇だったのかもしれない。


『そして成長して……とある手続きが必要になったときだ。僕は自分の……血のつながった両親がいることを知った。そしてその人は……僕を育ててくれた人じゃなかった』


 ずっと自分の母親だと思っていた人と血がつながってなかった。


 それを知ったときは、いくらねこ先輩でもショックだっただろう。


『問い詰めたら、言ってくれたよ。捨て子だった僕を拾って育ててくれたのが、その人だった。だから今の母さんとは、血はつながっていない』


 血以上のなにかがつながっているのだろうけれど。


『まぁ捨て子なのは受け入れた。今の母さんに出会えた幸運にも感謝した』よっぽど慕っているんだな。『だが当時の僕は、そこで満足できなかった』


 ……

 

 私も満足できないと思う。

 

 自分と血のつながった両親がこの世に存在する。


 それを知ってしまったら……


『僕は血縁上の両親を探した。今の母さんには内緒でね』


 ねこ先輩なら見つけられるだろうな。その行動力と頭脳がある。


『しばらく時間をかけて、見つけたよ。血縁上の父親は、すでに死んでた。酒浸りになって体を壊して……路上で野垂れ死んでいたらしい』


 ……


 路上で……


 ならば、母親は?


『血縁上の母親も、まもなく見つかった』ねこ先輩は自嘲気味に笑う。『刑務所にいた。強盗やらなんやら……いろんな罪があったみたいだ』


 父親は死に、さらに母親は刑務所。


 それは少年時代のねこ先輩の心に、大きなキズを残したのだろう。


『それでも僕は血縁上の母親に会いたかった。面会の約束を取り付けて……ついに血縁上の母と対面した』


 その時のねこ先輩の気持ちは、どんなものだったのだろう。


 優しい言葉を期待しただろうか。忘れられていると思っただろうか。怒られると思っただろうか。泣いてくれると思っただろうか。


 少なくとも……穏やかな面会ではなかったのだろう。


『開口一番に言われたよ。とね』聞いているだけで心が痛くなる。『お前さえ生まれなければ幸せだった。お前のせいであの人は死んだ。そんなことを言われ続けた』


 あの人、というのはねこ先輩の父親のことだろう。


 ねこ先輩の両親に何があったのかは知らない。どのように愛し合って、どんな経緯で子供が生まれたのかも知らない。


 ねこ先輩が生まれたことによって、どんな問題が生まれたのかも知らない。想像することすらもできない。


 わかることは……ねこ先輩が深く傷ついたということだけ。


 苦労して探し出した母親にそんなことを言われたら……


『知らなければよかった、と思ったよ。本当の両親のことなんて知らずに生きていけばよかったと思った。あるいは会おうなんて思わずに……きっと両親は幸せに暮らしていると思いこめばよかった。真実なんて知らなければよかった』


 真実……


 本当の両親のことを知らずに生きていたら、幸せだったのだろうか……わからない。


『世の中には、知らないほうが良いこともあるんだ。気づかないで生きていく方法も……あるんだ』


 それはきっと先輩の後悔。本当の両親のことを調べてしまった後悔なのだ。


 知らないで、生きていく。


 それが今の私には選べる。すっとぼけて当然のように日常生活を送る方法もある。


 そうすれば……少しの間だけ平穏が得られる。偽りの平穏が。


 先輩にはもう、犯人がわかっているのだろう。そしてその犯人の正体を突きつけることが、私を傷つけることもわかっているのだろう。


 きっと先輩はさっきの動画を見て、2つの事件が同一犯である可能性に気づいたのだ。だから……あとは調べるだけ。地道な調査を続ければ犯人に行き着くことができる。


 だからこそ調査をやめようとした。私を……傷つけないために。


 その配慮が、私の推測に確信をもたせた。


 オンライン会議殺人事件。尸位しい先生を殺し、さらに私の親友まで殺した事件。


 到底許せる事件ではない。犯人を殺してしまおうとさえ思った事件。


 その事件の犯人は……

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