第36話 要するに安心したい
空き教室の扉を開けると、
「さて……これで講義動画が手に入ったな」
……
……なんだか納得できない。すごく心がモヤモヤしている。なんで
「……?」
おっかない顔……してるんだろうな。頬が膨らみそうなのをこらえていると、にらんでいるみたいな表情になってしまっていた。
ともあれ……私は怒っている。
「先輩……悔しくないんですか?」
「……悔しい?」
「あんなこと言われて……」思い出すだけでも腹が立つ。「そもそも先輩、あの人と知り合いなんですか?」
「まったく知らないな。初対面だと思うが」
「だったら……あの人は先輩のこと、何も知らないじゃないですか……」
なにも知らないのに、先輩に暴言をぶつけていた。
勝手なイメージと思い込みだけで
「私は悔しいです」思わず拳を握ってしまう。「
そう……私は悔しいのだ。
本当の先輩を知りもしないで決めつける人が嫌なのだ。
「もっと先輩……反論してくださいよ。自分はそんな人間じゃないって……そうじゃないとずっと勘違いされて……」先輩ならあんな連中を言い負かすくらい、簡単だろうに。「先輩がバカにされるのが……悔しいんです。でも私じゃ、なにも言い返せなくて……」
本当は言い返してやりたい。
だけれど口下手な私には、それができない。
尊敬する人がバカにされて、悔しい。
要するにそれだけ。私のわがまま。
感情をコントロールできない自分が情けない。
結局それ以上言葉が紡げなくなって、私はうつむいてしまった。
「……そうか。キミは僕のために怒ってくれているんだな」……自分の感情をコントロールできていないだけだ。「とりあえず礼を言おう。しかしキミが怒る必要はない」
「……?」
「キミはさっき僕に『悔しくないのか』と問いかけたね」あんな暴言を吐かれて悔しくないのか。「結論を言おう。まったく悔しくないね」
……
本当だろうか。私だったら……私の趣味趣向を決めつけられて、生き方が間違っているなんて言われたら悔しいけれど。
強がりじゃないだろうか。私に気を遣わせないために、そう言っているだけではないだろうか。
「人の生き方に文句をつけるやつは……要するに安心したいだけなんだ」
「安心、ですか?」
「ああ。自分の生き方は正しかったと納得したいんだよ」……生き方が正しい……「問題はその方法だ。たとえばその人物が成長と努力を重ねて、なにかを成し遂げたとしよう」
スポーツで努力して優勝したり、誰かを助けて表彰されたり。あるいはテストで100点を取ったり……成し遂げられることはいくらでもある。
「人は安心するだろうな。自分は成長できている。自分は周りに認められている。だから自分の生き方は正しかった、と納得できるんだ」
それはわかる気がする。周りの目を気にしないと言いつつも、結局満足は他人からの評価になってしまうこともある。
「だが、そこに成長しない、努力しない、結果も出さない能力もない……そんな人間がいたらどうなる? どうやって自分の生き方に納得すると思う?」
……かなりボロクソに言うものだ。
「……他人を否定することによって安心する、ですか?」
「その通り。少なくとも、僕はそう思っている」私は……どうだろう。「自分が成長して何かを成し遂げなくなったから、相手を批判するんだ。あいつの生き方は間違っている。だから自分の生き方は正しい。そうやって自分の人生に納得するんだよ。それしかできなくなっているんだよ」
成長しなくなったから。
成し遂げられなくなったから。
だから他人を批判する。
それしか自分の人生を肯定する方法がないから。
「まぁ僕を批判して、そいつが精神的余裕を保てるのなら、いくらでも批判したら良い。だが、対等な立場で会話してやる価値はないな。他人の批判ばかりしているやつの主張というのは要するに『僕のことを認めて』『僕は間違ってないよね』という主張でしかない」
それから
「人の批判ばかりするというのは成長しなくなった証拠だ。他人の批判でしか自己肯定感を保てないようなやつに要はない。そんな奴らが何を言っていようが、僕には関係ないね」
……僕には関係ない……
そうやって割り切れているのなら、良かったけれど……
……人の批判ばかりする人は成長していない……
……
私も気をつけよう……
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