第35話 間違ってるぞ

 5月23日のプログラミング演習の講義……その講義動画には事件当日の映像が残されている。


 その講義動画をダウンロードしていた人が、ついに見つかった。


「まだ消してないと思うけど……」その人たちは男子3人組グループだった。「すぐにいるの?」

「で、できることなら……!」ようやくお目当てのものが見つかって、興奮してしまった。「早いほうが、良いです」

「じゃあ……家に帰ってからでいいかな。今、パソコン持ってないから」

「ありがとうございます。それで大丈夫です」


 それが最速なら仕方がない。本当なら今すぐもらいたかったけれど……贅沢は言うまい。


「キミ、名前は?」

たま、です。学校のアカウントを検索したらすぐ出てくると思うので……」

「オッケー。帰ったら探してみるよ。もし削除してたらごめん」

「いえ……」


 謝ることじゃない。無茶振りをしているのはこちらだ。

 講義動画なんて、結構な容量を食いつぶすだろう。その動画を保存している人がいてくれるとは……なんともありがたい。


 さてこれで交渉成立。あとはこの人が家に帰って私に動画を送ってくれるのを待つだけ、だと思っていたのだけれど……


「なに? あんな動画見てどうするの?」グループのうち1人が前に出てきて、「その日の動画って、事件の日のやつでしょ? 尸位しい先生のやつ」

「……そう、ですね……」

「証拠が残ってないか確かめたいの?」……どいつもこいつも……ワイドショーの言葉を真に受けて……「それでさぁ……どうやってやったの? オンラインで殺せるの?」


 私が返答に困っていると、動画をダウンロードしてくれていた人が、


「お、おい……やめろよ」

「いいじゃん別に。殺人鬼となんて、なかなか話せないし」殺人鬼じゃないけれど。「というかさ……犯人に動画を渡したりしたら、犯罪に協力したことになんのかな?」


 ……それは、どうなのだろう。わからない。


 犯罪に協力したなら、この人たちも逮捕されてしまう。そう考えると、相手が殺人鬼だと疑うのも必要なことか……


 ともあれ、ここは疑いを晴らしておきたい。晴らしたいのだけれど……

 その方法がわからない。どうやったら私が犯人じゃないと納得してもらえるのだろう……


「親友を殺すのってどんな気持ちなの?」その言葉を笑いながら言うときの気持ちも聞きたいよ。「やっぱり恨みとかあったの? 草薙くさなぎって軽い女だっただろうし……男関係とか?」


 思わず相手を睨みつけてしまったが、効果はないようだ。私程度がにらんだところで、相手は怯んでくれない。


「……あんまり美築みつきの事、悪く言わないでください……」

「殺した相手でも悪く言われると腹が立つの? 犯罪心理ってやつ? よくわかんねぇ」


 よくわかんねぇのはこっちだよ……なんでそんなに絡んでくるの……? 会話なんてしないで動画を渡してくれるだけで良いのに……


 見返りに何かを求めてくるのなら理解できる。だけれど……この会話の中に彼らのメリットがあるとは思えない。


 なんとかして話を切り上げようと思っていると、


「もしも」いつの間にか、ねこ先輩が私の隣に立っていた。「もしも彼女が犯人なら、最初から動画などダウンロードしているだろう。わざわざこうやって探したりしない。そんなことをして、なんのメリットがある?」


 たしかに私が犯人なら、最初から講義動画はダウンロードしている。だって事件が起こることなんてわかっているはずなのだから。その動画が必要になるのことを事前に把握しているのだから。


「そこのキミ」ねこ先輩は動画をダウンロードしていた人を見て、「動画は渡してくれるんだな?」

「あ、ああ……」

「ならばよかった。ありがとう、感謝するよ学友くん」そうしてねこ先輩は背を向けて、「話は終わりだ。行くぞ」

「え……ちょ……」


 さっさと去っていく先輩について、私もその場を離れる――予定だったのだけれど、


「黒猫」まださっきの人が食い下がってくる。「講義動画、お前が探してたのか?」

「ああ。だからなんだ?」

「やっぱり死体の動画とかを見るのが趣味なのか?」……この人は本当に……なにが楽しいのだろう。「残念ながら、その映像に死体は映ってないぞ?」

「知っているよ。ご忠告ありがとう」

「じゃあなんで、その動画を欲しがるんだよ。もしかして、お前が犯人?」

「なんでその結論に至ったのか……意味がわからないな」


 本当にわからない。私もわからない。


 なんでこの人は、私たちにここまで絡むのだろう。なんでねこ先輩が死体好きだと思いこんでいるのだろう。


 男性はまだねこ先輩に絡んでいく。


「お前さ……普段から変なことしてるから疑われるんだぞ? もっと普通に生きろよ。ちょっと頭が良いからって調子に乗るな」


 ねこ先輩は男性の言葉を無視して歩いていく。私はそれについていって良いものか迷って、中途半端な位置に留まってしまう。


 遠ざかる背中に、さらに男性が言う。


「お前の生き方、間違ってるぞ。そんなんじゃ社会で通用しないからな。もっと友達作って、社交性を身に着けろよ。それで――」


 前々から言いたかったことが溜まっていたのか、男性はまだまだねこ先輩の背中に言葉を投げかける。


 結局ねこ先輩はその言葉をすべて無視して、近くの空き教室に入っていった。


 ……


 私はできる限り男性を睨みつけてから……一礼してねこ先輩を追いかけた。


 ……


 講義動画を探していただけなのに……ひどい目にあった。

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