第34話 眠くなってきた

 恭子きょうことの昼食を終えて、なんだか胸のつっかえが取れた気分だった。


 美築みつきの件が原因で恭子きょうこと疎遠になるのは嫌だった。だからいつか話し合いたいと思っていたのだけれど……まさか今日話し合えるとは思っていなかった。


 少し救われた気分でねこ先輩との待ち合わせ場所を目指すと、


「やぁやぁ、僕とキミは他人だが、少し聞きたいことがあるんだが――」


 やっぱり通行人に逃げられているねこ先輩だった。そりゃその声かけじゃ逃げられるだろうに。


 ……でも、いろいろ考えて声をかけているのは伝わってくる。最初に学友とか言ってダメだったから、今度は素直に他人って言ってる。そういう問題じゃないと思うのだが、試行錯誤は伝わってきた。


 というかねこ先輩……私が昼食を食べている間にも調査を続けていてくれたんだな……ありがたいことである。


「こんにちはねこ先輩」できる限り明るく、私はねこ先輩に話しかける。「お疲れ様です」

「ああ」ちょっと疲れた様子のねこ先輩だった。「人に声をかけるというのは難しいんだな。キミを尊敬するよ」

「あ、ありがとうございます……」ねこ先輩がヘタすぎるだけ……とは言わないでおこう。「それで……成果は出ましたか?」

「多少は出たよ。僕みたいな変人にも話を合わせてくれる狂人が、世の中にはいるからね」話を合わせてくれた人を狂人呼ばわりするなよ……「講義動画は見つからなかったが……いくつか面白い話が聞けたよ」

「面白い話?」

「ああ。尸位しい先生の事件と草薙くさなぎさんの事件……その事件の前後に大学で目撃された人物が数人いたんだ」


 尸位しい先生の事件と美築みつきの事件……


 それらの事件を起こすには同日に大学の近くにいる必要がある。だから、その両日に大学にいる人は怪しい……


「……よくそんな情報がありましたね……」

「朝練をしていた部活がいくつかあってね。朝から現れる学生は大抵、顔なじみだそうだ。だからこそ、珍しく朝から現れた人間は記憶されているようだね」


 じゃあ私も記憶されていたんだろうな。突然現れて謎の声かけを行って……怪しいったらありゃしない。


 しかし2つの事件の同日に目撃されていた人がいたとしても……


「……そもそも、その2つの事件が同一犯だとは限らないのでは?」


 尸位しい先生殺害事件と美築みつき殺害事件。

 それらの犯人が別なら、両日に観測されている必要はない。極端な話……美築みつき殺害は私でも可能なのだ。


「それもそうだな……」ねこ先輩はかわいらしくあくびをして、「眠くなってきた……」

「え……?」


 まだ真っ昼間だが……


「そろそろ昼寝の時間だ」

「時間って……いつも昼寝してるんですか?」

「ああ」本当に猫みたいな人だな。「今日は慣れないことをして疲れた。少し眠らせてもらう」

「は、はぁ……どうぞ」


 ねこ先輩はその辺のベンチに座って寝始めてしまった。よっぽど疲れていたのか、入眠までは早かった。


 ……私は人前では眠れないタイプなのだけれど、ねこ先輩は違うらしい。ちょっと羨ましいな……


 ともあれ、私1人でもやれることをやっておこう。


 プログラミング演習の講義動画……それを探さないといけない。それくらいならねこ先輩がいなくてもできるので、勝手にやっておこう。


 ……私も昼寝してみようかな……いや、やめておこう。どうせ神経が高ぶって眠れやしない。眠ったほうが効率が良いことはわかっているのだけれど、ついつい睡眠時間を削ってしまう。


 だけれど……睡眠時間を削っている私とこうして昼寝しているねこ先輩。どちらが成績が良いのかを比べると……


 やはり睡眠って重要なんだなぁ……私もこれからは意識して眠ろう。


 そんなことを思いながら声かけを続ける。


 そうして20分ほどが経過したときだった、


「ああ……事件の講義動画?」とある男子学生が言った。「ダウンロードしてると思うけど……」


 ……


 聞いてみるもんだなぁ……まさか20分やそこらで見つかるとは……


 まぁ……


 あっさりと渡してくれたら、もっと良かったのだけれど。

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