第32話 知りませんでした

 その後、いったん恭子きょうことは別れた。


 時間いっぱいまで講義動画を探し回って、昼食の時間になったら恭子きょうこと落ち合うことになっていた。


 そのことをねこ先輩に告げると、


「楽しんでくると良い。メンタルケアは重要だ」


 とのこと。


 お許しも頂いたので、私は待ち合わせ場所である学食の前に到着した。


「おまたせ」恭子きょうこにあいさつをして、「じゃあ……えっと、行こうか」

「はい」


 恭子きょうこと2人で学食に入る……実は珍しい経験かもしれない。


 私たちのグループには、いつも美築みつきがいた。元気で明るい美築みつきの周りに私たち2人がくっついている……そんなグループだったのだ。


 恭子きょうこと私も仲は良いけれど……実は1対1での会話は少なかったりする。いつも美築みつきが会話を回してくれるから……


「突然のお誘い、申し訳ありません」


 恭子きょうこは深々と頭を下げる。いつも思っているけれど、同級生相手にそこまでかしこまらなくていいいのに。


「いや……大丈夫だよ。私も、恭子きょうことお話したかったし」

「……そうなんですか?」

「うん。なにか話題があるわけじゃないけれど……」気まずくて、ちょっと早口になってしまう。「ほら……恭子きょうこと1対1で会話することって少なかったから……」

「そうですね……いつも美築みつきがいましたからね」


 私たちをつなぎ合わせてくれていたのは、美築みつきなのだ。

 

 その美築みつきはいなくなってしまったけれど……それでも私は恭子きょうこと友達でいたい。


 だからいつかはこうやって会話をしたかったのだ。恭子きょうこのほうから誘ってくれて助かった。


 恭子きょうこは注文したカレーライスを席に運んで、


「調査は順調ですか?」

「そうだね……ねこ先輩が順調に推理してくれてるよ」

「……推理、ですか?」

「うん」


 私はねこ先輩の推理を要約して、恭子きょうこに伝える。


 301号室の事件。スクリーン操作のリモコン……その電波が301号室の外にも届いてたこと。そして室内が暑かったのは繋いでいた糸をバラバラにするためだということ。


「……」恭子きょうこは私の言葉をしっかり聞いて、「……301号室は、そんな高温だったんですね。知りませんでした」

「え……? ああ、そういえばワイドショーでは温度については触れられてなかったね……」不要な要素だと判断されたのだろう。「ところで……その事件の日、恭子きょうこはどこにいたの?」

「私、ですか?」

「うん」少しばかり気になっていたことだ。「恭子きょうこ美築みつきは、いつも一緒にいるイメージがあったから……」


 恭子きょうこがいるところには美築みつきもいるし、美築みつきがいるところには恭子きょうこもいる。

 そしてたまに私もいることがある。それが私たち3人グループなのだ。


「いつも一緒、というわけではありませんが……たまちゃんと合うときは偶然、講義が被ってだけだと思いますよ」

「そうなんだ……じゃあ事件の時は家にいたの?」

「学校にいましたが……」恭子きょうこは少し警戒の目になって、「……なぜ、そんなことを?」

「あ、いや……」疑っていると思われただろうか。「学校にいたのなら、警察に調査されてたりしないかなって思って……」


 私のところにきた失礼警官たち。彼らが恭子きょうこのところに行っていたら不憫だと思っただけなのだ。


 思えば尸位しい先生のときも恭子きょうこは学校にいた。それで失礼な警官に調査されていたはずだ。


「なるほど……警察の方はいらっしゃいましたよ。今回は紳士的な方々でしたが」

「あ、そうなんだ。それならよかった」親友を亡くして傷ついている恭子きょうこに追い打ちはなかったわけだ。「私のところに来たのは……ちょっと失礼な人たちだったから。恭子きょうこにも同じ人たちが言ってるんじゃないかって思って……」

「ご心配ありがとうございます」


 それきり、会話がなくなる。


 ……


 ……


 もしかして私たちって……美築みつきがいないと、そんなに仲良くない?

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