第31話 やぁやぁ親愛なる学友たちよ

 5月23日の2限目。プログラミング演習の講義動画。


 それをダウンロードしている人がいるかいないか。


 私はその日にプログラミング演習の講義を受けている人だけを対象に調査を行っていたが、今日は学生全員に調査の幅を広げることにした。


 もしかしたら事件の噂が広まって、講義は受けていないけれどダウンロードした人もいるかも知れない。


 というわけで外に出て通行人に声をかけ始めたのだけれど、ここで問題が発生。


「やぁやぁ親愛なる学友たちよ」ねこ先輩の声かけが、あまりにも独特なのである。「同じ学び舎に通うキミたちに少し質問があるのだが、聞いてくれるかな?」


 笑顔でそれを言うから、もはや怖い。恐怖を感じるレベルである。


 案の定、


「あ……すいません……急いでるんで……」

 

 通行人はドン引きの表情で走って逃げていった。


「ふむ……」ねこ先輩は至って真面目な様子で、「なにか間違えたかな」

「……」いろいろ間違えていると思うけれど……「そりゃ、いきなりあんな感じで話しかけたら怯えられますよ……」

「……あんな感じ?」どうやらふざけているわけではないらしい。「なにがまずかったんだ? 同じ学び舎で学業をともにする学友だろう?」

「……間違ってはいませんけれど……」


 本当に間違ってはいない。だけれど……その声かけじゃ効果は薄いだろう……


 さらに先輩は気落ちした様子もなく、次なる人々に話しかける。


「同じ地球という大地を踏みしめる仲間としてお願いがあるんだが――」


 その時点で声をかけられた人は逃げていった。そりゃそうだろう。私でも逃げる。同じ地球がどうとか言ってる人と会話しても、面倒になる予感しかしない。


「ダメか……」……真剣にやってこれ、なんだよな……? 「ふむ……どうすれば取り合ってもらえるだろうか……」


 どうやらねこ先輩……こうやって人に話しかけるのは極端に苦手であるようだ。こんなことをしてるから、他の人から変人扱いされているんだろうな……


 ねこ先輩にも苦手なことがあるんだなぁ、と変な親近感に包まれて、


「えっと……じゃあ、声掛けは私がやります。先輩は……休んでおいてください」

「……すまん……」珍しくヘコんでいる様子だった。「対人関係は苦手でね……ふざけているつもりはないんだが……」

「わ、わかってますよ……」真剣なのは伝わってきた。「とにかく……私は推理なんてできないのですが、声かけならできるので……」


 推理面ではおんぶに抱っこなのだ。先輩が苦手な部分は私がカバーできれば良い。


 私も人と話すのは苦手な部類だが……ねこ先輩よりはまともであると思う。


 ということで声かけ開始。


 数人に声をかけてみるが、講義動画をダウンロードしたという人は見当たらない。


 めげずに声掛けを続けると、


「あ……」流れ作業で声をかけていたので、その相手が恭子きょうこであることに声をかけてから気がついた。「恭子きょうこ……」

「……たまちゃん……」少しやつれているように見える恭子きょうこだった。「……どうしたんですか? こんなところで……」

「あ……えっと、5月23日のプログラミング演習……その講義動画をダウンロードしている人がいないか確認してて……」

「そ、そうなんですね……」


 ……


 気まずい。恭子きょうこは『しばらく1人にしてほしい』と言っていた。なのに相手をまともに確認しないで声をかけていたから、間違えて恭子きょうこに話しかけてしまった。


 しばらく無言の時間が続いた。お互いに掛ける言葉なんで見当たらなくて……


 恭子きょうこは近くのベンチに座るねこ先輩を見てから、


「……黒猫先輩と、事件を調べているんですか?」

「う、うん……」なんだが誤解されていそうだったので、「ねこ先輩、良い人だよ。噂ほど変な――」


 変な人じゃない、と言いかけて踏みとどまる。変な人なのは変な人だ。


 代わりに、


「優しい人だよ。こうやって調査にも付き合ってくれるし……」

「そう、ですか……」


 ……なんで私はねこ先輩が良い人だということをアピールしているのだろう。ねこ先輩の評判が悪くても私には関係がないはずなのに……


「あの……たまちゃん……」

「な、なに……?」

「1人にしておいてほしいとか言っておいてなんですが……もしよかったら、一緒に昼食を食べませんか?」

「え……?」


 なんとも突然の申し出だった。


 断るはずなんてない。

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