第28話 のり
そうしている間に、私は言う。
「つまり……リモコンの電波は301号室の外からでも届くということですか?」
「その通り」
だから誰もいない室内でスクリーンが突然動き始めた。あれは……建物の外で
現象としては、ただそれだけ。スクリーンが動いたのはリモコンで操作したから。
そしてロープが
字面にするとアホらしいくらい簡単なこと。
「……スクリーンって、人間1人が持ち上がるくらいの力が、あるんですね……」
「別に持ち上がる必要はない。気絶していたであろう人間の首に、ちょっとロープで力を入れたら良いんだ。それだけで人間は絶命する。あの高さまで持ち上がったのは、単なる偶然だろう」
たまたま強力なスクリーンだった。
301号室はかなり巨大な教室だ。当然スクリーンも大きい。それを巻き上げるには、相当な力が必要なんだろうな。
それはともかく……
「で、でも……それじゃ密室にはなりませんよ……」
外からスクリーンを操作したところで、鍵を室内に入れないと意味がない。
「鍵もスクリーンのリモコンも室内にあっただろう?」
「ありましたけど……」私は鍵を拾い上げて、「……明らかに糸が付いてるじゃないですか……」
その糸がスクリーンに引っ付いている。
それはつまり……
「この糸が教室の外まで伸びていて……教室の外で鍵とリモコンを引っ付ける。そしてスクリーンを操作したら鍵とリモコンが室内に吸い込まれるように入っていく……」
糸で引っ張られたから室内に入った。
ただそれだけ。扉の下の隙間から入っただけ。
「……そんなの、扉の隙間から投げ入れたって変わらないのでは……?」
下の隙間から滑らせるように投げ込んだって、密室は出来上がる。
「その鍵とリモコンの位置を見るといい」鍵と、リモコンの位置。「いくつかの机やイスを超えているだろう?」
……たしかに。扉から直線的に移動したのでは、必ずイスや机に当たって止まってしまう。
……なるほど。投げ入れたのでは、この位置までは届かないということか。
「で、でも……」疑問ばっかり浮かんでしまう。「こんな糸が堂々とついていたら、糸で室内に入れたってまるわかりじゃないですか……」
この現場を見たら、私だってその可能性に思い至る。
だって鍵とリモコンが糸でスクリーンにつけられているのだ。誰だって思いつくことだろう。
いくら糸が細いからって……見逃すことなんてないだろう。
「とある事情で……その糸はゴミになるんだよ」
「……ゴミに?」
「ああ」
言って、
それは……
「カイロ、ですか?」
暖かくなるアレ、だよな。なんでそんなものが?
私の疑問をよそに、
そしてそれを糸の上においた。
しばらく、待ち時間があった。カイロの温度が上がりきるまでの時間が必要だったのだろう。
それから
「え……?」思わず私は声を上げた。「……糸が、切れてる……?」
カイロの置かれた場所の糸が切れていた。その部分が糸とは呼べないような長さになって、地面に散乱していた。
カイロで、糸が切れる?
「……熱さに弱い素材の糸、なんですか?」
「惜しいな。糸そのものはどこにでもある素材だよ。熱さに弱い素材の糸が現場に落ちていたら不自然だからな」
「……だったら……」
なぜ糸が切れたのだろう?
「正解は、これだ」
「……のり、ですか?」
それはコンビニですぐに購入できそうなタイプのスティックのりだった。
「ああ」
「……1本の糸じゃ、ない?」それはつまり……「……非常に短い糸を大量にのりでつないで、1本の長い糸にしていた、ってことですか?」
「その通り。そしてスティックのりは、熱に弱いようだね。猛暑日が続く夏場にのりが溶けたという報告も見られる」
ああ……なんかネットで見たことがあるな。
つまり……こういうことか。ようやく私にもわかりかけてきた。
「だから……だからあの時、室内が暑かったんですね?」
のりを溶かすために室内を熱くしていたのだ。
「そう。まとめると、こうだ」
理解度を示すために、私が引き継ぐ。
「……そして鍵とリモコンは301号室の中に……それも投げるんじゃ届かない位置にまで移動した。糸は事前に準備した暖房の熱で分解されて、地面にゴミとして散らばる……」
これで密室殺人の完成だ。
まだいいたいことは少しあるけれど……私の胸の中には別の後悔が襲ってきていた。
……このトリックを完璧に成立させるには……
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