第26話 こんな密室程度では

 301号室の空気が重い。そう感じるのは私だけなのだろうけど……


 1つ深呼吸をして心を沈める。そして、


「この密室殺人……先輩は、オンラインで行われたものだと思っていますか?」

「思っていないね」即答だった。「オンラインで人が殺せるという能力が存在するのなら、残念ながら僕の手には負えない。だから、その可能性は排除して考える」

「……じゃあ、どうやって?」


 どうやって密室の状態で美築みつきを殺したのだろう?


「1つ聞く。答えづらかったら答えなくて構わない」

「なんですか?」

草薙くさなぎさんに、なにか変化はなかったか? 直接的に聞くなら、自殺の兆候のようなものが見えなかったか?」


 ……


「……見えました……」自殺の兆候は、いくつかあった。「尸位しい先生が亡くなって、すごくショックを受けてたみたいで……口数が減ってました」

「ふむ。尸位しい教員と草薙くさなぎさんは知り合いだったのかい?」

「……講義を受ける学生と教える先生、くらいの関係だったと思いますけど……」特別な関係にはなかったはずだ。「それと……事件の前日、私は美築みつきと電話をしてたんです」


 尸位しい先生の件の講義動画をダウンロードしていないか……それを確認するために連絡をしたのだ。そうしたら、返事が電話で返ってきた。


「どんな会話をしたんだ?」

「えっと……尸位しい先生の講義動画はダウンロードしていないという話と……」言葉にしづらいけれど……「なにか、言おうとしてました。結局その時は『なんでもない』ってごまかされたんですけど……」

「なるほど。草薙くさなぎさんは事件の数日前から精神状態が不安定だった、と考えても良いかな?」

「そう、だと思います」


 見るからに元気がなかったし、講義も休んでいた。


 いつもの元気な美築みつきからは想像できない姿だった。


 話しているうちに口が滑る。なんだかねこ先輩と話していると、余計なことまで喋ってしまう。


「私があのときに、変化に気づいていたら……なにかしてあげられていたら……」


 この結末は変わっただろうか。美築みつきが死んでしまうという最悪の結末は避けられただろうか。


 ……

 泣いちゃダメだ。今は余計なことは考えるな。過去の自分を殴ることはできないのだから。


「じゃあ美築みつきは……自殺、ですか?」

「その可能性も考慮に入れるが、他殺の可能性だって当然残っている」

「……密室なのに、ですか?」

「こんな密室程度では、密室殺人にはなり得ないよ」

「え……?」ということは……「解けたんですか? 密室の謎が?」

「謎というほどのことでもない」そう言って、先輩はカバンからいくつかの用具を引っ張り出す。「少しの間、席に座って目をつぶっていてくれ」


 言われるがまま、私は席に座って目をつぶる。

 

 ……言葉で説明してくれても良いのだけれど……

 

 いや、私は実演してもらわないと理解できないだろうか……


 というより……休ませてくれたのかもしれない。先輩がなにかしらの準備をしている間、私が動けないようにしてくれたのかもしれない。


 ……やっぱりねこ先輩、話してみると優しいな……遠巻きに眺めているときの印象とはかなり違う。


 おそらく他の人も……見た目の印象で語っているんだろうな。彼と深く関わったことなんてないのに、いろいろと想像でしゃべっているのだろうな。


 ……少し悔しい。本当のねこ先輩は優しいのに、デリカシーがないとか言われているのが悔しい。


 ねこ先輩は……悔しくないのだろうか。自分自身に対するイメージが勝手に出回っていて、嫌じゃないのだろうか。

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