第19話 場所はわかるか?

 301号室で美築みつきが首を吊っている。


 理由なんてわからない。今は理由なんて考えている暇はない。


美築みつき!」


 喉が張り裂けそうな声量で叫んで、私は301号室に向かって駆け出した。


 そして扉を開けようとノブを回す。しかし鍵がかかっていて扉が開かない。


 鍵を取りに行く暇なんてない。早く……早く扉を開けないと……!


 無我夢中で、私は扉の窓を殴りつける。


 しかし割れない。拳の痛みを感じないほどに興奮していたが、私の力では窓が割れない。


 振り返って、近くに落ちている石を拾い上げる。そして窓に向けて振りかぶった瞬間、


「やめろ」ねこ先輩がの声が聞こえる。「窓を割って入るつもりか? そんなことをしたらキミも危険だ」


 そんな言葉を聞いている暇はない。


 中にいるのは美築みつきなのだ。かけがえのない私の親友なのだ。助けないといけないのだ。1秒でも早く彼女のところに駆けつけないといけないのだ。


 先輩の言葉を無視して、私は窓を殴りつける。


 大きめの石を拾えたことが幸運だった。窓ガラスは一発で粉々に砕け散った。ガラスが地面に散乱して、大きな音が鳴り響いた。


美築みつき!」


 窓から大声で呼びかけるが、返事はない。


 そして、違和感。


「なにこれ……暑い……?」


 窓から異常な熱気が放出されていた。どうやら室内はかなりの高温になっているようだった。


 そんな事を気にしている場合じゃない。私は割れた窓から部屋の中に飛び込んだ。


 地面に転がり落ちて、割れたガラスが肌に突き刺さった。泣きたくなるほどの痛みだったが、気にしていられない。


 なんとか立ち上がって、私は美築みつきのところまで全力疾走で近づいた。


 何だこの部屋……暑い。暑すぎる。いくら6月も近いからと言って……この温度は異常だ。一瞬で汗が吹き出すレベルの暑さだった。


 呼吸が苦しい。酸欠で目の前が白くなる。このままだと私が倒れそうだ。


 なんとか足を動かして美築みつきのもとにたどり着く。


美築みつき……!」


 荒い呼吸で呼びかける。

 返事はない。あるわけがない。


 美築みつきの首にはロープが巻き付いていた。そしてそのロープは上に向かって伸びていて……


 美築みつきの足は


 その真下には排泄物が撒き散らされていて、悪臭が漂っていた。


 美築みつきの顔は穏やかだった。まったく動かなかった。呼吸をしているようには、見えなかった。


 ロープを解こうと手を伸ばす。しかしとても届かない。イスを持ってきた程度では届く高さではない。


 ……なぜそんな高さに……? 首吊りなら、人間が届く高さにあるはず……


「……そうだ……スクリーン……」


 スクリーンだ。スクリーンにロープを掛けて、そのまま吊り上げたのだ。だからあそこまで上空に体があるのだ。


 つまりスクリーンを下ろせば手が届く位置に降りてくる。


 スクリーンの上下はリモコンで行っていたはずだ。壁のあたりに備え付けられている、はずだった。


「……ない……なんで……」


 いつもの場所にリモコンがない。スクリーンのすぐ近くの壁に備え付けられているはずなのに……!


 あたりを見回すが、視界が異常に狭い。リモコンどころか、ここがどこなのかすらわからなくなってくる。自分が何をしているのかもあやふやになってくる。


 早くしないと……早く助けないと美築みつきが……!


 慌てれば慌てるほど視野が狭くなる。リモコンを探すがまったく見つからない。


 私自身の意識も遠くなってきた。心臓がうるさくて空気がうまく取り込めない。あまりにも部屋が熱くて喉が焼ける。


 次の瞬間、


「え……?」

 

 機械的な音とともに、スクリーンが降りてきた。同時に美築みつきの身体も地面についた。


 見ると、ねこ先輩が右手にリモコンを持っていた。どうやら私の後を追って室内に入ってきてくれたらしい。


 ねこ先輩はそのまま美築みつきに近づいて、ガラスの破片でロープを切った。そして美築みつきを地面に寝転ばせて、


「……」少しの時間だけ、美築みつきを見つめ続け、「AEDをもってこい。場所はわかるか?」

「は、はい……!」


 言われるがまま、私は立ち上がる。足はすでにガクガクと震えているが、這ってでも行かなければならない。


「近くにいる人に頼んで教員も連れてきてくれ」


 指示を出しながら、ねこ先輩は心臓マッサージを開始する。


 私も……私も私にできることをやらなければ。


 AEDと教員……それらをこの場所に呼び集めないといけない。


 震える足で走って、一度転びながら301号室の出口を目指す。


 その時に、視界に入ったものがある。


 ノートパソコンが、教室の真ん中に置かれていた。暗い室内でそれだけが明かりを放っていた。


――オンライン会議殺人事件――


 その言葉が、私の脳裏に蘇った。


 ……


 まさか、美築みつきもその事件に……巻き込まれたのか?

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